レイシア流の断髪式
ーーー私は変わる…。
ーーーもう籠の中の鳥じゃない。
ーーー空へ羽ばたいて自由を手に入れるんだ。
躊躇のない手付きで髪を切り落としていく少女の名前はレイシア。
サラサラと床に落ちた絹糸の様な亜麻色の髪はどんどんと短くなり、まるで男の様な髪型になってしまった。
レイシアは鏡で自分の姿を再確認すると髪を切っただけで自分ではない様に印象が変わっていた。
腰まであったロングの髪はショートに変わり、白緑の瞳で鏡に映ったその姿を捉える。
これだけで騙せるとは思わないけど、一瞬でも騙せるとしたら…。
レイシアはその小さな希望のために髪を切ったのだ。
この鳥籠を抜け出すタイミングは午前2時。
警備が交代する時間を狙って、予め窓に付いていた鉄棒を2本切っておいた。
小さい隙間だが、レイシア1人なら何とか身を捻じって通れる幅だ。
心の中の合図とともになるべく音を立てず逃げ出す。
半年かけて作った逃げるルートを間違うことはなく、裸足で塀を登り、山道を下る。
どこまでもどこまでも走り続け、海が見えて来ても、近くに停泊している小舟を拝借してレイシアは逃げた。
「はぁっ、はぁっ…」
小さな足の裏は痛々しい程に血塗れになっていて、頬や腕も森を抜ける際に切れ傷をたくさんつけていた。
唯一、森を抜けるまで傷が付かなかった手のひらも、先程いたところが見えなくなるまで小舟を漕いでいたため、出来たタコがすぐに潰れて見るも無惨な状態になってしまった。
こんな姿になってでも、レイシアはあの場所から逃げたかったのだ。
あの、神の国。エレノアール。
西の大地の一角に領土を持ち古くから神と共存していた国。
山の頂上に聳え立つ穢れの知らない白い城に、その城を囲む様な一面の花畑がある綺麗な国だ。
…外見だけは。
中身は最悪だった。神の加護に頼りっぱなしで平和ボケした市民達。
何百年も災害が起きていないにも関わらず、もっともっとと欲を出し、レイシアの母、ユシュレイに子を産ませる大臣ども。
それを見ていて何も言わない力の無いユシュレイの兄君、現在の王、グロース。
吐き気がした。
このエレノアール国は代々と女にしか神の加護がないとされていた。
その血は濃いければ濃いほど、この国に安泰をもたらしてくれる。
それ故、近親相姦で結婚するのが当たり前なのだ。
レイシアはエレノアール国第15代の神の愛子として、崇められながら生まれて来た。
しかも、先代より強い治癒の力がある血の濃い愛子なのだ。
これを大臣達は見逃しはしない。
治癒の力を貿易にまでこぎつけ、国の繁栄に、自分たちの利益のために、まだ幼いレイシアを使い、閉じ込めた。
ユシュレイは3歳の頃ストレスで亡くなり、母の穴を埋めるように毎日が厳しい勉強と仕事だった。
外にも碌に出してもらえない。
心を閉ざした子供になってしまった。
それが15歳になったとき、何故だか分からないが逃げよう。この悪循環から抜け出そうと思い立ったのだ。
週に1回ほどしか外に出してもらえない中、脱出ルートを作ることは至難の技だった。
それが半年経って、やっと完成し行動に移したわけだ。
その疲れがどっと出たのか波風に揺られ、夜中から走っていたレイシアは眠りについていた。
そんなレイシアに近付く大きな影…。
血の匂いを体に纏わせた、戦帰りのリトレイディン・シェル・ローグアニス陛下。
「子ども…?」
大きな船からレイシアの乗っている小舟を見下ろす深い深い海の色をした瞳。
夜にも映える漆黒の髪。
形の良い薄い唇が、何かを思いついたように動く。
「丁度、暇を持て余していたところだ。拾え」
月が輝く満月の日。
海の色をした双眼がレイシアを捉え、笑う。
レイシアはこの日を境に後々大変なことに巻き込まれることになった。
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読みやすいように改稿いたしました。