第7話「柔らかな日差しの下で〜缶蹴り〜」
とある小学校の裏手にある小高い丘。通称「憩いの丘」の入り口、というか一番下の広い広場にコーラの空き缶が立っていて、空き缶の周囲には何人ものボーイズ達がいる。
かくいう俺もその一人である。
「坂上閣下! 敵軍が動き出しました!!」
見張りの斉藤から報告が入るや否や、田中と田中や田中とか田中とか田中とか田中が自分の持ち場につく。って! 田中しかいねぇじゃねぇか! 嫌がらせか。
「閣下! 戦闘準備が整いました!」
「よろしい。皆の奮闘を期待します。作戦開始してください」
先生が体育祭で使うようなメガホン(正式名称実は知らない)で全軍に作戦の開始を伝える人物こそが、俺達のリーダーである坂上桜だ。休日を返上してまでと思うと少し憂鬱だ。だが、白旗を揚げる訳には行かないしな。やれやれだ。
夏休みの到来まで指折り数を数えているような季節の時期に、その事件は起こった。
とある街のとある小学校に通う五年三組出席番号12番。赤野彰が高らかに宣言する所からそれは始まった。
「俺は、坂上桜に告白する!」
と昼休みで当の本人はおろか女子が誰もいない教室で宣言するのだった。この宣言をたまたま聞いていた俺は、この後に襲い掛かる事件をこの時はまだ知る由も無かった。ただ、あぁ、こいつはアホだなとしか思わなかった。この時はまだね。
それから三日が過ぎた辺りから、噂が過熱している事を知った。
彰が告白して桜が首を縦に振って、二人は今付き合っているとか、彰は告白したが桜にブレンバスターを食らって意気消沈気味だとか。
様々な憶測と報道が飛び交う中で俺も幼稚園の頃からの友達で、極度の推理マニアである倉田和也と共に調査を試みていた。
それは何故かって? それは気になるからだよ。
下心? 勿論あるに決まっているだろう、なにせ桜は俺の幼馴染であると同時に初恋の人なのだからね。ま、これは俺以外誰も知らない事だけどね。
そして、日にちが重なるに連れて、クラスの男子どもは二極化していった。
彰が率いる、彰の手下兼「告白成就応援団」と俺と和也が率いる「てめぇが桜さんと釣り合いが取れるわけねぇだろ鏡みろや」隊に別れて行った。
え? てめぇら一体何歳だ? え〜と小学五年生だから十一歳かな? 多分。
ませガキだと思った方達。恋することに年齢なんて関係ないのさ、それに桜はなんせ本当に可愛いのだから仕方ないだろこの野郎。
そんなこんなで確執と溝はどんどん深まるばかりで、所々で小さな小競り合いも始まっていた。
噂を知っている女子。と言ってもクラスのほとんどだけどね。とにかく女子達はどちらの軍にも加入せずに事の成り行きを見守っている。いわば中立軍だ。
ってゆうか、彰がさっさと告白して見事に振られればこんな状況になる事は無かったような気がするのは俺だけだろうか。
そんな状況に業をにやしたのか、それともぶっ壊れたのはかは知らんが、とあるお昼ご飯の時間にその事件は起きた。
その日は給食が無く、それぞれお弁当を持参し屋上で食べる事を許可され、担任と一緒にクラスメイト全員がそれぞれの場所で弁当を広げていた。
桜を中心に右に俺達、左に彰軍と言った何とも異様な光景の中で、彰が屋上の手すりを飛び越え、大声を出す。
「皆さん! 聞いてください!!」
さも一昔前にはやった未成年の主張気取りですかあんたはと俺は言いたくなるような展開だった。
担任を始め、屋上にいる誰もが彰に注目する。担任の教師が彰に近づいていくが。
「止まれ! それ以上近づいたら俺はここを飛ぶ!」
アホか。
空でも飛ぶ気ですかあんた。
「やられたな」
と和也がつぶやいた。
「何をだよ?」
俺は聞くと和也は含み笑いをしながら言う。
「お前の負けだよ」
何が負けなのかよく分からないが、その三十秒後に知る事になる。
「俺は─! 坂上桜さんの事が大好きだ!! もし振られたら、俺はここを飛ぶ!」
空気が死んだ。
何これ、何この展開。あんたそれ卑怯だから、そんなん言われたら誰だって断れないだろうが。
「あ・・・え〜と、とりあえずそこ危ないからこっちに戻って来てよ。彰君」
「俺は君が付き合うと言うまでここを動かないさ!!」
明らかに桜は困ったように笑う。誰もが何もいえないまま。微妙な沈黙が続いた。
まずい。この状況が続くならば、桜は絶対に首を縦に振ってしまうだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。
だから俺は桜よりも速く口を開いた。
「卑怯だぞ彰! 男なら正々堂々告白しろ!!」
「何を言う貴様。こんな堂々とした告白はないだろう」
「うっざしいストーカーやろう。堂々しているというのなら・・・」
缶蹴りで勝負だ!! と俺は高らかに宣言し、今週の土曜日に缶蹴りでバトルを行う事になった。彰軍が勝てば桜と付き合う。俺達が勝てば二度と桜に近づかないという条件だ。
「まったく、勝手にあんな事言うんだから」
「なんだよ桜はあいつと付き合いたいのかよ」
「誰もそんな事言ってないよ」
明らかに桜は俺の独断専行に怒っているようだった。帰り道は最悪の雰囲気だ。桜の家の前まで来ても会話らしい会話はしなかった。
「嬉しかったよ」
「え?」
「じゃあね、土曜日頑張って」
そう言って、桜は玄関のドアの向こう側へと消えていった。
次の日から、俺達の缶蹴り特訓は始まった。
ちなみにバトル缶蹴りのルールを知らない人の為に説明しておこう。バトル缶蹴りとは敵の缶を倒せば勝ちになると言う事だ。以上。どんな手を使ってでも敵の缶を倒せばいいのだ。
缶蹴りってそんなルールだっけと思う人。これはバトル缶蹴りなのだ。
クラスの男子が見事に半分に別れたものだから十一人はいるし、他のクラスからも面白半分で互いの軍に加勢する者も現れ、互いに敵の戦力は未知数だ。
こっちの戦力は桜を入れて総勢二十二人。それぞれが想いを胸に集まった義勇軍である。
そんなこんなで、戦争の土曜日がやってきた!
「皇国の興廃はこの一戦にあると言っても過言ではありません。正しい戦いなどはありませんが、今ここに戦いの悲しい鎖を断ち切る力を貸してください!」
和也の提案で、桜が戦闘開始時刻前に演説を行っている。ちなみに文面は和也が考えた物だ。こんなんで士気が上がるのかね。
「士気は上がらなくても、雰囲気は出るだろ?」
「はいはい。そうですね」
アホか。
「閣下! 敵軍が動き出しました!」
「さぁ、今こそ勝利を我らの手に全軍突撃!!」
七月十三日(土)朝十時。戦闘開始。
敵軍の缶は憩いの丘の頂上に陣取っている。明らかに上に陣取った方が有利だ。なにせこっちの缶の位置を見れるのだからな。
攻撃隊が三つに別れ、それぞれのルートで敵軍の缶を目指す中で俺は一人で別行動を行っていた。
「こちら、和也どうぞ」
「なんだ? どうぞ」
「第一攻撃隊が敵の守備隊と交戦を始めたようだ」
「戦況は?」
「戦死者が二。敵は三だ」
「奮闘してるな」
「ところでお前そこから落ちるなよ」
「まぁ大丈夫だろう、通信終わり」
守備隊の指揮は和也が取っている。その為俺は一人で別行動をし、崖からのルートで敵の本拠地を目指す。
崖と言っても断崖絶壁という訳ではないよ。ただ、落ちたら勿論死ぬけどね。
リスクは高いが、その分敵の守備は薄いのさ、中央と右側と左側に守備隊を配置した敵の布陣からして、この崖から頂上を目指せば、戦いはすぐ終わる。
崖を登りきり、頂上にある砦に侵入する。恐らくこの砦の屋上に缶が・・・。
「掛かったな! 創野!」
「なぬぅ!?」
砦に入るや否や、敵に囲まれてしまう。明らかに待ち伏せされている。
「ふふふ、敵軍ではお前と和也が怖いからな。お前だけでも消しておけば随分楽になる。俺達の策にまんまとはまったな!! この砦に缶は無い!」
「っち! 謀ったな彰!!」
「者共かかれぃ!」
彰の声と同時に一斉に敵が襲い掛かってくる。俺は携帯していた便所モップを振り回しながら平和を訴える。
「止めろ!! 俺達が戦ってなんになる!? 平和的に話し合いで解決を」
「だったら、反撃するなよ!!」
その場を何とか脱出し、無線で和也に連絡を取る。
「おい、和也! この作戦バレバレだったぞと言うか缶無かったぞ」
「うん。そんな事は予想の範疇だし敵を少しでも分散出来たからよしとしよう」
「おぃぃぃぃ!! てめぇ俺を囮に使いやがったな!」
「おっと、敵が第一防衛ラインと交戦中だ切るぞ。後は自己の判断で行動してくれ」
本当に切りやがった。あの野郎今日から百回くらい無言電話賭けてやるから覚悟しやがれこの野郎。
両軍とも防衛ラインを突破出来ず(というかこっちは敵の缶の場所すら知らない)缶を倒す事が出来ないまま、開戦から二時間が経過した。ついに敵の缶の場所を突き止めたと和也から無線が入り、俺達は攻撃隊は隊を立て直し、最後の突撃に備えて、会議を行っていた。
「和也からの情報によると、敵の本拠地はここより下。つまり中腹の広場にある。今からそこに突撃を仕掛ける。皆誰が倒れようと後ろを振り返らず、ただただ突撃するんだ! 防衛ラインももう持ちそうに無い、缶を倒して終わりにする!!」
「おぉ!!」
中腹の広場へと続く下り坂を目の前にし、互いの顔を見る。深呼吸をして、俺は右手を掲げる。
「全軍突撃!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
坂を凄まじい勢いで駆け下る俺達だが、落とし穴に何人かが落ち、立ち止まろうとしたものがいた。
「立ち止まるな!! 進め!」
「うぉぉぉぉ!!」
広場になだれ込むと同時に敵軍が待ち構えていた。たちまち乱戦となり、煙幕が撒かれる。辺りを煙が包み、咳き込む声が聞こえる。
突風が煙を吹き飛ばし、缶の場所を指し示す。
「もらったぁぁぁぁ!!」
「やらせるかぁ!」
彰が服を掴み、俺は地面に引き倒される。
「くそ、離せこの野郎。離したほうが身のためだぜ。俺の便所モップは水を吹くぜ」
「うるせぇぇぇぇ、お前さえ倒せばこの戦いは終わる!!」
「あぁそうかい。なら終わらせてやるよ! 今だ! 桜!」
「ええ!」
「なにぃ!? 何故こんな場所に桜さんが!?」
「こんな事もあろうかと、崖側から桜に回りこませていたのさ! いけぇ桜! 缶を蹴れ!」
だが、桜の行く手を敵の一人が遮った。
「くっ!」
「ナイスだ!! 田中!! 缶を護れ!」
「誰が田中だ俺は斉藤だよ!」
「くそっ! 桜が捕まらなければ」
「終わりだ創野!」
「切り札を使う必要も無かったのにな、舞衣ちゃん!!」
「誰だよそれ!?」
「ここがどういう立地条件か把握してるのか? 近くの遊具は」
「え〜と、確か「地球周り」が・・・ま。まさか!?」
地球周りとは、木の枝にロープをくくりつけてターザンごっこを出来ると言う、殺人遊具だ。
そのロープで上からターザンよろしくつっこんで来る、舞衣ちゃんを止める術など。
「あるわけが無い!」
「舞衣ちゃん! いっけぇ!」
「これで、終わり!」
カンっとサイダーの空き缶が雲ひとつ無い青空に舞い上がった。
「ん・・・・?」
「起きましたかぁ?」
目を開けると悠子さんが俺の顔を覗き込んでいた。その後ろには舞衣が座っている。
「もうお昼ですよ。お弁当ですよ〜」
石原高校の中庭にある大きな木の下で、昼飯を皆で食べる。食べながら俺は懐かしい気持ちに浸っていた。もう遠い昔の事のように思える。あの日の出来事。
木陰の隙間から差す日差しは柔らかに包み込むように思えた。




