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07

「エリナ、この弓を受け取ってくれ」


衆人環視も気にせず、いつもの壁ドンの露店でエリナに迫る。

するとエリナは耳をピコピコさせて、こ、困ります…なんて返してくる。

しめしめ。


「君の弓と交換で良いんだ。この弓は、君に受け取って欲しい物なんだ」


そう言うと、エリナの矢筒から弓を抜き取り、俺の生きた森林の弓をねじ込む。


「こんな…凄い物を入れて貰うだなんて…」


なんか頬が上気してる。まあいいか。


「大丈夫だよ…君を傷つけやしない。俺の弓の特徴は、君も知ってるだろ?」


「はい…」


そうして交換取引が成立した。




エリナなら商人仲間がPKから守ってくれるし、あの弓の真の力も出せないから多分問題にならないだろう。

そして手に入れたのはβテスターが使っていた弓である。

普通の弓の中ではかなり上級の筈だ。どんな物だろう。


『ラップドリカーブボウ:木材に動物の腱を膠で裏打ちして堅め、革を巻いて作られた強い弓』


うんうん、普通で結構だ。

見た目もモンゴル人が持ってる弓をもっとスリムにして革を巻いたような感じで実に普通の弓っぽい。

これで東の草原で普通に矢で狩りが出来るぞー!

ついでに量産品安物の胸当ても露店で買ったしな!




結論。

この弓結構すげぇ。

そら矢尻や麻痺毒もあるんだろうけどさ、獰猛著しい狼がほとんど1,2発くらいで沈むとかどういう威力だよ。

つかってたら周囲に他の射手がやってきて、凄い威力ですね!とか言い出して困った。

そいつらの弓を見たら初心者の弓以上はこんな程度だった。


『セルフボウ:丸木弓とも。木を削って弓形にした物に弦を張って作る原始的な弓』


『ラップドロングボウ:木弓の威力の弱さを長さと巻いただけの革でおぎなった長弓』


なんか妙に原始的なんですけど!?

流石βテスターの弓…とはいえこれではいたたまれない。渡した弓の威力からしてシャークではないけれど。

質問攻めから逃げるように盗賊の隠密を使ってそそくさと人垣から逃げ出すと、結局取れた獲物は狼や兎、あとはそこらでコッコしてた鶏風の鳥が一匹だけだった。


インベントリを見返すと果たして鶏で、こんなアイテムが入っていた。


『鶏の羽根:白い風切り羽根。でも飛べない鳥の羽』


一匹で結構数が取れているそう言うことはわざわざ言うこっちゃないと思うぞ運営。

そして珍しく見たような気分になるみずみずしい草原を、手早く去らなければならないのは心残りだった。




「で、結局森の中か」


荒野で蟹の相手をするのも辛いし、北の岸壁を上るにも防具がまだ出来ていない。

となると相変わらずの西の森である。

幸いこっちの能力のお陰で早期発見が出来るし、向こうも一部を除いてそう早い相手ではないため、黒曜石の的に出来た。


右手で射ち、左手で射つ。

ときにスイッチし、変わった位置にいる的を足の位置を変えずに撃つ。

時には普通の位置に居る的に、わざと位置を変えながら撃つ。

全身がうっすらと光り、弓という物の能動的な使い方を身体に覚え込ませていく。


いま、後ろに向けて撃った矢は大蜘蛛の眉間を打ち抜いただろう。

だが、それもすぐ側でのことだ。修練はまだまだ足りない。

出来ることがたくさんあるって、楽しいな!




とかなんとかやっている時ほど面倒に襲われる物である。

魔力探知でこっちは見えている。が、こっちも光りすぎたので向こうから見えていただろう。

ビッグボアだ。この魔力は確実に近づいている。

どうする?弓か?魔法か?近接は…最後の手段にしたい。


まず木の陰に隠れながら全体強化を期してウォームアップボディを使う。

そして最初の矢は四つ又の毒爪矢。

そこにありったけの魔力をたたき込んでビッグボアに食い込ませれば、麻痺に出来る可能性も高いだろう。

そこから順次近接向けの矢に切り替え、無理ならば火災旋風で特攻も狙う。

多少無茶だがチートめいた物無しにかかるボスはこれが初めてだ。用心しすぎてしすぎることはない。

俺はゆっくり弓弦の調子を確かめると、全開にした魔力を込めた矢を宙に放った。




予想通り、ビッグボアにひっかかった毒爪は奴に麻痺毒を与えた。

だが所詮最初の街で手に入る物なのだろう、僅かに動きを鈍らせるだけで、奴は一切の躊躇無くこちらに向かって突進してくる。

そうはならじ、と矢を幾本も放つが、それが尽く当たっても巨猪は止まりはしない。

思えば何故俺はこんな…3mはある巨大生物に挑もうとしたんだ!

そんな生物学的恐怖に今更囚われて、俺の目にビッグボアはそれ以上に大きく映り出す。

しかし演算処理はそんな硬直を許さず、俺の手から矢を放ち、ビッグボアの片目を傷つけることに成功した。

だが、それでも勢いは収まらない第一、向こうがこちらにきたら回避する能力がない。

なんと腰が抜け懸かっているのだ。

そして矢の威力にもあの猪を倒しきる物はない。

では残った物は…?


「ファイアピラー!」


それは爆炎だった。

目前に迫った巨猪は魔力操作で拳のように固められた炎の突き上げに、天を仰ぐほどに吹き上げられていた。

そして彼女は次いでダガーと杖を取り出し、ダガーの柄尻を杖に当てて地面に突き立てた。


「ブモォォォォ!!」


空中でたたらを踏んだ巨猪はそして大地を踏みしめようとして…


ズンッ!


次の瞬間、心臓をダガーが貫き、ブレイドの身体は猪に押し倒されていくらかのダメージを見舞われていた。




「まさか槍での熊猟の方法なんてネタを実際にやるとは思わなかった…」


本来は槍襖のように立てた短い槍先を心臓に引っかけ、自重で貫通させるような感じなのだが、今回は槍がないのでダガーと杖で何とか誤魔化した。心臓位置は魔力探知でなんとか。結果がこれである。


「あー…リフレッシュエア」


さっきから続けているがまだ痛みが去らない。

一撃のしかかられるだけでこれなのだ。まともに当たられれば即死していただろうな、と背筋に少し寒気が走った。


しかし、「現実と変わらない感覚を備えた画期的VR」という謳い文句の意味をこんな風に理解する日が来るとは思わなかった。

まるであの恐怖は…現実でしかなかった。

思い出すと、今更震えが身体を襲うのだった。


その恐怖を振り払うように、彼女は腰掛ける木の根本で座禅を組み全開で電子処理インプラントを稼働させる。

先ほどの経験を振り払えない恐怖にせず、糧になる経験とするために神経情報の操作をすることが第一。

そしてさっきからリフレッシュエアと魔力感知を使っていると感じる、森の魔力たちをしっかりと認識するためでもあった。




『…生きてる…』


ぼそり、とブレイドの物とは思えない無機質な声が彼女の口から漏れた。


『心がある?でもだれでもない』


疑問を淡々と口にするように、それでいて会話する様に。


『そこにあるもの、か』


緑光の淡い夢に包まれて。


『あれかしや』


森の巫女の様に。




と、次の瞬間彼女の瞑想が停止する。

第一目標がとっくに終わっていたことと、探知範囲に人間らしき物が2体入ってきたからだ。

敵対する理由はない筈だが…


「お!美人のねーちゃん発見!なに?イベントNPCちゃうん?」


ある意味めんどくさいことになりそうだった。


その男達は自分たちをドムとマックと名乗った。

最初に関西弁で声を掛けてきた、妙に鼻が大きいというか長い男がドム。

小柄な身体にオーカーのバンダナを被った盗賊風の恰好で、いかにも斥候という感じがする。

マックと名乗った男はより特徴的な見た目だった。あの長身で赤いアフロなら誰が見ても見間違えないだろう。色白気味だし。

だが装備はしっかりした作りの鉢金に皮鎧で、手にはふっくらと丸い盾と、使い込んだ片手斧が握られている。


「ドム、ドム、いきなり話しかけるな。そう見えてなにか作業中だったかも知れないだろ」


おっと失礼、とドムと呼ばれた男が頭を下げるので、俺が構わないというとドムは矢継ぎ早に話を始めた。


「ほな自己紹介を、わしドム言いまんねん。元はドワイトにしとったんやけどな。めんどいやろ?ドムの方が言いやすいしな!」


おどけたように自分の鼻を差して言う。よく見ると耳の縁も像の耳の縁の様にヒダがあり、もしかするとヒューマンではないのかも知れない。


「お、嬢ちゃん気付いたかぁ?カーッええ男はよー見られてまうなぁ!わし、こうみえてリトラー言う種族やねん。斥候とか向きの小器用な奴、ってやっちゃね!」


鼻と耳もその追加特徴やねんで、とその喋りは止まる所を知らない。


「ドム、ドム、俺にも話しをさせろ」


「おっとスマンな。ねーちゃんが美人やさかいつい」


「そこは同意するがな。俺はマック。見ての通り軽量めの戦士をしている」


「マクド呼んでええで!」


「ドム、ドム、その話は止めろって言っただろう」


そんな二人の会話があまりにもあけすけな友達同士の会話で、俺は思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


いけない、と思って口元を隠すと、ふたりはどきりとした感じで一瞬言葉に詰まり、同時に口を開いた。


「「う、うちのギルドに入らないか(入らへんか」」


「ぅえ?え、えっと、何をするギルドなんですか?」


俺が驚いて妙な声を上げると二人は一瞬目を見合わせて、マックがドムの口を取り押さえてから口を開いた。


「料理を作るんだ。ゲーム内の食材で、誰も食べたことのないものを作って食べる。それがうちのギルドの目的だ」


ぶはっという音と共にマックが言い終わると、ドムはなにやらやいのやいのと文句を言い立てていた。


「お前が話すと長いだろう」


「うっさいわ少しでもお美しーおじょーさんと話したいっちゅーんは万民共通の人情やろ!」


本気で話が長くなりそうなので、俺は名乗った後別の話題を出すことにした。


「ふふ、話は変わりますけど、お二人は何を探しに来たんです?」


「「ビッグボアの肉だ(や)!」」




聞けばビッグボアは牙や骨、皮意外にも肉など他の部位をドロップする事もあるらしい。

そしてそのビッグボアを狩りにきたのが二人と言うことで…


「お二人でビッグボアに勝てるなんて、お強いんですね」


お世辞抜きにそう思う。アレに勝てる気で挑める奴は今のところ俺を越える強者と認定して良い。

そう言われると男二人は照れくさそうに俯いて、コツさえ掴めば…とか注意を引ける奴が居れば…などと言う。

注意を引く…ああ、だからエレナも狩れると判断したのかな?

しかしそう言われてインベントリを見ると果たしてそれはあった。


『大猪の肉:硬いが野趣に富むがっしりとした猪肉塊。無加工では食べづらい』


言われんでも分かるわこんな骨付きの猪のアバラまわりそのまんまみたいなもん!


「よかったら私が持っていますしお譲りしましょうか?」


「ねーちゃん一人で倒したんか!ホンマに!?」


「ビッグボアに一人で挑むのは危険だぞ。2人以上推奨という情報は聞かなかったのか」


「遭遇戦で運良く勝てただけなので…」


ふたりはそりゃすごいと声を上げ、何事かを話し込んでいる。

ああ、何を対価に売って貰うか、か。たしかにボスドロップともなればそれなりの対価は居るだろう。


「ねーちゃん、「盗賊」スキル取る気あらへん?今やったら自分が手取り足取り揚げ足取られ、キッチリバッサリ教えたるで」


「バッサリ断られていろ」


何か妙なコントが進行しているが、残念ながら自分は盗賊の初期センスを持っている。

その事を伝えると、ドムは残念そうに唸った後、軽く手を叩いて道具箱を持ち出してきた。


「せやったらこれあげよか。初心者用の道具とは違う、鍵開けも罠あけも全部入ったやっちゃで!」


わしの中古やけどな、とドムは笑いながら中身を晒す。金属製のピンや小さな鋸、小さいレンチや細いバールの様な物が整然と詰まっている。


「それだけでは対価に少し安くないか。なにか別の物を…」


「じゃあ、これの細かい使い方と、出来た料理を食べさせてくれよ。この世界で初めての料理だ。それが対価で良いよ」


マックが良いのか?と尋ねてくると、ドムは気楽に口を挟む。


「かまへんかまへん、本人がええ言うんやったら一丁食わしたったらええんや」


よろしく頼むで、腕もみっちり鍛えたるからな!といって、ドムは俺の腕を取った。

体格の割りに男らしい、逞しい腕だなと思った。




それから後、俺はマックやドムのギルド「ファーストフード」のギルドホームに招待された。

ギルドを名乗る割りには普通の石造りの3階建ての一軒家で、これから大きくなっていく予定、といった感じだ。

…で、扉を明けた瞬間帰りたくなった。


「うわぁ!なんだよこの緑の巨大昆虫!」


そう、そのまんま人間大の、バッタともカマキリとも付かぬ緑の人型昆虫が突っ立っていたのである。


「ああ、調薬、練金、付呪がメインのモスマンだ。モスと呼んでくれて良いぞ」


そういう問題ではない。さらに悲鳴を上げそうになった私をマックが抑え、ドムが横から口を挟んだ。


「モス公は昆虫人やから!不人気やけどPC種族やからな!?落ち着き!わかるけど落ち着き!」


そうだ、昆虫ではあるが別に衛星害虫系の見た目ではない。それにワシャワシャも余りしてなくてつるっとしている。

よく見れば愛嬌も……大2と小1の赤い複眼が一対づつ縦に並んでるバッタカマキリの何処に愛嬌が在るんだよ!!


「まぁそういう反応は慣れている。私は上に行っているよ」


こちらが反応しきれなくなる前に、彼は淡々と階段を上っていってしまった。

恐るべしVRの再現能力。というかあの種族を選ぶ神経が分からなすぎる。


そして俺が事態に対応しきれなくなっていると、野太い女性?の声が階段を下りてきた。


「まあまあ、お客様?どうしたのマックさん、女の子にそんな事しちゃダメよ?」


降りてきたのは……縦ロールのオークだった。


「私はシャルロット。ロッテとお呼び下さい」


スカートの裾を摘む完璧なカーテシーで礼をされる…ので私もあっけにとられながら名乗りつつ頭を下げる。

が、このゲームのオークはただのデブブタ人間というレベルではない。

むしろアメコミ的な褐色の肌に巨大な牙の突き出たマッチョ種族である。

それがドレスを着て…お嬢様然としているのは、また別の意味でショックそのものだった。


「ところでお二方?」


そして次の瞬間ショックはある種の納得に変わる。

マックとドムに向けて、大猪の肉は手に入りましたの?と問いかける彼女の手には、インベントリから取りだした鉄球と太い棍棒が握られていた。

あれで投げつけては打ち据えるのだろう、逆に納得できて落ち着いた。


「あるぞ!ちゃんとある!」


「そっちの嬢ちゃんと取引してちゃんと手に入れたんやて!」


せやから一緒に来たんや、とドムが弁明すると、ロッテの闘気がかなり衰える。

本当ですの?と問われたので首を縦に振っていると、さらに階段を下ってくる音がした。


「そこまでにしなさい、ロッテ。彼らだって好きで何度も失敗していた訳ではないんだ」


降りてきたのは眼鏡を掛けた白髪で壮年の紳士、という感じの人だった。

だが、着ている服はボロボロで、何かおぞましい魔力が目に飛び込んでくる。


「ああ、失礼。見栄が良くないね。服を変えよう。術の研究をしていたものでね」


言った瞬間インベントリ操作で彼の服は白スーツに替わる。

が、持っているステッキは相変わらずなにかおぞましい魔力を発しているのが見えていた。


「はは、このステッキが気になるかい。お嬢さんは何か面白いスキルをお持ちのようだ」


そう言うと紳士はステッキを仕舞い部屋の中央にあったソファーに腰掛けこちらにも座るように差し向けた。


「私の名前はサンダー。このギルドのマスターをしているので、みんなからは「大佐カーネル」と呼ばれる事の方が多いがね」


なんで大佐なんだか…それはともかくそう言うと彼は両手を広げて口を開いた。


「ようこそ、ギルド「ファーストフード」へ。そちらのマックとドムとはもう知り合いの様だが、如何なるご用件かな?」





そして俺はここに来た理由と要件を伝えると、大猪の肉を用意された大皿の上に出した。


「おお、これは素晴らしい!ウェンディも呼んであげて下さい、色々試してみましょう!」


サンダーは見た目よりも遙かに強い力で軽々と肉塊の皿を持ち上げ、厨房らしき方に運んでいく。

ちら、と横を見ると、マックがアレにも秘密があるんだ、とだけ呟いてくれた。


「さーてこっからはお勉強の時間やでぇ!開いたメンバーで軽いダンジョンでも潜って実地でやろかー!」


そして、ここからが俺の特訓の始まりだった。

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