vsブラックオーガキング
洞窟の中特有の湿っぽい空気を吸い込みながら目覚める。どれくらい時間が経過をしたのかわからない。 昨日?このダンジョンの一階層を突破してから、このニ階層のセーフティエリアで十分な休息をとっているところだ。
それにしても狭い。
それほど大きくないテントの中では男二人が並んで寝ていたのだ。隣では僕の主神エルギス様がいびきをかいている。てか、いびきうるさいな。
「エルギス様ー。もうそろそろ起きてください」
「…んお。リクか」
ゆっくりと起き上がりこちらを見る。すごい人なのだがこうして見ると普通のお爺さんだ。
「はい、お姫様はもう起きてるみたいです」
一階層で助けたお姫様。何かワケありのようだから今はダンジョン攻略を共にしている。
『わたしがお母様を殺してしまったんです』
「…………」
お姫様から聞いたあの話。一体どういうことなんだろう…。あれから考えてしまい、寝つけなかった。
「リクや。どうした?そろそろ支度をするぞい」
「あ、はい」
考えることをやめる。これからダンジョンのボスに挑むんだ。失敗は命取り。気持ちを切り替えないと。
外に出るとお姫様が食事で準備をしていた。こちらに気づくとエルギス様には笑顔で挨拶をする。僕の方はチラッと見て、「おはよう」と遠慮がちだが挨拶をしてくれた。
ん〜。昨日の今日では仲良くなれないか。
色々と言い合って少しは仲良くなれたかなと思ったがお姫様の対応を見て肩を落とす。
食事は芋類などを混ぜた代用食を口にする。この味は何度か食べて慣れている。王室育ちのお姫様にはきついかなと思ったが気にせず食べていた。逞しいな。
「さて、これからのことなんじゃが…」
エルギス様がお姫様を見る。
「このままお姫様をボス部屋まで連れて行く」
「「え⁉︎」」
まさかの発言に二人して驚く。エルギス様は二人の顔を見て理由を説明する。
「ボス部屋にはボスを倒すとダンジョン入り口までの扉が現れるんじゃよ。ボスを倒してからまた一階層のオーガの群れを通るよりそっちの方が効率的じゃ」
「それならボス部屋の前で待ってもらったらいいんじゃないですか?」
「ダンジョン入り口への扉を通れるのはボス部屋に入っていた者だけじゃ」
……まさかそんなルールがあるなんて。
「安心せい。いざとなったら儂がおる。お姫様の無事は儂が保証しよう」
その言葉をきっかけにお姫様は拳を握り締める。
「わかりました!わたしも付いてきます」
やばい。お姫様に変なスイッチが入っちゃってる。
「むしろ役にたちたいです。わたしは神大魔法の一つ、ヒーリングが使えます。この魔法を使えば戦闘のサポートが出来ると思います」
「ほう、神大魔法とな」
この世界では魔法は使えても人間では神大魔法は神様たちにしか使えない。エルギスから見て、お姫様はとても特異な存在となった。
「ちょっと待って。もっと考えましょう。お姫様を連れてくなんて危険すぎます」
いくらエルギス様がついてるからってもしもがある。そのもしもがある限りボス部屋の同行は避けたい。
「……ありがとう。でも心配しないで。これはわたしが納得して言ってることだから」
…冷たい。別に感謝されたくて言ったわけじゃないけど腑に落ちない。
結局お姫様もボス部屋についてくことになった。
「作戦は一階層のオーガと同じく、リクが前衛、儂が後衛で魔法を放つ。お姫様は儂の後ろでリクがダメージを負ったらヒーリングを飛ばしてくれ」
作戦を聞いてうなづく。
「ボスの名前はオーガキング。武器はサーベルじゃ。リクよ。心してかかるぞい」
「わかりました」
ボス部屋の前で作戦を聞き、扉を開く。
中はまるで映画に出てくる神殿のような造りでできている。下には横に長い白い大理石が前方に並んで敷き詰められている。両脇五十メートルぐらいの幅ではボロい柱が間隔を空けて大理石と連なっている。その奥にはでかい石製のイスに座ったこれまたでかいオーガがいた。だがそのオーガの違いはでかさだけではなく全身が真っ黒に染まっており、イスに掛けてある武器はサーベルではなく両刃のついた斧だった。
「…エルギス様」
入る前の情報と異なる。エルギス様は困惑とした表情を浮かべている。
LV.50
名前:ブラックオーガキング(亜種)
体力:850/850
攻撃力:560
防御力:680
敏捷力:120
魔力:10
神力:10
<魔法> なし
<スキル> なし
<技スキル> アックス・キル
<称号>鬼王
マズすぎる。このダンジョンに入ってからレベルは上がったけど、こいつに比べたら半分ぐらい差がある。しかも亜種。きっとエルギス様も知らない特別変異な魔物なんだろう。
ブラックオーガキングはゆっくりと立ち上がる。横に置いてある斧を持ったままこちらを見定めている。
「ーッ、リク!こうなったら先手を取るぞい!」
「はい!」
僕も同じことを考えた。レベル差がやばいぐらいある相手だ。先に攻撃を当てられたら死ぬのは間違いない。ペースを先に取って一気に決める。
リクはブラックオーガキングに突撃する。
「グオオオーーーーーー」
近くで見ると、足が竦む。体長は六メートルぐらいだろう。普通のオーガもデカかったけどこいつはもはや巨人だ。
ブラックオーガキングはリクを迎撃しようとタイミングよく斧を振り下ろす。リクは先手を諦め横に飛び去り斧を躱す。
ガゴン!
斧は大理石を綺麗に真っ二つにしていた。ブラックオーガキングは斧を引き抜き、リクを見る。
こいつはやばすぎる。魔の吸収を使おうにも近づけない。このままじゃ八方塞がりだ。
見られただけで身体が動かなくなる。蛇に睨まれた蛙の気分を否応なく味合わされる。ブラックオーガキングは止まったリクに容赦なく斧で攻撃する。
と、同時にブラックオーガキングの顔が爆発して後退する。後ろでエルギス様が魔法を放った格好のままこちらを見ていた。
「リク!臆するな!儂が付いとる!」
「ーーー!はい!」
そうだよ。僕の後ろではエルギス様が付いてるんだ。あの人のために強くなるんだ。こんな奴にやられるわけにはいかない。
自分の思考がクリアになるのを感じながら短剣を構える。リーチはあっちがある分、下から切り崩す!
ブラックオーガキングに再度突撃し、足を短剣で攻撃する。スキルに剣術があるから素人のような動きは無駄なく攻撃出来る。ブラックオーガキングからしたら、リクの攻撃は浅く皮を裂く程度だろう。だがこれでいい。
ブラックオーガキングは鬱陶しそうにリクに斧を叩きつける。リクは少しの動きで躱すと、残った腕に技スキルを打ち込む。
「ソードスラッシュ!」
技スキルソードスラッシュがブラックオーガキングの腕を斬る。だがこちらも皮を裂く程度に止まっている。リクは斧を抜く前にすぐ離れる。ブラックオーガキングは追撃しようとするところをエルギスが魔法で阻止する。
今度はエルギスに気をとらわれる。そこをつき、再度足を斬り裂く。そう、ひたすらヒットアンドアウェイを繰り返す。
LV.50
名前:ブラックオーガキング(亜種)
体力:95/850
攻撃力:560
防御力:680
敏捷力:120
魔力:10
神力:10
<魔法> なし
<スキル> なし
<技スキル> アックス・キル
<称号> 鬼王
約一時間は経過した頃には、ブラックオーガキングの体力はもう一割もない。よし!このまま削り切ってやる!
しかしリクとて辛くないはずはない。ブラックオーガキングの桁外れの攻撃で振り下ろされる斧の攻撃は当たってはないにしろリクの精神を確実にすり減らしていた。
「ブグオオオオオオッ」
「ッ⁉︎」
ブラックオーガキングが斧を両手で構え、攻撃力に任せて振り下ろす。それを横にステップを踏んで躱す。ブラックオーガキングの攻撃で大理石を砕き、土煙を上げる。ブラックオーガキングの姿が見えない。
ギガガガガガガッ
なんだ?なんの音だ?
土煙の中から音が聞こえてくる。例えるなら刃物が岩を削っているような……。
考えている途中に左肩から血飛沫が飛んだ。わけがわからずその場にうずくまる。ボトッと後ろで何かが落ちた音がする。そこには二の腕まである人の腕だった。リクは左腕を見ると、肩口からは何もなかった。
「う、うぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
とめどなく血が溢れ出す。視界がボヤける。まるで目に小さい虫がうごめいている感じだ。
「リク‼︎」
は!まずい!このままじゃこいつにやられる!
だがブラックオーガキングはリクには目もくれずにエルギスの方に向かった。
「その身を焦がせーー我に宿る内なる炎よ
ーー ファイアショット!」
エルギス様の魔法が直撃。しかしブラックオーガキングは気にもとめない。そのまま両手で斧を構える。
僕の時と同じ。
エルギスに振り下ろされる斧。エルギスはそれを躱す。そして斧が大理石にぶつかり土煙が舞う。エルギス様からは何も見えない。
ブラックオーガキングは叩きつけた斧を今度は大理石ごとすくい上げるように振り上げる。
そうか!僕の時もこうやって…
土煙の中に斧が消える。いったい中ではどうなっているかわからない。
「エルギス様!」
エルギス様が土煙の中から飛び出してくる。立ってはいるものの、胸は斜めに切り裂かれていた。
「グフッ」
吐血して座り込む。ブラックオーガキングは雄叫びをあげてさらに前に進む。
ーーー⁉︎どこに行ってるんだ⁉︎
ブラックオーガキングの前方にはエルギス様の傷を治そうと走り寄るお姫様の姿が目に映った。
「シアン‼︎」