ジュウェリビリー作戦7
最後のミーティングでも、建設的なことはなに一つ話されはしないまま、隊員達は解散を命じられ、就寝に至ることになった。この時の精神状態は彼らがすぐに寝れたかどうかで判断がついただろう。
ウェリオンは寝れなかった。不安や緊張ではなく、左隣にいるクラウジックがさっさと眠り、いびきと言う音響魔法で無差別攻撃をしてきたからである。そして右にいるウェリオン分隊の一人、ユッダは青ざめた顔を汗で濡らし、同じくらいに青ざめた唇でなにかを呟いていた。そのハンモックはゆれているが、彼の体に呼応してのものだろうことは容易に判別出来た。
頭の先で横になっているローベも、ただ天井を見ていた。ウェリオンが起きていることに気付いた彼は、小声で話しかけてきた。
「寝れないのか、ルーファス。」
「こいつのせいでな。」
ウェリオンは足でクラウジックの腹を小突いた。一瞬いびきがとまるが、再び運動が始まった。
「お前はどうなんだ?」
「まぁそのせいもあるけど…。作戦のことがね…。」
「気に食わないのか?確かにもう少し歯ごたえのある任務をこなしたかったな。」
しかしこちらの問いにはローベは首を振ったのだった。
「いや、簡単なのにこしたことはないさ。生き残れる確率が高いからね。だから今回の作戦の内容にはあまり文句はないよ。」
ウェリオンは眉をしかめた。では何がローベにひっかかっているのか、ウェリオンはいささか主観的にすぎるので、自分以外の意見は想像がしにくいのである。
「ムンタギューか?」
「それはある。ただそれ以上に…それ以上に許せないのは環境さ!」
「環境?」
「そうだ。奴らが名誉を欲するのはいいさ。だけどそれに僕達を巻き込むな、って話だ。やりたいなら自分達だけでやれ。しかも腹立たしいのは、止めるべき大人や上官がそれを推進してるってことだ。」
「…。」
「しかも僕達はおそらく…ムンタギューどもの野心のために使い潰されるのが目に見えてるってことだ。僕達下士官はまだしも、新兵の皆はひどく使われるだろう。なにも知らない、なにも持たないのをいいことに…。これはこの世でもっとも許し難いことの一つだ!そして僕達はそれに逆らうことも出来ない。」
それはМIの話が本当ならばだ…とは言えなかった。ムンタギューらの態度にはМIとローベの話を説得するものがあった。彼らが二人の話の通りに行動しないとは言い切れなかったのだ。漠然と感じていたことだが、ローベに言われたことで、その懸念を理解できた。
「そう悲観的になることもないだろ。そうなるとは限らない。第一そうなったら、無視してやりたいようにやればいいんだ。お前の指揮なら文句はないさ。」
これは別にムンタギューをかばったわけではなく、ローベの負担を軽くしてやろうと考えてのことだが、後半部分は本心からだった。ローベが指揮官として優秀なのはだれもが認める事実であり、ウェリオンとしては政治家よりも軍人になってもらった方がいいと思っている。
ローベは微笑しただけだった。その微笑みが穏やかさだけではないことをウェリオンは理解した。彼は真面目で、責任感の強い男だから、ウェリオンの言う行為をなすことは出来ない。軍人は、どれほど愚劣でも上官に従わなければならないのだと。彼の心掛けは素晴らしいものだ。だが、ウェリオンのある一部分が、それが正しいとは限らないと囁いていた。
「眠れなくなっちまったぜ。」
「僕もだ。」
すっかり話しこんで頭が覚めてしまった彼らはそう言いあう。その夜、二人は寝ることも忘れて夜通し語り合った。と言ってもローベの話にウェリオンが相槌を打つ形だったが、ローベは口数が少ない方だったので、この夜に話した量はウェリオンを驚かせた。この夜に聞いたことはローベの考えを知るうえで貴重な出来事で、ウェリオンは後にその考えを多く述懐することになる。
明朝6時、船内にいる全ての者が起床し、船内の食堂へと向かった。この日に限り、ムンタギューらやリンドバーグも食堂へ介して一緒に食事を摂っていた。
隊員達の心情はこの時にも推測することが出来た。その目のしたに隈があるか、あるいは食事をスムーズに摂れるかである。
ウェリオンは睡眠を摂っていないにもかかわらず、不思議と眠気は感じず、むしろ普段よりも頭が冴えているように思われた。ローベと話したおかげかもしれない。作戦決行日にも関わらず、寝れなかったことに対する不安もなかった。
クラウジックは眠そうだったが、それはいつものことである。この男は一日中寝ていても、このような顔をするのである。フランは機嫌が悪そうだったが、これもいつものことで、ウェリオンは長年の経験から遠ざかることを知っていた。ただ、その不機嫌さが、普段とはやや異なったものだということも、理解はしていた。
小隊のメンバーも続々と集まってくる。双子のドワーフ、МI、スヴェートラントの義勇兵…いずれもクラウジックと同じようである。続いてアーサー、アタランテ、ガルシアらはいつものすまし顔で、寝ぼけた様子はみじんも感じられなかった。イーシャはぼさぼさにした髪をかき、目つきの悪い目を一段と険しくしてやはり不機嫌そうである。これらのメンバーは不安からは遠いようだったが、彼らが少数であるのは見れば明らかで、ラッドを代表とした他の者達は目を血走らせ、下に隈を作り、唇と顔を青くしているのが目立つのだった。
ムンタギューとストーカーは規定の時間に来なかった。五分ほど経った辺りでアーサーが立ち上がり、部屋を出ていくと、五分後再びムンタギューらを連れて戻ってきた。彼らは遅れたにも関わらず、謝辞も入れず、下品な笑いを繰り返し、イーシャに舌打ちされるのだった。この時、リンドバーグは部屋に既にいたのだが、最初に来た者の言葉によると、彼が既に座っており、驚いたのだと言う。リンドバーグは、ウェリオンらが姿を見せて数十分まるで像かのように変わらぬ姿勢、表情で座っていた。
船の機関士や船員を除く一同が会し、朝食は始まった。クラウジックの分隊は食事を見るなり、睡眠欲から食欲へと移ったようで、全員が気ままに舌を楽しませていた。見ようによっては頼もしいと見えなくもないが、悲観的な者にとっては異様の念を禁じ得なかった。ウェリオンでさえ、今は昨日よりは食欲を有せず、とりあえずパンをひとかじりした。元々この船に乗って以来、不安と緊張と恐怖とで胃と仲が良くなかった連中はというと、何か食べればすぐに吐きそうな様子である。
アタランテやガルシアは普段通りに静かに食事をしていた。クラウジックらと異なるのはこの静かにという点であるが、これはこれで異様を感じずにはいられない。イーシャは行儀悪く咀嚼し、エリザはこくり、こくりと、まるでメトロノームのように頭を傾げて、そのたびに驚いたように目を開いていた。
「おい、大丈夫か?」
そう言ったのはローベの声である。彼は気分の悪そうな自分の分隊員にそう言ったのである。
「なにか食べないと、いざって時困るぞ。」
そう言われた隊員は一口パンとスープを口にくわえたが、嗚咽をもらした後、固形だった物質を口や胃でミキサーにかけた流動物を床に撒き散らした。
同じ反応をする者がウェリオンの分隊にもいる。目の前に座ったユッダである。彼の顔は青ざめていて、無論笑いなどひきつったものさえ出ていなかった。
「お、おい大丈夫か?」
さすがにウェリオンも心配の声を出した。ウェリオンはローベやフランほどお人よしでもリーダーとしての責務を果たそうとも思っていなかったが、非情ではないのである。
「水でも飲めよ。」
ウェリオンの言葉にユッダが反応して、一口水を含んだが、直後に吐きだして、床を水びだしにした。ウェリオンはどうするか迷った。彼を落ち着かせたのは、ローベの分隊で、一か月前、部屋に入った時ユッダと一緒にいた男だ。それ以来ウェリオンはこの二人が他の連中と彼ら以上に仲が良いのをみたことがない。ウェリオンとフランのような幼馴染なのかもしれない。
「チッ…女々しい奴らだぜ。飯がまずくなる。」
そう言ったのはイーシャ=ミョールである。彼女はソーセージをフォークでいじくりまわしながら彼らを軽蔑した目で見ていた
「お前な!」
さすがにこれには腹が立ったウェリオンが怒鳴りつけた。
「同じ分隊の仲間なのにその態度はないだろ!大体お前はいつもそんな態度とりやがって…前々から言おうと思っていたんだ…」
最後の語尾を聞き取れた者は少ない。その前にイーシャが机をたたきつけて立ち上がったのである。
「なんだと、このひよっこが!」
「やるか」
一触即発の事態を止めたのは間に座っていたエリザである。
「喧嘩はだめ。」
思わぬところから水が差されたため、彼らの熱は下がらざるを得なかったが、火は燻っていた。
こんなので作戦が成功するのだろうか、ローベは部屋を見渡して思った。
そして、一体何のために戦うのか。