それぞれの思い
「……ク…」
曖昧な意識の中、誰かの声が聞こえてくる。
「………リク!」
どうやら僕を起こそうと呼びかけているようだ。
だが今はやめてほしい。今起こされたら、眠りが深い途中で無理やり起こされた時の不快感が生じる。
だから、丁重に断ろう。
「あと10分……」
「バカなこと言ってないでさっさと起きろ!」
額に衝撃が走り、上体を起こす。
軽くめまいがするが、背中に手が回されているので倒れることはなかった。
「大丈夫か?」
「……エルギス様」
リクを支えていたのは、エルギスの腕だった。
「ーーあの魔物は⁉︎それにシアンは⁉︎」
周りに気配を配らせる。だが、どこにも魔物は見当たらない。
「安心せい。魔物は討たれた。お主によってな」
「僕が……?」
リクは頭の中を遡るが、なにも思い出すことができなかった。しかし、今いる場所がダンジョンの前にいることから、ボスを倒して戻ってきたのだと実感させる。
「それに姫さんならーーほれ」
エルギスの視線の追うと、シアンが泣きながらリクの足にしがみついていた。
「ご、っえぐ、ごめんな……さい!」
「ーーえ?」
なんで謝ってるんだ。危険に晒してしまったのは僕たちなのに……。
「わ、わたしが…あの時…出て行かなかったら、ぐっ、あんなことに……ならなかった」
「あんなこと?」
シアンの言ってることがいまいち分からない。もしかすると、僕の記憶が飛んでるところと関係があるのかもしれない。
「二人共、とりあえず家に戻ろう。リク、肩を貸そうか?」
心配されると、逆に気まづい。だが、ここは正直に肩を借りることにした。
家に着いた頃にはもう日が沈んでいた。ダンジョンを出たのが2日目の昼だったから、帰るのにだいぶかかってしまった。
「ほれ、ゆっくり座るのじゃ」
「はい……」
ボロいソファーにゆっくりと腰を沈める。そんなリクを見て、二人が気を回す。
「苦しくないか?何か食べたいものはないか?」
「え、エルギス様!大丈夫ですって」
「姫さん。悪いがお茶を注いできてくれんかの」
「はい」
パタパタと台所の方へ走って行く。二人になったところでエルギスが真剣な顔をしていた。
「……リクや」
「ーー?はい」
声音から大事な話だと察したリクは重い体をなんとか正す。
「何か儂に隠してはいないか?」
「ーーーッ‼︎」
リクの小さな動揺はエルギスには看破されているだろう。けれど、エルギスは責めたてて聞いてはこない。
「話したくないことなら儂は聞かんぞ?もとよりお前さんを拾った時から、なにかを隠していたのは……なんとなくじゃがわかっておったしの」
「(ばれてたのか……)」
称号やスキルを隠していたことを見破られたら、もっと内心焦ると思っていた。
だが、エルギスから感じられる優しさが不安や焦りを包み込んでしまった。
……最初からこの人に嘘をつこうとしたこと事態が間違いだったのかな。
なんたって彼は神様だ。それに僕の親でもある。いつかは言わなきゃならないことだし、それが早くなっただけだ。
「いえ、エルギス様には話を聞いてほしいです」
少し深呼吸をして、真実を告げた。
「僕の称号には魔神とついたものがあります」
これまで隠していたスキルのこと、レベルアップが早い秘密。全てをエルギスに伝えた。
「…………魔神か」
エルギスがそうポツリと呟く。
僕が話している時、やけに魔神の箇所に反応していた。多分だが、エルギス様は魔神と何らかの関係を持っている気がした。
エルギスは下を向いてしばらく考え込む。
すると、正面に肘掛けがついた小さい椅子を持ってきて座る。
「リク。儂もお前に話さんといけんことがある」
「…………」
エルギス様は、数十年前に魔神の討伐をアースガルドの当時の国王サウサに依頼されたこと。討伐隊がエルギス様以外が全滅したことを語った。
「そんなことが……」
いつの間にかシアンが側で聞いていた。持っているお盆の上の二つのコップは細かく震えている。
「お爺様やゼウス様がエルギス様たちを非道な手段で貶めるなんて……」
「……姫さんや、それは違うと思うわい」
「え?」
「サウサやゼウス。この二人があの魔神のいうことを黙って聞くとは思えん。きっと何かしらの理由があって従わざるを得んかったんじゃろうて」
それを聞いて、シアンがホッと胸をなで下ろす。自分の祖父が悪いことに関与していることはやはり嫌なものなんだろう。
「心当たりはないんですか?」
「それは儂にも分からん。だがリクよ。儂はもう一度アースガルドに行こうと思っとる」
「ーーッ、駄目です‼︎危険すぎます‼︎」
それは敵の陣地に行くようなものだ。エルギス様の身にもしものことがあったら……。
ダンジョンでブラックオーガキングに追い詰められたことがフラッシュバックする。
「しかし、姫さんのこともある。儂が話をつけんといけないこともあるのじゃ」
そうだ。シアンは前国王の息子ムウサに国を追い出されたのだ。
シアンはその事を思い出したのか、震え出してしまった。
「それなら僕もついていきます!シアンの問題はもう僕達の問題です!」
「…………リク」
シアンが少し頬を赤らめてこちらを見る。
「(おおう…。なにげに初めて名前呼ばれた)」
見つめられると目を逸らしてしまう。けど、シアンは構わず見つめてくる。
エルギスはダンジョンの時と同じ様な顔をしてニヤニヤしていた。
「おうおう。リクも成長したのう〜」
その表情を見ると、恥ずかしいというよりも、なんか悔しい。グワ〜!穴があったら入りたい!
「ま、この話はまた今度じゃ。今日はもうゆっくりと休もうぞい」
「あの……」
話が切り終わろうとしたごろに、シアンが小さく手を上げる。
「わたしはどうしたら……」
「「あ……」」
リクとエルギスの声がかぶる。リクはともかくエルギスは何も考えていなかったようだ。
まずシアンにはこの家に住まわせることは決定。
問題はーー
「……どこで寝るかじゃのう……」
エルギス様も同じ事を考えていた。そう、この家は僕とエルギス様の部屋の他に部屋はない。台所とそれにつながり風呂場、あとはこのリビングだけだ。
さすがに一国のお姫様をーー女の子をソファーで寝かせるのはいけない。本人だって嫌だろう。
かといって、きっとこのお姫様のことだ。自分達の部屋を進めても断るはずだ。
リクは悩み、シアンは気まづそうにモジモジしていると、エルギスが爆弾を投下した。
「そうじゃ。リクの部屋でリクと姫さん。二人が一緒に寝ればいい」
「うぇ⁉︎」
ーーいや、それはさすがに駄目でしょう……。
シアンの方を見ると、顔を真っ赤に染めて、今にも破裂しそうだった。
かと思いきや、ギュッと目をつむったまま、リクに顔を向ける。
「その……よろしく……お願い…します」
「いやいやいやいや!」
ぎこちなく頭を下げるシアンに手を何度も振る。
駄目だって!そりゃあまあ?こんな可愛い銀髪美少女と一緒に寝るってなったらぶっちゃけ嬉しいよ?でも僕も一応男ですし!こんな汚れていない純真無垢な子と一緒に寝るのは……。
悶々と考えているリクの肩にエルギスの腕が回され耳打ちしてくる。
「……リク!女に恥をかかせるのは駄目じゃろう!ここは姫さんの申し出を受け取るんじゃな……」
本気な顔をして言ってくるが、内心楽しんでいることが丸わかりである。
「(クソ〜!何が申し出だよ。アンタが言い出したことだろう!)」
シアンはリクの返答を上目づかいで待っている。
「うっ、わかったよ…(あー!もう可愛いな‼︎)」
シアンの可愛さに負けてしまい、一緒に寝ることを承諾してしまった。
「うん……その…わたしも話たいことがあるし」
ーーーーーーーーえ⁉︎
こうしてリクはシアンと一緒に寝ることになった。