プロローグ
科学と魔法が混合する世界に存在するユートシア大陸。この大陸の歴史書は血によって綴られている。有史以来この大陸では無意味な戦争と殺戮とが繰り返されてきたのだ。
科学と魔法の歴史もまた然りである。互いに切磋琢磨し、技術を高めたといえば聞こえはいいが、実態は憎しみによる復讐劇であっただろう。一方に傷つけられた恨みを晴らすためにその力を増強させる、といういたちごっこを実に2000年以上も続けてきた。
誤った力は時に同じ陣営にも牙をむき、時には無意味で無慈悲な虐殺へと向かったこともある。獣人の悲劇は最たるもので、危険そうだという、ただそれだけの理由でその多くが虐殺され、数を減らした。有史当初は多くいた人種も数を減らし、今ではその種類は半分ほどに減ったという試算もある。
そのような惨劇の中心にいたのはいつも大国であり、そして彼らは加害者であった。被害者はもちろん小国であり、あるいは大国の国民達である。
科学を信奉するのは主に人間が多数を占める中央大国「ドゥーマール」
魔法を信奉するのは西の島国「オスタニア皇国」
そして科学と魔法が融合した国も存在する。やや魔法よりの大陸西部の国家連合機構「ガリアンデュア連邦」
科学よりながらも他の国よりその技術は大幅に遅れているが、天険「イクァール」を隔てた地理的戦略に富んだ東の凍土の国「ソシアス」がその大国である。
時代が経つにつれ各国の戦争の規模は増大していった。13世紀の「戦乙女戦争」はオスタニアとガリアンデュアの一部領土通しの戦いだったが、17世紀の「戦争皇の戦」はユートシア大国間の、19世紀「レオポルド戦役」では初めての徴兵制が行われた。その後なんどか小国をいじめて、ただただ自国の利益のために搾り取ろうという植民地化をしようとするための小競り合いが一世紀に渡って繰り広げられた。だが、これは嵐の前の静けさに過ぎなかった。
1920年ドゥーマール同盟国の皇太子が暗殺されたことを「名目」にドゥーマールはガリアンデュアに侵攻する。その過程で狭間にあったギルレイトを侵攻するが、この戦いが資源や利権目当てであることは誰の目にも明らかだった。
最初は一年で終結すると思われていたこの戦いは、オスタニアやソシアス帝国が、ガリアンデュア連合側への参戦をも招いた世界規模の戦いへと発展した。塹壕戦による膠着状態、国民徴兵、互いの領土が戦場となり民間人にもお構いなく戦闘が繰り広げられたことで凄惨極まるものとなり、死者行方不明者だけで1000万人以上を数えることになった。
大国の方も無事ではなく、ソシアスは嫌気のさした民衆革命で皇帝が殺され、帝国は打倒。民主主義国家へと変革。その過程での混乱や被害により戦争から離脱した。
ドゥーマール帝国も長い戦いの末に資源が枯渇し、疲弊した民衆たちの暴動の末無条件敗北を余儀なくされた。
この凄惨な結果は憎悪によって支配され、勝者達は敗者に多大な償いを負わせることによって晴らそうとした。しかし払えるものなど両者ともに残ってはおらず、連合軍はドゥーマールの領土を三分割。軍隊や兵器を取り上げ、向こう50年の国費にも匹敵する莫大な賠償金を課すことでその溜飲を下げることとした。
それで不満なのはドゥーマールである。インフレと失業により不満が膨張し、資源も食料もなくなり、絶望のみが残るこの国に救世主が現れた。「ルシドル・ファーラー」なる兵役帰りのこの若者は類まれなる弁説と政治力により、たった数年で政治家として大成し、政権を握ることに成功した。彼は法と和平条約の間を潜り抜け、私兵部隊や兵器を作り上げると、分割された領土を取り戻し、ついには条約の撤廃すら成功した。
自信を取り戻したドゥーマールは暴走にも等しい行動を続けていく。分割され、独立国となっていた最後の領土を回復すると、ついに我慢の限界に達したオスタニア・ガリアンデュア連合軍は宣戦布告をする。しかしこれまでドゥーマールを内心恐れ、宥和政策を続けてきた彼らに、また前大戦の記憶も生生しく戦争に突入するのには躊躇したため、形だけのものだった。
翌1937年6月、ドゥーマール軍が先に動き、ギルレイトを征服、ついで中立国アルメシアを征服した。ガリアンデュア軍は迎撃に向かったが、前大戦で連合軍が侮った「戦車」が戦術、能力ともに進化を遂げ、次々に撃退された。
6月半ばには頼みとしていたギルレイト方面に建設された要塞が、北のアルメシアの森から抜けるという奇策で突破され、ガリアンデュア本土へ攻め込まれた。世界情勢も変化し、ソシアスはその弾圧的な恐怖政治体系により民衆が暴発、内乱に突入した。ガリアンデュアを構成する一国家「タリマーロ」も機を見て裏切り、ガリアンデュアは崩壊した。
オスタニアはそれを見て連邦に派遣した軍を撤退を決定。十数万人の民間人や連合軍兵士を連れて海を渡る「ケルトマルトの奇跡」を成功させた。
しかしガリアンデュアは首都ガリスパレスを陥落させたことを契機に、抗戦は不可能と判断し、ガリアンデュア臨時政府は降伏した。
ウェリオン=ルーファスはこの時亡命に成功したリーレギオン士官学校の候補生の一人である―