08
西の荒野を抜けた先に、その遺跡地帯はあった。
蟹の群れを高台でやり過ごしていくとこんな光景が広がっていた事への驚きと共に、大きな野外迷路のような遺跡群を見下ろす。
「広いですねー」
すると横のドムが落ちないようにか手を広げながら、せやろ、と妙に自慢げにしている。
「NPCが言うには、此処は「迷宮化」という呪いが懸かった土地らしい」
と、後ろからマックの声、それに続いてドムが言う。
「ようは時々形の変わるダンジョン地帯、ちゅーこっちゃ。罠も宝箱も再生するさかいな。敵もわしらが付いとったらなんとかなるやろ」
なぁ、ネス。とドムのひらひらした耳が揺れて振り向いた先の、髭の薄いドワーフを見た。
彼の名前はネス、このギルドの新入りらしく、今開いているから、という理由で連れてこられた重戦士だ。
「しかし先輩ホントに教えるんですか?」
「しっつこいなー自分、んなこっちゃモテへんで?」
「そういうことじゃないんです!」
ここに来るまでの間でもネスとドムの間でこんなやりとりがあった、このギルド、昔女のことで揉めたりしたのだろうか?
「俺は別にこのギルドにどっぷりになるつもりはないよ、ただ対価で教えて貰うだけだし…」
そう返したのだが、ネスはどこか不満そうに舌打ちをしかけたような挙動をしていた。
「ネス、もうやることは決まったんだ。お前も戦士ならその斧に掛けて役割を果たすんだな」
マックがそう言うと、俺たちは遺跡群の中に入っていった。
遺跡群は半ばが市街の体を残す、古代の街の残骸が変形したような代物だった。
割合天井の無い部分が多いが、何処に何が潜んでいるかも分からない。
魔力を感知しながら進むと、蟹らしき物と違和感が前方の通路にあった。
「この先にストーンクラブが居ますね…にしては大分大きいかな?」
「あぁ、せやったらロッククラブや。此処では少なめの敵なんやけどな。マック、ネス、やれるか?」
しかし面白いスキルやな、とドムが言うのを横目に俺と他二人は武器を構える。
ドムは投げナイフらしき物こそ手にしているが、積極的に戦う気はないのだろう。
そして角を曲がると…果たしてそこには岩蟹が居た。
『ロッククラブ:警戒中』
そして……その他には違和感はなかった。さらにその奥の魔力に意外には。
「…まってください」
俺は手を横に差し出して戦士二人が出て行くのを止めた。
よく見るとドムも二人の肩を引こうとしている。
「…罠か」「…何処に?」
二人の声に対し、ドムは蟹の後ろに落とし穴や、と答える。
あの気配が落とし穴なのか…
とりあえず落とし穴の対処は蟹を倒してからにしよう。
そう決めた俺たちは、次いで通路の角からまず俺が矢を射掛け、誘い込んで倒すことに決めた。
「こっちだ!」
パン、と弓弦が鳴って蟹の装甲に弾かれる。
そして蟹の赤い瞳がこちらを見たと思うと同時に、二条の弾丸が脇から飛び出した。
「うぉぉぉ!」「うらぁあ!」
まず足の速いマックの右足が大蟹の右前足を蹴り、鋏に斧を掛けてから盾で抑えるように体当たりを掛ける。
そして重い鎖帷子のネスは、四角い大盾でそのまま容赦なく蟹の左側に体当たりした。
これじゃただ抑えるだけに見えるが倒せるのだろうか?
援護に蟹の目を打ち抜くと、ドムの褒め越えが後ろから響く。
――と、おもったその時である
「オラァ!!」
ネスがその右手の大斧をアッパースイングで左鋏の根本に打ち込むと、次いでマックが相手の上に駆け上がった!
「挟んでやるぜ!」
そしてマックが左鋏に向かって斧を振るい…
バツンッ!
盛大な音と共に蟹の鋏が千切れ飛んだ。
そして転がり落ちてくるマックをネスがカバーするうしろで、矢を足の隙間に向けて撃っているとドムは奇妙な行動をしていた。
転がり落ちた鋏に駆け寄り、ばさりと網?を掛けてインベントリに仕舞ってしまったのだ。
「っしゃぁカニヅメゲットやぁ!!」
そんなことより蟹は…と目を向ければ、後は片腕だけの蟹である。
二人がかりなら左右からで抑えられたそれはあっという間に叩かれ、砕かれてしまっていた。
……この人達…もしかしなくても強い?
そうか、元々考えてみれば俺が死にかけるような戦いをするハメになるビッグボアを素材調達で狩りにくるような人達だった…
って戦力差で忘れる所だった!さっきのカニヅメゲットってなんだよ!
「お、ねーちゃんやっと惚けから戻ってきよったな?さっきの鋏かっぱらったん気になるんか?気になるよなぁ?」
「あれは「盗賊」の副次利用か「強奪者」という称号による技だ」
ドムが良い気分で説明したげな所で、マックが横からさらっと種を明かす。まぁだれにでも出来ることだ、と続けて。
おい台詞取るなや!と言ったドムが言葉を引き継いで言うには、曰く、相手が存命中に部位や持ち物を奪えばその部位が死亡後光になって消えることはない、ということ。
そしてそうしなければ手に入らないアイテムは多々ある、ということ。
「例えば蟹の爪の中身とかな!」
ロッククラブの爪にも肉があり、食えるらしい。普通は光になってしまうので食べられないそうだが…
それでも光になるまでにいくらかタイムラグがあることが、ドムに言わせれば本来は剥ぎ取り時間なんじゃないか、という話までしてくれた。
実際、盗賊持ちの方が敵殺害後光になるまでのラグが長いらしいことも。
……そうだったの?
と、言った所で、次は落とし穴である。
こっからはわしの出番やな、と身を乗り出したドムを横目に、俺も罠解除道具を取り出す。
「最初は見とき、ねーちゃんは魔力の動きが見えてるくさいしなぁ」
そこまでばれていたのか。
ドムの観察力に少し驚愕しながらぴくりと動きを止めると、ドムは落とし穴の周りをぐるぐる動き出した。
「たーだーのーピットフォールやなぁー…下級の魔法罠やから解除は…」
次いでドムは金色のピンセットの様な物を取り出し、ゆらゆらと穴の縁を探すようにそれを這わせた。
「此処や!」
そして穴の縁ギリギリをピンセットが摘んだかとおもうと、地面に張り付いていた魔力がベリッと引っぺがされ、空中に飛び上がって霧散した。
「今のが魔法の罠、っちゅーか設置型の魔法の解除方法や。魔力を掴める道具で力の触媒から魔力を引き剥がしたら消える」
さっきの触媒は地面っちゅーこっちゃね、とドムが続け、後ろにもう一つある落とし穴の解除を俺に勧めた。
やってみ、と言われれば引き下がるわけにはいかない。
だが罠解除道具の中に魔力を掴むピンセットは…あるにはあるが粗末で……
「すいません、ちょっと無茶します」
俺は指先に魔力を込めると、落とし穴の魔力の縁を掴み、ベリッとはがした。
「おぅい素手かい!」
突っ込むドムだけでなく、マックとネスも言葉を無くしているようだった。
「いや、ピンセットよりこっちの方が精密作業が出来そうだった物で…」
「まるでカーネルだな。いや、ドムの言うように魔力が見えていればそうもなるか」
カーネルさんもそういう事が出来るんだ?と、思ったが、妙に睨んでくるネスの視線の前にそういった事を聞くのはやめておいた。
それよりも、出発前に盗賊の勤めとして言い渡されたマッピング作業を続けよう。
これも結構大変で、とても大事な作業だからだ。
次に出会った敵は数体のスケルトンだった。
錆びた剣や棍棒を手に、がむしゃらに襲いかかろうとしてくる。
そこでふと気付いた。
「ドムさん、もしかしてアイツ等の武器も…」
「お?せやで、かっぱらったら自分のもんや!」
こんな錆びた武器はいらないが、いざというときは覚えておくと良いかもしれない。
そんな事を考えながら確実に斧矢で頭蓋を砕いていくと、戦闘はあっさり終了した。
「弓の腕も良いな」
とマックさんも言ってくれた。
だが、相変わらずネスの表情は硬いままだ。俺、ほんとになんかしたんだろうか。
その後、壁に仕込まれたボウガンを解体したり、飛び出す槍をあえて飛び出させてから解除したり、隠し扉らしき物の鍵を解除してみたらただの空き部屋だったりと、俺たちの旅路は続いた。
ドムさんはそのたびに、インベントリに解体したボウガンや槍をしまい込み、これも役得や、と笑顔で答えていた。
ところで魔法的な罠は真理の目の魔力探知のお陰で強い魔力の違和感が見えるのだが、逆に、魔法的に違和感の少ない機械的な罠は意外と見えづらい。
もっと高度な、魔力の違和感を無くしたような高度な物相手だと危険だなぁ。
そんなことを考えていると、また機械式のボウガン罠があった。
次は俺が解体する番だ。
そして俺は、一度試したかったことを試すことにした。
「すいませんドムさん、ボウガンはなくなっちゃうんですけど…」
え?というドムさんを横目に、俺は壁の穴に練金布を張った。
そして一言。
「粉砕」
そして、中からはボウガンだった破片がざらっとでてきた。
これも解体の一種だよな!
「うっわぁえっげつない手使いよんなぁ!しかしそれ、儲けにならんで!?」
いや、罠解体で儲けとかそこまでがめつくないですから。
しかし俺の蛮行を見たマックとネスは、あきれたような顔をしていた。解せぬ。
「クロスボウだけやない!毒発射の毒!突き出し槍の槍!どれも取ってったら売れるもんや!罠は時に宝箱なんやで!?」
もしかしてこの遺跡にあるって言う宝箱ってそれのことなんですか?
仲間の方を見ると、流石にネスはドムを胡散臭い目で見ていたが、マックは既に慣れた様子で気にしてもいなかった。
あ、これ本気で罠=宝箱だ。
その後も、俺たちは機械罠という名の宝箱を解除したり、魔法罠を素手で引き剥がしたり、スケルトンや蟹を一蹴したり、地図を書き損ねたかなと悩んだりしつつ迷宮を進んだ。
で、道を進んでいると、また角の向こうに蟹がいて、落とし穴があった。
しかし今度は落とし穴が手前で、蟹は結構遠目である。
と、その瞬間思いついた。
のしのし歩くあの蟹を落とし穴に落とせないか?
魔力の位置と蟹の位置を考えれば…誘導すれば行けるかも知れない。
「蟹を誘導して落とし穴に落とすって、アリですか?」
「ねーちゃん、言うたやろ?迷宮の魔法罠は迷宮の生き物に発動するようには出来てへんて」
ドムは何度か言ったことを口にして苦い顔をする。
だが俺には秘策があるのだ。
「えっと…その罠の設定を書き換えられるかもしれないんです。だから、数秒だけ蟹を止めてくれればもしかしたら…」
マックとドムは顔を少し見合わせ、はぁ、とため息をついた。
「罠は廊下のど真ん中やな。ネス、マックと一緒に左右から突っ込んで、蟹しばらく抑えたり」
こくりと頷くマックと、渋々頷くネスが角から飛び出した瞬間、俺の戦いが始まった。