第4話「夏の始まり〜水島〜」
暗い。
夜だから当然だ。田舎道だし暗いのは当然だ。
じゃあ、そんな夜道を俺は何故走っているのだろう。答えは簡単だ逃げているからだ。追っ手から。
少しでも遠くへ、少しでも速く・・・。
目の前を一人の人影が塞いだ。俺は走るのを止めてその人影と対峙する。
その少女が長い髪をポニーテールにしてるのは、悠子さんにしてもらって以来、気に入っているからだ。
「よぅ舞衣。お前が俺の追っ手か」
「・・・・・」
無言で俺に向かって剣を構える。
「お前はそういう奴だよな」
「・・・・・」
「当然か。今の俺はただの犯罪者だもんな」
正直、本気でやっても舞衣に勝てる自信なんか何処にも無い。だが、少しでも時間を稼がなければならない。それが俺の役目だから。
地面に落ちていた太い木の枝を掴み、それを舞衣に向け構える。
「・・・せめて。苦しまないように」
それがせめてもの手向けのつもりなのだろうか。舞衣は少しも変わらない。
もし、戻るのなら時間が戻って欲しい。もう一度、あの楽しかった頃に。笑っていられた時間に戻りたい。
舞衣が転校して来てはや一ヶ月が立った。一ヶ月も経つと、舞衣もグループと言うものの中に入る事になる。そのグループは俺と悠子さんと田園コンビの二人を入れた五人の事だ。
ちなみに倉田和也をもう忘れている人にとってはどうでもいい話だが、あいつはレギュラーでもなんでもないのであしからず。
「なぁなぁ、映画って面白いと思わないか!?」
と興奮気味に話題を持ちかけてきたのは沢田である。聞くところによると彼は今大ヒット上映中の映画「過去からの答案用紙」と言うかなり意味不明なタイトルの映画を見てきたらしい。
余談だと思うがこの物語のタイトルも意味不明だ。
で、その映画に感動した沢田+高野の田園コンビは映画を作りたいと考えているらしかった。
「却下」
「面白そう。ねぇ舞衣?」
静かに首を縦に振る。
この一ヶ月で気づいた事だが、舞衣は無口なので誤解されやすいが、実はかなりの天然なキャラだと言うのが分かった。
てか、今回の物語って球技大会の話じゃないのか!?
「だろ? 映画は素晴らしいんだよ! そんな素晴らしい映画を皆で作ろうじゃないか!」
そんなこんなで映画を作る事になった俺達は、映画研究会に手伝ってもらえないかと思い、話をしてみると。
三年で去年の当時一年の俺に生徒会会長選で俺に負けた山崎が部長だった。
こいつが部長なら話は好転しないなと直感した俺なのだが、はてさてその直感が当たったかといえば、結構当たらなかったりもした。
話を聞くと山崎も今度の映画は超大作みたいな物を作りたかったらしく、役者の数が少ない事に困っていたと言う。これこそ渡りに舟と言う事で共同で映画を作る事になった。
と言っても、素人集団五人が面子に加わってもどれほどの戦力にもならないだろう。というか邪魔でしか無いと思うのは俺だけだろうか。
映画を作る! なんて言っていた沢田と高野はその為に勉強したのかカメラの使い方などを既に知っていて予想外にも大きな戦力になっていた。
悠子さんも自分で物語を考えるのは好きらしく、映画研究会の人とシナリオ作りの打ち合わせをしている。
俺と舞衣はと言うと、する事が無いので隅っこの椅子に腰掛けていた。
「ミステリー要素も入れた方がいいんじゃないか?」
何気なく映画研究会の生徒が言ったその言葉のせいで部室のドアが蹴破られる。
「ミステリー要素とな! ならば俺が参加せずしてどうする」
いきなり意味不明なことを言いながらドアを破壊して登場したのは無類のミステリーマニア、倉田和也だ。
「なに、派手に登場してんだよ。第一お前はもう出てこないって今回の話の最初辺りに言ってるんだぞ」
言った側から出ると色々大変なんだよ。何が大変かって、それはあれだよ色々だよ。
「じゃあ、ミステリー要素も入れて倉田さんにも登場してもらいましょう」
お〜い。悠子さん〜。一体どういうシナリオを書き上げるつもりでしょうか。ってかどんな物語なんですか〜。
「暇だなぁ」
「・・・手伝えばいい」
「舞衣〜舞衣も一緒に考えよう」
「うん」
悠子さんに呼ばれて、舞衣はシナリオ班の所に行ってしまう。一人残された俺。
「全く、役に立たない男とはお荷物以上に哀れだな」
「お前に言われたくないぞ、ミステリーマニア」
「ミステリーマニアじゃない! シャーロックホームズだ」
意味が分からん。第一あれだ、シャーロックホームズってのは実在の人物じゃないんだよ。フィクションなんだよ。実在の地名・団体・人物とは一切関わりがありません。なんだよ!
「シャーロックホームズは実在の人物だ。ここにいるではないか」
と言って、自分を指差す倉田和也。こいつの頭の中の構造がどうなっているのか一度見てみたいものだ。絶対推理マンガで埋め尽くされてやがる。
メガネを掛けた少年がけしからん事に人を指差して「犯人は、お前だ!」って言っているに違いない。
そんな具合に日にちは進み。書きあがったシナリオ兼台本に俺は今目を通している。
物語は海の見える街の高校が舞台だった。青春物にありがちなひと夏の淡い恋物語。なのだが、殺人事件なんぞに出くわしたら淡い恋が一気にホラー街道まっしぐらだよ。
実る恋も実らないというか。
まぁとにかくあらすじ行ってみよう。
あらすじ。海の見える小さな町で少女は―――――。
「おぃぃぃぃ!!! 訴えられる!! それ以上言うと訴えられる!!」
「なんで? 何も問題ないよな」
「そうそう。三国志の曹操」
「おまえらなぁ」
「分かった分かった。じゃあ真のあらすじに行ってみよう」
あらすじ。雪。雪が降っていた。厚い雲の向こう側からは―――――――。
「おぃぃぃぃぃ!!! いい加減にしろお前ら!! もういい俺がやる」
ったくこれだから田園コンビには任せておけないんだ。それと田園コンビいつまで三国志ネタ引っ張るつもりだ。
あらすじ。
季節は夏。海沿いの街。その街の親戚の家に預けられる事になった少年は一人の不思議な少女と出会う。人生の中で一番大切になったその夏の季節を・・・。
笑いあり、涙あり殺人事件ありの感動青春ラブストーリー。ひと夏の大切な時間を君に。
「だそうだ」
そんなこんなで、シナリオは完成したがすぐに映画の撮影を始める訳にも行かなかった。何故かって? それは俺達の住んでいる街は海沿いに面していないからだ。海の見える街で撮影を行わなければ、意味が無い。
そしてこの時の俺は夏休みが丸ごと食いつくされる事を考えていたかと言えば。正直な話、全く考えていなかった。その時の俺は、海沿いの見える街を探し続け、見つけたら向こうの学校の生徒会や教職員の人たちに連絡を取り、夏休み中学校を少しだけでも使わせてもらうことが出来ないかを尋ねていた。
これは、俺が生徒会会長であるから出来る特権であって、少しは俺の権力を思い知ったか愚民どもめ。
まぁ今の所全部断られてるけどね。
気がつくと、辺りが暗くなり始め時計が六時を指していた。今日は後一箇所だけ掛けたら終わりにしようと思い、俺は生徒会室の電話を取った。
「もう六時か。そろそろ帰ろうか?」
「まだ、仕事残ってる。学園祭の企画もしなくちゃいけないし、スポーツフェスティバルの日程も組まないといけないし」
「やれやれ。今日もまた八時近くかな」
実の所もう二週間はずっと帰りが八時近くだ。生徒会会長は過労死するほど仕事が多い。まぁでもその分内心点はよくなるからいいけどね。
「佳織先輩、先に帰りますね」
「うん。帰り道に気をつけてね、最近物騒らしいから」
「佳織先輩も気をつけてくださいね、そこの会長さんに襲われない様に」
「あのなぁ・・・」
僕が反論する間もなく、一年の生徒会役員。書紀と庶務は帰ってしまう。生徒会室に残されたのは、生徒会長である僕と、福生徒会長の水島佳織の二人だ。
生徒会。といってもこの学校の生徒会は他校の様に立派なものではない。特に僕以外の男子は定例会にも出席しない不届き者だ。もっぱらこの生徒会室は女子生徒の交流の広場と言ってもいい。
「ユキ。この学園祭の企画案はどう?」
ユキ。というのが僕の仇名。いい加減それで呼ぶのも止めて欲しい。なんか女の子みたいな名前じゃないか。
そんな事を佳織に言った所で止めようとはしないのだろうけど。
僕と佳織は幼稚園の頃からの幼馴染で家も近所だから昔はよく遊んでいた。今は、遊ぶと言う事はないけど、同じ生徒会の役員で一緒にいる事は多い。
一時期、僕と佳織は付き合ってるなんてデマが流れたけど、本人はいつものように冷静に他人事のように噂話に交じっていた。でも、佳織が本当に誰かと付き合ってるなんてこと聞いた事がない。どうしてだろうと僕はたまに不思議に思う。人当たりもよく、可愛いのに。実際佳織は結構もてる。
「仮装行列か、面白そうだね」
僕と佳織が企画案書を眺めていると、生徒会室の電話が鳴った。僕は電話の受話器を取り、電話に出る。
「はい。石原高等学校生徒会室です」
電話の向こう側にいるのは、どうやら先生だった。一通りの説明をされた後、先生は言う。
「この件は生徒会に全権任せるから、話しだけでも聞いとけよ」
「はぁ」
と言って向こうは電話を切る。切る前に「たくこっちは忙しいのに」と言った愚痴が聞こえてきたのは内緒だ。
「どうしたの?」
尋ねてくる佳織に先生の話を説明する間もなく、また電話が鳴り響く。
「はい。石原高等学校生徒会室です」
暑い。暑い。暑い。暑い。あ・・・。
「・・・・うるさい」
「あはは」
どうやら声に出していっていたらしいな。俺はきちんと心の中で言っていたつもりだったのだが、右隣の舞衣がうっとうしそうに俺を見ている。その隣にいる悠子さんも顔こそは笑顔だが、なんか怖い。
俺達は今、石原町という海の見える小さな町に来ている。どうしてかって? 答えは一つ! ついでに真実も常に一つ! と言う事で映画の撮影であるのであります。
俺の住んでいる所よりも東北の方に位置してると言うのに、なぜか暑かった。物凄く暑かった。今年の夏はすさまじい猛暑かもしれない。
「だらしないぞ。探偵たるもの、精神力を鍛え・・・」
「お前は黙ってろ」
後ろには機材一式を担いで、せっせと行軍する田園コンビと映画研究会の面々。
それにしても本当に暑い。汗が額を伝って落ちていくし。落ちてった汗は熱されたアスファルトの前にすぐさま蒸発していくし。
二日前に夏休みを迎え、これから楽しい楽しい夏休みが始まるかと思えば、なんでこんな暑い中行軍しなければいけないのか。いや、だが。今回の映画撮影のおかげで、悠子さんを始めとして、演劇部の女子も何人か参加しているし、悪くは無いかもしれない。
映画と言うのはカメラマンとかスタッフだけでは撮れないというのは当たり前。映画に出演してくれる人たちは、少し前に募集して演劇部がほとんど参加してくれたし、映画に出てみたいという奴も何人か集まった。それに、撮影の舞台となる石原高等学校側からも何人かのエキストラが参加してくれるらしく、役者には困らない。
石原高等学校生徒会会長と副会長の二人が先頭に立って、俺達の事を止めてくれる旅館に案内してもらっている最中だ。まさか、旅館の手配まで向こう側でやってくれるとは思わなかった。
それにしても、駅から行軍がスタートして、山の方へ向かって歩いているが、いつなってもゴールが見えて来ない。
道路をほぼ占領するように広がって歩いているが、車がほとんど通らないから危なくも無い。
「まだ、着かないのか?」
「もうすぐよ。この坂を登り切ったらすぐの所にある」
そう言って、副会長が指差した道は、今歩いている道路を右に曲がり山に入っていくような道だ。というか長いぞおい。
それでもどうにか坂を登り切った俺達を出迎えたのは、想像以上に大きな建物だった。
女子が感嘆の声を上げる。まさかこれほど立派だとは想像していなかったのだろう。まぁ俺もだけどね。それは立派な旅館だった。
「おぃ、これ一泊いくら盗られるんだよ。予約するならもっとボロッちくても」
「とられるの漢字がなんか違うようになってると思うのは、僕だけかな」
と言って生徒会長殿は笑った。
「佳織に聞いた方が早いよ。ここは佳織の家なんだから」
「へぇ」
その旅館は看板に大きく「水島」と書かれていた。
こうして俺達は旅館「水島」を拠点として、全く見知らぬ土地での夏が始まろうとしていた。
この時の俺はこのひと夏に起こる大事件を知らずにいた。もし知っていたのならすぐにでも帰ろうとしたか、あの決断を迫られたとき、間違った決断をしなくても済んだかもしれない。
だが、この時の俺は、限りなくそんな事を考えてもいなかったのだ。




