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魔導大戦英雄譚-第442独立連合小隊-  作者: グラビティ
ジュウェリビリー作戦
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ジュウェリビリー作戦3

ガリアンデュアへの奇襲上陸…その驚くべき作戦は、部屋にドライアイスの爆弾を投下したようだった。予想を大きく越えた発言内容に、多くの者は事態を飲み込めずに、男を見つめていた。


 声の主の男は身長、体格ともに軍人としては中の上ないし上の下と言ったところである。ただしそれは身体に限った話で、彼の顔貌となると話は別だった。髪は金の色であったが、それも一応の話で、色が抜け落ちて所々に白色が散りばめられた燻った金髪だった。


その顔立ちは健常だったならば端的な顔立ちであっただろう。これが過去形で語られるのは彼の左目に黒い眼帯がくくりつけられていたからである。それがおそらく事故であれ、戦闘であれ、傷によるものだとウェリオンが分かったのは、彼の左の眉から、頬の中ほどにかけて、緩い曲線状の傷が一本深々と刻まれていたのである。それは他者を畏怖させるのに十分なほどの威力を持ち合わせていた。


 そしてなによりも恐ろしいと感じたのは、右目である。左目と異なり、そこには健常な姿が残っていたが、その目つきはレイピアのように鋭く、また青い目には感情も興味も宿っておらず、鏡やガラスのような瞳だった。その瞳は部屋の人間全員を黙らせ、震え上がらせるのに十分な威力を持つ魔眼だった。


 実際には数秒だろうが、数分にも思える沈黙を破ったのは意外にもムンタギューであった。


 「リ、リンドバーグ大尉…。き、貴官は後方担当である。作戦指揮は小官の任であるが故、職権を越えた行為は控えてもらおう。」


 リンドバーグはそれを受けて、一瞥したが、何も言わずに後ろに下がった。この行動だけでムンタギューや少佐らは体をビクリと震わせたが、ただ一人、あの自己紹介をしなかった青年士官のみが冷ややかに彼らを見つめていた。


 ムンタギューはポケットから青いハンカチを取り出し、額の汗を拭うと、再びあの気色の悪い高慢な薄ら笑いを浮かべて、わざとらしく咳払いをして軽蔑した視線をウェリオンらに向けた。


 「ではより詳しい作戦の内容をこの前線指揮官たる小官から説明させていもらおう。まず本作戦は悪辣で非道なる専制主義国家によって不法にも侵攻、占領されてしまった我らオスタニア皇国の盟友ガリアンデュアを回復するための聖戦の記念すべき第一歩である。」


 ムンタギューは熱をあげて弁を振るう。自己陶酔の色さえ浮かんできていた。隣で取り巻きであるとウェリオンは看破したストーカーら二人が頷く。


 「この作戦は綿密かつ緻密さによって彩られ、さまざまな部署や重鎮による垣根を越えた協力のもと実行されるものである。諸君らはこの輝かしき作戦を遂行する構成員たる資格を幸運にも得たのであり、光栄さと誇りを胸に責任をもって本作戦に臨んでもらいたい。我らは…。」


 ムンタギューは手振り身振りさえくわえていた。この演説にドワーフの少女は舌打ちを何回もしながら苛立ちを露にし、クラウジックはあくびをし、左の有角の少女はうとうとしながら、必死に閉じそうな瞼を開く努力をしていた。後ろのローベは「雄弁会に来たのか、僕らは。」と、軽口をたたく始末だった。


 長すぎる前置きを置いて、ムンタギューはようやく本題に入った。


 「本作戦は暗号名「ジュウェリビリー」とする。本作戦は悪の侵略国家の占領下にあるガリアンデュア連邦への奇襲上陸作戦である。この作戦は極秘裏に行われるものであり、非常に高い秘匿性を維持せねばならない。よってこの件の他言は軍法にのっとり処罰されるものである。この作戦に関する人事を発表する。前線指揮官に小官ムンタギュー少尉が務めさせてもらう。後方担当にリンドバーグ大尉。その下で補佐を務めるのが三名、ストーカー少尉。ラッド少尉」


 肥満のストーカーがそのニキビ面を歪ませて自信ありげに敬礼する。誰に対してでもなく自身への満足感を満たすための行為である。そして、先ほど名乗ったのにも関わらず、細身の目立たない取り巻きの残り物がラッドという名前だということを初めて知ったウェリオンである。


 「そして…アーサー少尉。」


 ムンタギューはにやにやしながら、ねっとりとした、嫌な視線を冷然とした青年士官に向けた。その中には優越感や蔑みなど、人間のありとあらゆる醜い感情が詰められているように見えた。黒い髪の青年、アーサーはムンタギューに嫌悪感を固めた視線を投げかけたが、すぐにその醜悪さによる毒気に耐えかねたのか、視線をそらした。


 ムンタギューはそれを勝利だと認識したようだ。満足げに口元を歪ませると、偉そうに、顔を対面へ向けた。


 「さて、概要は以上だが、何か質問は?」


 さっそく手を掲げたのはローベである。ムンタギューの方も質問にまるで教師のように無知なる者へ啓蒙することを所望していたから、快く彼を指名した。


 「どうぞ、ええと、ガリアンデュア士官候補生くん。」


 言葉の端々に軽視や優越の葉が生えている。ローベは気付いていたが、意に介さず、ムンタギューを見据えて皮肉気味にいった。


 「抽象的なことは分かりました。しかし具体的なことは何一つ説明されていません。まず我々は士官候補生あるいはただの新兵です。なにゆえ、これらの面々を集められたのでしょうか?」


 「いい質問だ。これは極秘の重大作戦にて、人事面においても配慮を要した。熟練の兵士や魔術師は必要とは考えたが、ヘタに異動させればそこからドゥーマールに気取られると考えたのだ。前大戦でも、奴らの諜報員は厄介な活躍をしてくれた。」


 ローベは頷いた。むろん、最後の部分にである。現在ドゥーマール情報部をとりしきっていると言われるアプヴェールという軍人は、前大戦でスパイマスターと称されるほどの働きをした。大戦末期まで、オスタニアにその存在すら気取られなかったほどの男で、情報がどうやら漏れているらしいと考えたオスタニア軍は便宜上、敏腕な工作員を「顔のない(ノーフェイス)」のニックネームをつけ、正体をつかもうとしたほどだ。結局、ダブルスパイによる密告でその正体を掴むことに成功したが、当局がアジトに踏み込んだ時には偽造パスポートで、一等客室を取り、悠々と脱出していたという。


 「そこで我々が注目したのは新鋭の諸君である。諸君らならば引き抜いても察知されないと気づいたのだ。」


 「しかし我々には官位がありませんが?」


 「安心しろ。小官のつてで便宜上階級を与えることにしてある。士官学校を出る前に箔がつくぞ?」


 「…。」


 「心配せずとも反故にはしない。われわれはオスタニア紳士である。」


 「ではそのことに関しては解消されました。それで作戦が奇襲上陸と言いましたが、この程度は如何様でどれほどのものなのですか?奇襲にも色々とあります。これが攻勢なのか、かく乱なのか、囮なのか、小規模なのか大規模なのか、そして何処を標的にするのか、その点の説明をしていただきたい。」


 「それは出来ない。機密事項だ。」


 「我々は命をかける立場にあります。知る権利があると思いますが。」


 「権利とはつねにまとわりつくものではない。大事の前には制限されねばならないのだ。今回の場合は秘匿性を重んじるため、ごく少数の者にしかその内容は知らされていない。お前達もその例外ではないのだ。理解してもらえたかな?」


 どよめきが広まった。それは音によるものではなかったが、空気に浸透して広まっているのを、ウェリオンもローベも感じた。ムンタギューも同様であろう。言い訳するように、付け加えた。


 「無論、事前に説明はする。今は出来ないというだけの話である。」


 「ではこの作戦に参加する部隊はどれほどですか?まさか我々だけということはないでしょう。我々はどの部隊の隷下に置かれるのですか?」


 「いや、そのまさかだ。」


 ムンタギューは愉快そうに、ウェリオンらには不愉快に感じる笑みを浮かべた。これほど嫌悪や不愉快を誘う笑みを浮かべられるのはある意味才能かもしれない。


 「これがこの作戦が壮絶足る所以である。この作戦は小官の指揮のもとわずか二個小隊で行われる世紀の作戦なのである。」


 また機密の名の下秘匿されるかと思っていたローベだったが、まさかの解答に自身の甘さを認識した。これならばまだ秘密にしてもらっていた方が気が楽だった。


 「む、無茶苦茶だ!それだけの、しかも新兵だけで敵地にのりこむなんて…。無理だ、不可能だ!」


 「その論法は小官には理解しかねる。やる前から無理と述べるのは弱者愚者の振る舞いだと思うが?」


 「それは平時での発想です。こと軍事にかけてはやってみなければ分からないというのは危険なことだと思いますが?」


 今度はどよめきが声と化した。不安と恐怖とが、一品料理へと調理されようとしていた。ムンタギューはしかし、何か勘違いしたらしい。彼はまた俳優のように声を高々に、手を広々と論説を始めた。


 「なにも心配することはない。この作戦に失敗はありえない。綿密な作戦と、各部署のサポートと、そしてなにより士官学校を首席で卒業したこの小官の指揮があるのだ。」


 それが一番心配なのだ、と心で叫び、ウェリオンらは騙されなかったが、他の大多数の者は違ったらしい。ムンタギューの都合のいい言葉に、希望の色を塗られていた。士官候補生首席という肩書は新兵からすれば相当のベテランと思われているのだろう。だが、その実を知る者にとっては大した意味を持たない。ただ、士官教育を受けているだけで新兵となんら変わらないのである。


 ローベは表面上は無視して、質問を続けた。


 「それでは作戦実効日はいつごろを予定しているのですか?」


 「約一ヶ月後だ。」


 ウェリオンの試算では訓練などで少なくとも半年後ではないかと思っていた。ローベならより詳しく計算出来ているだろう。しかし計算はいつも狂わせられるものである。時には自身の計算間違い、偶然による誤算、そして狂人や愚者による無謀などである。ローベの顔には驚愕の色が浮かんでいた。


 「自己の訓練やただの戦闘のみならともかく、特殊作戦目的の集団訓練ともなると、意思疎通を部隊間で通わせるにはその期間では短すぎます!練度も不足しますよ!」


 皆の不安そうな視線がムンタギューに集まる。周りのオスタニア士官も彼を見つめている。ただ一人リンドバーグのみがローベを見つめ、次いでウェリオンの方を向いて(いた気がする)、再び正面へと視線を移した。


 「やってらんねーぜ!」


 そう怒鳴りつけたのはローベではなく、ドワーフの少女である。彼女は憤然と立ちあがると、声を大にして述べた。


 「帰らせてもらうぜ!そんな訳のわかんねー作戦なんて知ったこっちゃねーよ。くそが、くだらねーことで時間取らせやがって…。」


 最後の方は呟きであろうが、その罵りの声はムンタギューにまで聞こえたらしい。彼は青筋を立てて額をピクピクさせていた。


 「か、帰れると思っているのか?」


 「思ってるっての。アタシはギルレイトの兵士だ。そんな馬鹿げたことはてめーらオスタニアだけでやってろ。」


 ムンタギューはそれを聞いてまたあの気色の悪い薄ら笑いを浮かべた。


 「全ての連合軍はオスタニア指揮下に入っているということを知らないのかな?その上でまだ拒否するというのならば兵役拒否ないしは逃亡で軍法に照らし合わせてもいいが…?」


 「ああ!?てめ…なに言って…」


 「こっちは軍規に則っているのだ。それを理解しておくのだな、この土人が…」


 「テメェ!」


 先ほどの怒鳴り声とは比較にならない声が響いた。「土人」とはドワーフに対する最大の侮蔑の言葉であり、過去鉱夫だった彼らを蔑んで称した渾名である。彼らと仲の悪いエルフでさえ滅多に言わないそれをムンタギューは言ってしまったのだ。彼女は怒りをまとわせてムンタギューの方へ歩み寄った。なにをしでかすか分からない凄みであり、他のドワーフの兵士達も圧倒されているようだった。ムンタギューはさすがにたじろいたが、態度は崩そうとしなかった。

 

 「ぼ、暴力をふるう気か?それこそ軍法ものだぞ?」


 「上等だ!」


 「よせ。」


 ドワーフの少女があと数歩でムンタギューとの射程圏内に入ろうとした瞬間、更に後ろから声がかけられた。鋭く、凛とした明瞭な声だった。その声にドワーフの少女だけでなく、ウェリオンらも振り向くと、あのダークエルフの女性が、右目だけを開いて、ダークエルフには珍しいサファイアの瞳をドワーフに向けていた。


 「お前が馬鹿をみるだけだ。」


 それだけ言うと、ダークエルフは静かにその目を閉じた。ドワーフの少女はムンタギューとダークエルフを交互に見合って、結局舌打ちをして席に戻った。興がそがれたのだろう。忠告をしたのがエルフ族だったのも関係があったのかもしれない。ドワーフとエルフの仲はウェリオンが想像するよりもはるかに深く悪いと聞く。ハーフであるフランはドワーフに恨みはないが、何回か彼らに不快なことをされたという。そんなエルフがドワーフに忠告したのは善意なのか、それとも…。


 この一連の騒動で一番助かったのはムンタギューだったが、彼には反省も、感謝の色もない。まったく…と数語愚痴ると、強がるようにまた表情を作った。


 「さて、質問の時間は終わりだ。お前達にはこれから訓練へ移ってもらう。これもまた敵軍に察知されないように、山地で行う。これから、即刻移動だ。」


 再び、彼は湖畔に石を投げ込んだ。どうもこの男はあらかじめ知らせないで、突如として事をなすことを楽しんでいるのではないかと邪推したくなる。それはおそらく自身の虚栄心を満たすためだ。そうすることで皆の羨望や驚きを得たいのである。しかしされた方にはたまったものではない。皆が不満や怒りを込めて抗議する。用意などしていない。家族への連絡は、ムンタギューは至極当然の意見を一蹴した。

 

「その程度のことはささいなことだ。全てこちらで手はずを整えてある。お前達は指示に従えばよいのだ。逆らうなら、命令違反とみなすが…?」


 呪文の一節が、皆を黙らせた。その静寂を満足そうに楽しむとムンタギューは急かすように皆を追い出した。まるで牧羊犬に追われる羊のようだった。

 

「チッ。面倒なことになってきたな。」


 クラウジックが呟きにウェリオンも無言で頷く。フランやローベはなにやら相談し合っているようだった。後ろにドワーフ、ダークエルフの少女、そして巨人の男が続いて部屋を出た。


 彼らに続き部屋を出る時、悪寒を感じた。振り返るとあのリンドバーグがウェリオンを見ていた。視線を交わした瞬間、腹の底から冷えるような感じがして、ウェリオンは思わず視線をそらした。もう一度、振り返ると彼はすでに別の方へ向いていた。


 「あの人…やっぱり怖い。」


 隣にいた有角の少女が呟きにウェリオンも同感だった。ムンタギューや今回の作戦より、この男をこそ不安に思った。杞憂、なのかもしれないが。


 ジュウェリビリー作戦の幕はこうして開いた。この劇が喜劇となるか悲劇となるか、当時はだれにも判断がつかなかった。

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