陛下は聡明な方
腰元の仕事にも慣れてきて、秋の木の葉が散り始めた初秋のこと。
レイシアの身の回りには、あの日から陛下がレイシアにちょっかいを出すような変化もなく仕事に明け暮れる毎日を過ごしていた。
髪は肩につく程度に伸び、切りたいな。と思っていた時である。
レイシアの部屋の戸がノックされた。
「はい。どうぞ」
戸は開き、外から半年ぶりに見たであろう陛下が現れる。
レイシアの目は一瞬見開いて、すぐに通常営業の目を細めた顔になった。
「陛下、大変お久しゅうございます。執務御苦労様です」
「髪が、伸びたな」
「はい。そろそろ切りたいと思っておりました」
「切るのか?」
「はい、今では短い髪の方が動きやすく邪魔にならないので…ところで、何の御用でございましょうか?」
首を少し傾けたレイシアに陛下はにやりと笑い戸を閉めた。
「あぁ、お前に頼みがあってな。」
「頼みですか、拒否権はないのでしょうにね」
戸を閉めたことに何の疑問を感じないレイシアはニコリと微笑み、陛下は喉を鳴らした。
「相変わらずで安心した」
「そうですか?」
「俺と一週間夜会でのパートナーをしてもらいたいと思ってな」
「パートナーですか、生憎煌びやかなところも身分の高い人達も苦手なので遠慮したいですね」
「夜会といってもそんな大きなものではない。この国の公爵等がうるさくてな、お前なら的確に行動出来るだろう?」
「そんな出来るか分からない期待をしないで下さい。」
レイシアは溜息を吐き、考える。
ここは故郷から海を越えた国土、いくら何でもそんな国の公爵の夜会に来る可能性はかなり低い。
ここで拒絶し続けても、陛下に変な勘繰りをされるだけ、ここの暮らしは結構いい、まだ移動するには早い。
そう思ったレイシアはもう一度溜息を吐いて了承の意を陛下に伝えた。
「お前ならそう言うと思っていた」
フッと息を吐いた陛下は、後日、贈り物を届けると言って出て行った。
**********
後日、陛下は言ったとおりに贈り物を届けにきた。
仕事が終わった夜の11時のことで、レイシアは早く寝たかった。
「これはこれは陛下、お疲れでしょう?いつも執務御苦労様ですね」
「あぁ、これを届けにきただけだ。そんな機嫌悪くなるな」
「明日も早いのですよ。陛下」
少しだけ嫌味を含めた言い方をするが、陛下は笑う。
笑って大きな箱をレイシアに手渡した。
「おもっ」
「開けてみないのか?」
レイシアはふぅと息をつき、大きな箱をテーブルに置いてシュルシュルと箱についていたリボンを解いてゆく。
箱の中身を見やると数秒ほど固まってしまった。
「……なかなかセンスがいいですね。陛下」
「そうか?俺だからな」
「はい。もうとーっても伝わりました。」
「さすがだな」
箱の中身は白いパフスリーブブラウスに緋色のリボン、プールポワン、同じ色のブレー(ズボン)に焦げ茶のロングブーツ。
「髪を切ってくれて助かるよ、レイシア」
「まさか、パートナー役が男だとは思いませんでした。女性に男物の衣服を送るなんて、趣味がいいですね?」
「俺が女なんて連れたら大騒ぎになるだろう?だが、夜会にパートナー無しでは締まらない。そこで思ったんだ。いるじゃないか、いい顔をした女が、お前のその顔立ちなら男でも少年だと思い疑問を抱かない。親戚とでも言っておけばいい」
「ほんと、頭がよく切れる方ですね。聡明で感嘆いたしますわ」
口に手を添え、お淑やかに笑うさまは貴婦人のよう。
内心は舌打ちをしていそうなレイシアだが、陛下が自分を女と言い夜会に連れ出す方がありえないと割り切って、箱の蓋を閉めた。
「ほんと、髪が短くて助かるよ」
「それはどうも」
満面の笑みで、陛下を見送るレイシアなのであった。