逃げ
荷車の中に居たのは、きらめく銀色の髪、淡いブルーの瞳、透き通るような白い肌、まるで人形のような美少女がそこに居た。
「ーーーん?……誰?」
そんな美少女に見つめられ、顔を赤面させたリクはーー
そっとドアを閉めた。
「なにをやっとんじゃ!」
ビシッと自分の眷属の頭を叩く老神エルギス。叩かれた箇所をさすりながらリクはみっともなく言い訳をする。
「だって美少女ですよ⁉︎僕みたいなチェリィボォーイが話せるわけないでしょう‼︎」
「なんじゃそりゃ!逆ギレかい!」
ガミガミと言い合いをするうちにドアがそっと開かれる。
「あの…助けてくれたんですか?」
「おお、すまんの。大丈夫だったかの?儂の名はエルギスじゃ」
ニコリと笑い安否を気遣うエルギス。その横でそわそわと落ち着きのないリク。
「ほれ、挨拶せんか」
「ひゃい、わた、ぼ、ぼくのなめえは、り、リクへす」
噛みながらもなんとか自己紹介できたのでよしとするリク。
「…ありがとうございます。わたしの名前はシアン。アースガルド王国、国王ムウサの娘です」
こりゃビックリだ。お姫様だったなんて。
でもどうしてお姫様が…。
お姫様はまわりを見る。
「……わたしだけ」
あたりの惨劇を見て、悲しげな顔をする。
「……エルギス様。どうしましょう?」
「………………」
エルギスは黙っている。
「ーーー?エルギス様?」
「ん?ああ、ムウサというとサウサの息子じゃな?」
「はい、サウサはわたしのお爺様です」
「……ゼウスはどうした?なぜ姫様がこんなところにおる?」
「………………」
お姫様は何も答えず、うつむいてしまった。
「…まぁこんなところにおるのもなんじゃ。早く上のセーフティエリアに行くぞい。リク、手を貸してやりなさい」
「はい」
おずおずと差し出すリクの手を、お姫様はゆっくりととって歩き始める。
「着いたぞい。今日はここで野宿する」
「え?野宿するんですか?」
「次の階はボスエリアじゃ。万全の状態で挑まんとの」
「なるほど」
確かに戦闘中に力がでないってときにグサリなんて嫌だからな。
「……あの」
「ん?」
お姫様が顔を赤く染める。
「…手」
「手?って、うわあ!」
ずっと手を握っていることに今更ながら気づく。
「ご、ごめん!」
「い、いえ。こちらこそ…」
お互い顔を赤面させ、うつむいてしまう。
「ウブいのう〜」
エルギス様がニヤニヤと笑う。
うるさい。
「さて、テントを張ろうかの。余分に二個持って来といてよかったわい」
テントを張り終えると、簡単な代用食をとる。
お姫様のためにできるだけ明るい話をするが苦笑いをするばかりだった。
寝静まるころ、エルギス様に声をかけられる。
「リク。儂は先にテントに入るからお前が姫さんの話を聞いてやれ」
「僕がですか?」
「おう、任したぞい」
そう言ってテントに入るエルギス。
任されてしまった…。
チラリとお姫様を見る。その顔はまだ晴れてはいない。
できるだけ静かに横に座る。
「「………………」」
お互い黙ったまま何も話さない。
だが沈黙を破ったのはお姫様だった。
「……あの」
「う、ウォッス」
いかん!変なかけ声みたいになった!
一人で内心悶えるが気にせずお姫様は話を続ける。
「あの…わたしのこと、怖い……ですか?」
「え?」
お姫様に怖いかなんて質問をされた。怖がれるならわかるけど…。
「わたしの髪ってこんなじゃないですか」
自分の腰まで垂れた髪を掴みあげる。
「この色のせいで、国ではいろいろ言われてたんです」
「…………」
「お兄様やゼウス様、あと亡くなったお母様は綺麗だよ、て言ってくれたんですけど。お父様や国の人たちは呪われた子供だ、てひどく怖がられました」
きっとひどい幼少時代を過ごしたんだろう。
それは顔を見ればなんとなくわかった。
「国の人たちは知りませんが、わたしの称号に<神の巫女>というのがあるんです」
「神の巫女…」
「はい、そのせいかわたしは神大魔法の一つ、ヒーリング、が使えます」
ヒーリングという名前からして回復魔法だろう。
「わたしの魔法があればたくさんの人たちを助けられる。そうおもっていましたが…」
「どうしたの?」
「……わたしの父ムウサは、それを国民のために使うのを禁じたのです」
「え?つまりどういうこと?」
「…高いお金を払った王族や貴族のみに使うことを許したんです」
つまりムウサっていうやつはお姫様の魔法を使って王族と貴族たちから金儲けしてたわけだ。
せこいな。それでも王様か?
「じゃあ、なんで君はここにいるの?」
そう、そんな大事な人を何故ムウサはダンジョンに送り込んだんだ?わざわざ死なすようなものだ。
「…事件が起きたんです」
「事件?」
お姫様は震えながら次の言葉を口にした。
「わたしがお母様を殺してしまったんです」
「え⁉︎」
そこで限界なのかお姫様は泣き崩れてしまった…
「ーーーーーッ!」
声を出さないで泣いている。
深い。お姫様の抱えている闇は簡単には拭えない。
だけど……。
リクは意を決する。
「大丈夫」
できるだけ優しく伝える。
「君は頑張った」
お姫様は顔をこっちに向ける。涙のせいできらめく瞳に思わずドキッとされ、目を逸らしそうになるがリクはしっかりとお姫様の顔を見つめて言う。
「君はよく頑張ったよ」
「ッ⁉︎」
だがお姫様にはまだ届かない。
「な、なにを……です…か」
お姫様はキッと睨む。
「何がなんですか‼︎」
お姫様の声が洞窟内に響く。リクはお姫様を見つめている。
「わたしは何も頑張っていない!ただ流されたまま、ほいほいお父様のいうことを聞いていた操り人形よ!」
「…………」
「本当は……もっとたくさんの人たちを助けてあげたかった!わたしの見えないところで苦しんでる人たちを助けてあげて、喜んで欲しかった!」
だけど、と言葉を続ける。
「わたしは何もできないでいた。お父様のいう事に逆らえずに言い返すこともできない。
なんとかしようとしても裏目にでて、頭の中が悪循環が回ってる」
「だから、わたしは何も頑張ってなんかいない!」
今の話を聞いて思った。
ああ、同じだ。
前世にいるとき、家族の言うことに流されていた自分。学校で不良連中にイジメを受けて、何も言い返すことができなかった自分。
わかる。わかるよ。
俺もそうだったから。
だから背中を押してあげるよ。
リクはお姫様に向かって言う。
「じゃあなんで生きてるの?」
違う。こんなのじゃダメだ。
「な、なんでって…」
「そんな人生つまらないでしょ?早く終わりたいとか思わないの?」
言いたいことがうまく言えない。でも、止まらない。
なんでだろう。前世の自分を見ているみたいだから?
「思わない」
お姫様は涙を拭いて答える。
「生きたくないなんて思わない。それは逃げることだから。だから……わたしは絶対逃げたくない!」
今度はお姫様が見つめてくる。
強いな。似てるけど似てなかった。
前世の僕は辛いことを投げ出して自殺した。
つまりーーーーー逃げたんだ。
「そっか。君は強いね」
僕と一緒だと思ったけど、違ってた。
「じゃあこれからは僕も手伝わせてよ。
君が逃げ出したくなったら僕が支えるから、だから僕をそばにいさせてよ」
この子の近くにいたら、僕は強くなれる気がするから。
「……あっそう!勝手にすれば!」
そう言ってテントに入ろうとする。
「あ、あとさ」
リクの声に反応し、後ろを振り返るお姫様。
「その銀色の髪。君みたいに綺麗でとってもいいと思うよ。シアン」
「ッ⁉︎お、おやすみなさい!」
そう言って、すぐにテントに入っていった。
ーー?どうしたんだろう?
とりあえず、お姫様のことは一件落着ということで、
気持ちを切り替える。
明日はボス戦だ。