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1か月が経ちました

「それにしても、とりあえず何事もなくてよかったね」

「智絵ちゃん、何の話?」

 弁当を広げながら、いつものように3人で屋上にいた。気温は徐々に高くなり、吹きつける風は心地よいものとなっている。

智絵は「んー」と僅かに苦笑を浮かべた。

突然の瀧山の告白から1か月近くが経とうとしていた。

「瀧山ファンからのいやがらせ、とかさ。一応ないじゃん。…すごく心配したんだからね。私と香織とついでに藤沢も」

「藤沢くんなんて、初めのうち朝と帰りに千花を護衛するとか言ってたよね」

「ま、それはそれで、問題が発生しそうだったから私と香織で止めたんだけど。あいつも、自分がもてること自覚すべきだよね」

「…全然知らなかった」

 3人でいるときの立ち位置を工夫した。背を向けさせて嫌な思いを少なくした。できるだけ千花を1人にさせないようにした。

藤沢もできるかぎり千花の様子を確認していた。

そう言えば、ここ最近藤沢くんから声をかけられることが多かったと千花は思い出す。

朝「おはよう」と声をかけ、二言三言交わすことが多くなった。日直で機材の運搬を任された時は、重いからとついてきてくれた。

「ありがとう。…藤沢くんにも言わないとね」

 その言葉に、2人は笑った。けれど、香織や智絵が知らないこともある。

靴箱や机の中に入っているノートの切れ端。「ブス」「不釣り合い」そんな言葉の羅列。

千花は言わなかった。言う必要がないことだと思っていた。だって自分には、香織がいる。智絵がいる。藤沢もいる。

大好きな人たちがいるのだ。だからこそ、そんなことでおびえたりしない。

「でも、これからはなかなか一緒に帰れないかもしれないね」

「もうすぐ、夏の大会だもんね」

 香織と智絵は共にバレー部に所属している。智絵は2年エースであり、香織も控えのセッターである。3年の最後の大会ということもあり、練習にも熱が入っているのだ。

「そう。それで私たちが練習で忙しいってことはもちろん、1年からエースの藤沢はもっと忙しいってことなんだよね」

「いいって。藤沢くんにそこまでしてもらうわけにはいかないし。それに、大丈夫だよ。そこまで心配しなくても。1人でちゃんと帰れます」

「でも…」

「本当に大丈夫だって!それに、もうすぐテストだからさ、私も勉強して帰りたいし。たまたま同じくらいの時間になった時に一緒に帰ろう。それ以外は大丈夫」

「千花、もうすぐテストって…まだ先だよ?テスト期間にも入ってないよ。だから私も智絵も部活ができるんだし」

「あ~、私さ、そんなに頭いいわけじゃないからさ、人より先に勉強しておかないとだめなんだよね」

「そう言えば、去年もそんなことしてたね」

「ほら、私、帰宅部じゃん。だから一応勉強くらいはできていたいんだよね。…できないんだけど」

「…一夜漬けの私より、悪い時あるし」

「あ~、智絵ちゃん。それは言わない約束!!」

「あはは~。ってか、勉強するなら、部活終わるの待ってれば?そしたら一緒に帰れるよ」

「智絵。それよりは先に帰ってた方がいいと思うよ?千花の家ってうちらより遠いし。たぶん部活長くなるから、暗くなっちゃう」

「それもそうだね。…ま、この1か月何もなかったわけだし、千花も勉強するって言ってるし…」

「そうそう。大丈夫。何もされたりしないって。2人とも心配しすぎなんだよ。私がただ、授業中に瀧山くんの隣独占してるってだけなんだから」

「それだけではないと思うけど」

 香織は微苦笑を浮かべた。そんな香織に千花は微笑む。

「それだけだよ」

 相変わらず徹が千花に向ける視線は優しいけれど。

微笑む笑顔は誰に向けるものより嬉しそうだけれど。

いつだって徹は綺麗な人たちに囲まれている。ふと見ると視界に入る横顔に千花はまだ慣れていない。

鏡を見るたび、想うのだ。黒い髪、化粧をしていない顔。校則通りのスカートの丈。テスト期間前に勉強を始める真面目さ。

彼女たちとは、徹とは住む世界が違うのだ。

「あ~、も~。この話はおしまい。早く教室戻ろう。…さすがに屋上は暑くなってきたね」

 日陰を選んで座っても、吹く風が心地よくても、太陽に近い屋上の気温は高い。3人の首にも微かに汗が浮かんでいる。

「屋上で食べるの気持ちいんだけどな~。もう、無理か」

「紫外線も気になるしね。教室の中はクーラー効いてるし」

 気温が上がってきたに従い、教室内でクーラーを付けることが最近許された。温暖化防止ということで、設定温度は28度に保たれてはいるが。それでも、外の気温よりはずいぶんましだ。だからこそ、夏の昼休みは外で食べる人の数は減り、教室は飽和状態となる。

 いつもより早く教室に戻ると、机をくっつけて弁当を食べている集団やそのまま地べたに座り話している集団がいくつもできていた。

外で火照った身体は、クーラーの風により一瞬冷やされる。しかし、教室内の人数が多いため、すぐに暑く感じた。

「これって、外の日陰の方が涼しいんじゃない?」

 智絵が呆れたように呟き、汗を拭う。けれど、一度クーラーで冷やされた教室に入ったが最後、もう外に出ようという気は起こらない。

「ま、そうかもしれないね」

 相討ちをしながらも、座れる場所を探した。千花の席は案の定、徹を囲む女子たちで埋め尽くされている。香織と智絵の席も他の人たちに使われていた。

「…後ろの方で立っていようか」

 香織の提案に、残り2人は頷いた。

「あれ?なんでこんなとこに立ってるの?千花ちゃんたち」

 名前を呼ばれ振り向けば、端正な顔。

「敦くん」

 女子たちからの小さな歓声。敦は、慣れているのか、ひらひらを軽く手を振りそれに応えた。

何の違和感もなく、千花たち3人の輪に入りこむ。

「ま、あれだけ女子いたら、自分の机には戻れないか」 

 千花の席に視線を向け、呆れたように言う。

適当に相槌を打つだけの徹に必死に話しかけている女子たちの姿。それでも、彼女たちは楽しそうに笑っている。

徹がわずかに千花たちの方に顔を向けた。睨むような視線。

「敦くん、瀧山くんに会いに来たんじゃないの?」

「ん?そう言うわけじゃないけど、なんで?」

「だって、敦くん隣のクラスじゃん。こっちに来るってことは誰かに用なのかなって」

「…千花ちゃん、俺の友だち徹だけだと思ってる?」

「そ、そんなことないよ!今、瀧山くんもこっち見てたし。瀧山くんに呼ばれたのかなって思っただけだよ」

 必死に主張する千花。

その姿に敦は吹き出す。

「あ~ホント可愛いな~。しかも気付いてないところがまた、可愛い」

 笑いながら、千花の頭を撫でた。

千花の耳が赤く染まる。免疫がないため困るのだ。千花は視線が合わせられなくなり、俯いた。

「…渡辺。悪いけど、今はそういうこと控えてくれる?」

「そういう発言考えなしでするから『たらし』とか言われるんだよ」

「智絵ちゃん、そんな低い声で言わないでよ。…ってか、この前から思ってたけど香織ちゃんって思ってたより鋭い発言するよね。結構グサグサ刺さるよ?」

 軽く苦笑を浮かべ、千花の頭から手を離した。

「ま、これ以上触ってると、一番怖い奴が怒鳴り始めそうだしね」

 その言葉に千花は顔を上げた。敦が視線を動かす。その視線を追うと徹がいた。

目が合い、千花は慌てて逸らす。

「そ、そういえばもうすぐテストだね」

「もうすぐって、まだもう少し先だよね?」

「そうなんだけどね。私は人より早目から対策立てないとだめなんだ」

「…でも千花ちゃんってそんなに成績悪くないよね?」

「そんなことないよ。…それに私は智絵ちゃんとか香織とかと違って帰宅部だから勉強くらいは頑張りたいんだ」

「なんか偉いね」

 その一言に、千花は複雑な気持ちになった。

「真面目」だと思われるのは嫌だった。真面目以外の何物でもないのだけれど、そうは思われたくなかった。

 髪を明るい色で染め、制服は着崩し、皆の中心にいる敦には、真面目でつまらない人だと思われたくはない。

「やべ~。俺も見習おう。なんか、頑張ってる人ってマジで格好良いよね」

 敦はそう笑い、親指を立てる。

 その笑顔もその言葉も嬉しかった。

「渡辺、いいこと言うじゃん!」

 先ほどの尖った雰囲気が一気に取れる。智絵も香織も笑顔になった。

敦の魅力はこういう所なのだ。

人を巻き込み、笑顔にする。そっと声をかけてくれる優しさやさりげない一言が人を惹きつける。

「あ、そう言えば…」

 そこまで言って、敦は少しだけ千花に顔を寄せた。

「徹は頭いいよ。あいつに教えてもらいな。俺が言っといてあげるから」

「…え?」

 敦の行動に驚き、理解するのに一瞬手間取る。

その間に、敦は千花たちから離れていた。

「今日の部活の時にでも言っておくからさ~」

 そう言い残し、クラスを出ていく。

「何、あれ?」

「なんだろう」

 智絵のもっともな問いに、千花はそう返すしかなかった。



今度は徹との会話を増やしたいです!

読んでいただきありがとうございました。

まだ続くと思いますが、よろしくお願いいたします。

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