恋愛って?
屋上から見える空は青く、程よい暖かさだった。静かな風が髪を揺らす。
先ほどの騒動のせいか、屋上にいる人の数は通常より少なかった。千花たちは適当な場所を見つけ、お弁当を広げる。
「ねぇ、千花。本当に良かったの?」
「いいんだって」
「いや、でも、あの瀧山徹だよ?あんなイケメンと付き合える機会なんてたぶん今後来ないって」
「…来ないって言い切っちゃうところが智絵ちゃんだけどさ」
「あ…ごめん。また失言した?」
「大丈夫。…でも、本当にいいの」
「…でもさ、瀧山くん、冗談には見えなかったよ?」
「というか、瀧山は冗談言うタイプじゃない気がするよね。仲がいい渡辺敦ならあり得そうだけど」
「敦くんはいい人だよ?こんな地味な私とも変わらずに接してくれるもん」
「千花は地味なんかじゃないよ」
「そうそう。さっき、ああ言っといてなんですが、千花は、ちょっと大人しいだけだって。…って、話ずれてるし。今は、瀧山!」
智絵は千花の両肩に手を乗せ、軽く揺らした。
「本当にいいの?後悔しない?あの、瀧山徹だよ!別に今、他に好きな人がいるとかっていうわけじゃないんでしょう?」
千花は智絵の様子を見て笑いながら言った。
「そういう人はいないよ。ってか、智絵ちゃんも瀧山くんのこと芸能人みたいに言うんだね。ま、確かに格好良いけどね」
「格好良いとは思うんだ」
「え?だって香織も思うでしょう?」
尋ねられ、香織は少しだけ首を横に傾げた。
「格好良いとは思うけど、私は、渡辺くんみたいな優しい感じの人の方が格好いいと思うけどな」
「まあ、瀧山は騎士で、渡辺は王子様って感じだもんね」
「智絵ちゃん、その表現上手い」
「それはどうも。…ってか話を戻すけどさ、格好良いとは思うなら付き合ってみればいいのに」
「確かに格好良いとは思うけど、付き合うとはまた別でしょう?」
「それは、そうだけど…ね?」
智絵は同意を求めるように香織を見た。
香織が小さく頷く。
「あのね。今はまだ好きじゃなくても、付き合って相手のことを知っていったり、好きになっていったりすることもあると思うんだ。別に瀧山くんの申し出を受けろって言ってるわけじゃないんだけどさ、格好良いって思うっていうのは一つの好意の表れだと思うから、付き合うきっかけになることでもあるんじゃないかなって」
「…なんかさ、あの瀧山くんが、この私にっていうのがやっぱり冗談とか罰ゲームなんじゃないかなって思っちゃうの。可愛い香織も綺麗な智絵ちゃんもいるのに、なんで私?」
千花の言葉通り、香織は小動物のような可愛らしさを持ち合わせ、智絵の顔は整っていた。向けられている視線を見ればすぐにわかる。皆が2人を見ていた。
「可愛い」「綺麗」という声も聞こえてくる。
だから、徹が2人に向かって先ほどの言葉を投げかけるなら、きっとあれほどの騒動は起きなかったのだ。けれど、実際に徹から言葉を向けられたのは千花なのである。
「だって、千花可愛いもん!」
2人の声が揃う。そう言ってくれるのは、2人だけだと千花はいつも思うが、それを言葉にすると話が長くなるのでそれに触れるのはやめにした。
「…それに、瀧山くんと碌に話した事ないんだよ?」
「ま、…それはそうだね。接点って言うと同じクラスってことくらい?」
「うん。そのくらい」
「でもさ…」
続けようとした香織の言葉を千花は遮った。
「わかってるよ。そういうことするような人じゃないってことも、さっきの雰囲気も。でもさ世界が違うんだよね。それにやっぱり好きでもない人と付き合うなんてできないし。……というかね、それも恋とか、好きとかよくわからないんだ」
「…そう言えば千花の恋バナって聞かないかも」
「みんなの話を聞くのは楽しいし、いいなとか思うんだけどね。…でもよくわからないの。友だちの好きと恋愛の好きの違いとか」
千花はずっと思っていた。香織や智絵が恋の話をするときは、いつも表情がころころと変わっていた。「楽しい」「嬉しい」「哀しい」「愛しい」色々な表情で好きな人を思っていることが容易に表現できる。それが自分にはないのだと周りの話を聞いて思うのだ。
今まで、自分は恋をしてきたつもりだった。誰かを好きになって、その人を見ると嬉しくて、話すと赤くなった。
けれど、皆の話を聞くと実感するのだ。「恋ではない」と。
千花は今まで、誰かと付き合いたいと思ったことはなかった。好きだと伝えたいと思ったことも。
「好き」は楽しくて、つらいことなどなかった。
周りの話を聞くたび、千花は気付いてしまう。自分がしていたのは、「恋に恋する」こと。
「そっか。ま、千花は千花のスピードでいいと思うけどね。……あ~あ。でも、そうとなると惜しかったかもよ?」
「え?」
「だって瀧山なら教えてくれそうじゃん。本当の恋」
「そうだね。ついでに得意分野=「恋愛」の渡辺くんもいるわけだし」
「何それ?」
「え?なんかぽくない?」
「いや、それっぽいけど。香織からそういう言葉が出てくるのが意外で。…そういえば、あんた意外に黒かったね」
そう言いながら智絵は笑いだす。
「も~黒くないよ」
「あ~、はいはい」
先ほどの会話からもう違う会話へと移っている香織と智絵。
千花はそれが嬉しかった。
「恋愛」に興味がない。「好き」がわからない。そういうと決まって「変だよ」と言われた。「本当は好きな人いるのに、隠しているんでしょう!」と言われ、仲がギクシャクした子もいる。
今回も同じような事を言われる覚悟だった千花の耳に届いたのは、現状を容認する言葉。
嬉しかった。
ありのままの自分を受け入れてもらえて。焦らなくていいと言ってくれる人がいて。
「…ありがとう。香織、智絵ちゃん」
「何が?」
2人の言葉が重なる。
千花は思わず笑い出した。
「ん~、なんでもない。ほら、早く食べないと昼休み終わっちゃうよ?」




