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いまさらですが。

 千花は、疲れていた。地味な自分には到底起きる筈のないことが起きている。

巻き込まないでほしかった。

平穏なままでいたかった。

皆が考えなくてもわかるようなことを、自分がわからないのが嫌だった。そして、わからないことを自覚したくはなかった。

 けれど、嫌でも自覚させられてしまった。「好き」それがわからない。

 ふと、隣の席に顔は動かさず、視線だけ向ける。

そこにはいつもはない人物の顔があった。黒板に目を向け、真面目に授業を聞いている。

視線を下げると必死に動いている大きな手。綺麗な手だと思った。ゴツゴツしていて、それでも綺麗な手。

あの手を握るのは自分ではない。考えなくてもわかる答えだった。

 千花は聞こえないように小さくため息をつく。

どうして自分なのか。

昼前までは隣の席だった田中くんと交渉し、自分の隣に引っ越してきたらしい綺麗な男に向けて、心の中で問いかけた。机を動かしている最中に向けられた他の女子の視線は殊更鋭かった。思い出しただけでも明日からの生活が憂鬱になる。

千花は窓に手を伸ばし、少しだけ開けた。優しい風が入ってくる。

「伊藤。どうした?」

「…へ?」

 急に名前を呼ばれ、間抜けな返事が出た。

クラスメイトの笑う声。顔が赤くなった。一応起立しておく。

「いや、集中していないようだったからな」

「いえ。ちょっと暑かったので、窓を開けていただけです」

「そうか」

「はい。すみませんでした」

「いや。…あ、そうだ。ついでにこの問いを答えてくれるか?」

 白髪の生えた定年間近の教師が黒板を叩く。問2と書かれた黒板の横には数式が書かれ、その下には「X=」とあった。

優しい笑顔。その表情は本当に「ついで」だと証明していた。けれど、問題に集中していなかった千花はとっさに答えが出てこない。正直に聞いていなかったと答えればよかったと少し後悔をした。視線が自然と下に行く。

 小さく机を叩く音が聞こえた。視線を向ける。拡げられたノートに大きく書かれた「3」の文字。顔を見ると笑みが返された。

綺麗な笑みに胸が鳴る。すぐに我に返った。

「えっと…3です」

「よし。正解。ありがとう」

 そして、教師はまた数式の説明を始めた。

千花は着席し、隣に顔を向ける。お礼を言いたかったが徹はすでに前を向いていた。

声をかけるにかけられず、千花も同じように黒板をみつめる。

「それでは、今日はここまでです」

 教師はチョークを置き、前を向いた。

「今日のところは重要な所ですのでよく覚えておいてください。それでは、藤沢くん、号令をお願いします」

「はい。…起立。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 号令が終わると、数学教師の代わりに担任が教室に入ってきた。

すぐに帰りのSHRが始まり、軽く明日の予定が確認される。

「それでは、各自気を付けて帰るように」

 その言葉を合図に、教室の中に騒がしさが戻った。

 千花は顔を隣に向ける。綺麗な顔だった。

一度目を閉じ、深く息を吸う。ゆっくり吐きだした。

「あの…」

「ねぇ、徹。今日、部活見に行くからね」

 勇気を振り絞って向けた視線の先には、予想していた綺麗な顔ではなく、背中まである長い髪。

気が付けば、数人の女子が机を囲んでいる。

 千花は諦め、席を立とうとした。不意に人が動く気配。

視界に入ってきたのは、女子たちを押しのける手。

 徹と目があった。

「何?」

 短いその問いかけに、自分の声が届いていたことを理解する。横に追いやられた彼女たちの視線は鋭い。

「ちょっと~徹」

「黙って。聞こえない」

「…」

 言われた彼女は一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに俯いた。彼女は立ち、千花は座っている。だからこそ、表情が見えた。きっと、同じく座っている徹にもその表情は見えるだろう。けれど、徹の視線は動かない。

「どうした?」

 声のトーンが優しくなる。

「えっと…」

「うん」

「あの、さっきはありがとう」

 そう言うと徹は笑った。本当に嬉しそうに。

頬に熱が集まる気がした。

「役に立ててよかった」

「ほ、本当に助かったよ。ありがとう。…それじゃあ、あの…部活頑張ってね」

 早口で告げ、千花は急いで教室を出た。

徹の声が聞こえた気がしたが、構わず足を速めた。

「千花、待って!」

 声に振り向くと、香織と智絵が走ってきた。

2人の息が切れている。自分の息も切れていた。

「もう、どうしたの?」

「そうだよ。急に行っちゃったからびっくりしたじゃん。しかも、速いし」

「えっと…」

「もしかして、瀧山ファンに何か言われた?」

「ううん。違うの」

「じゃあ、どうしたの?」

「あ、あのね」

「な、何?」

「…私、瀧山くんに好かれてるかもしれない」

「…」

 智絵は思わずため息をつく。香織も微苦笑を浮かべた。

「何を今さら言い出すかと思えば…」

「だ、だって」

「今日一日その話ばかりだったでしょうが!」

「智絵、気持ちはわかるけどちょっと落ち着いて。…千花。どうして今になってそう思うの?」

「…すごく嬉しそうに笑ったの」

「何の話?」

「今日、数学で答えられなくて困ってたら、瀧山くんが答え教えてくれて、今ね、『ありがとう』って言ったら、本当に嬉しそうに笑ったの」

「そっか」

「瀧山くん目立つからよく視界に入るんだけど、あんなふうに笑う顔初めて見た」

「それで、好かれてるって思ったんだね」

「うん」

「それで、千花の気持ちは?」

「え?」

「好かれてるって思って変わった?」

 少しだけ考え、首を横に振った。

「そっか」

「でもね、嬉しかった」

「…まあ、千花にしたら大きな進歩かな」

 そう言って2人は小さく微笑んだ。それにつられ千花も笑った。


ストックが無くなったので(笑)今後の更新はもう少し遅くなるかと思います。

なんとか藤沢くんをもっと出したいのだが…。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

評価、感想等いただけたら、幸いです。

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