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決闘裁判

死にぞこないのクズな決闘士のおっさんは、幸薄美人女主人のために戦う

作者: 恵京玖
掲載日:2026/04/10


「負けなしの決闘士って言われていたが、大したことねえな」

「もっと手ごたえがあるだろうって思ったがな!」


 悪態ついて倒れている俺の頭を踏みつける男ども。

 幸運な事に俺が突っ伏しているのは柔らかい土なので、頭を踏みつけられても硬い石畳よりかは痛くない。ただ土が口の中に入って、俺の血と一緒に混じって美味しく無い。

 更に男たちは無抵抗な俺に危害をくわえようとしたが、途中で止まった。

 どうした? と思っていると、ポタっと俺の後頭部に冷たいものが当たった。


「チッ、雨が降ってきたな」

「まだ息があるのに……」

「こんだけ、ボコボコにして置けば勝手にくたばるだろ」

「そうだな。どうせ、この国に戻っても負けた決闘士なんて人間以下だ。助かっても見つけ次第、殺されるだけさ」


 そう言って俺の顔に土を軽くかけて男どもは去って行った。ポツポツと降っていた雨は、すぐに地面を叩きつけるくらいの勢いになっていく。

 男どもの言う通り俺の右足と利き手の右腕は絶対に折れている。あばらも折れているのか、呼吸するたびに胸が痛い。例え、このケガの痛みを我慢して立ち上がって、国に引き返しても俺はゴミのような存在だ。治療してくれるどころか誰も見向きもしない。どのみち野垂れ死にするだろう……。

 だが頭の隅で昔聞いた言葉を思い出す。


『負けたが生き残った決闘士は雇い主の貴族の手下が暴力を振るって、この森に放置される。でも立ち上がる元気があれば、南東に歩くと森を抜けて隣の国に入れる。そうすれば生き残れる』


 俺に決闘士について教えてくれた奴の言葉だ。希望があるような言葉だが、俺には価値のない情報に過ぎない。


 決闘士は勝ち続けなければいけない。負けた瞬間が死だからだ。例え、依頼人が渡して来た飲み物に睡眠薬を盛られて決闘中に倒れてしまって負けていても。八百長で被告と原告がグルで俺を嵌めたとしても。勝った者が正義だ。

 つまらない訴えを起こした貴族のために戦って負けた俺は惨めにここで死ぬ運命だ。

 やり残したことは無い。やりたいことは全部やって、惰性でつまらない事で戦ってきたんだ。十八の頃からだから、もう二十年も戦ってきたんだ。

 闘技場で死ぬか野垂れ死にこそ、決闘士の最後として相応しい。


 そう思って目を閉じようとした時、雨で泥になった地面に光る物が見えた。

 利き手じゃない手を伸ばして、それを掴む。見るとネックレスが付いたロザリオだった。シンプルなデザインだが、見覚えがある傷がある事に気づいて俺は目を見開いた。


「クッソ! クソがああ!」


 思い切って悪態を言いながら俺は折れていない足に力を入れ、利き手じゃない腕は木を掴んで立ち上がる。動くたびに痛みが走り、倒れた方が楽だと思う。


 どうしてこんな事をしているんだ? 負けたら惨めに死ぬんじゃなかったのか? そこまで生きる事にすがるのか?


 頭の中の疑問を打ち消すように口に入っていた土と血を唾液と一緒に吐き出した。

 そして俺はよろよろと歩き出す。

 ロザリオを握りしめて。




***


「神よ」


 澄んだ声が耳に入る。その瞬間、柔らかな物に包まれている感触に気が付く。

 薄っすらと目を開けると自分はベッドで寝かせられていた。そして傍には茶髪を一つにまとめて縛っている女性が両手を前に合わせて祈っている。


「どうか、彼を助けてください」


 か細い声でそう祈る。

 俯いて祈りの手で顔が隠されているので分からないが、俺の直感だと若く美人だろう。服は割と綺麗だが、平民が着ていそうなダボっとしたワンピースだ。男爵か子爵、貧困の伯爵の人間だろう……。

 ベッドで寝かされて、美人が神に俺が治るようにと祈っている。決闘士にとって最高の死に際では無いだろうか?

 それにこの部屋も、ガキだった頃の住んでいた部屋に似ている。そうか……、俺の願望と昔の記憶が合わさった都合の良い走馬灯なのだろう。


 最高の気分で死ねるじゃん。この先、地獄でも悪い気はしないね。

 そう思って、再び目をつぶる。



***

 パッと目が覚めた。長い時間、寝ていた気がするし、そこまで寝ていない気がした。

 起き上がろうとしたが利き手と右足が動かない。見ると右腕は包帯を巻かれて、右足も同様に包帯で巻かれてぶら下がっている。

 そして首には山で見つけたロザリオのネックレスがつけられていた。

 とりあえず上半身を起き上がらせて周りを見る。部屋は簡素な感じでベッドしか無い。大きさからしてダブルベッドだろう。俺は大柄だから、普通のシングルだとはみ出すからな。

 左側には窓があり、青空が広がっている。もうお昼くらいの時間だろう。俺は利き手じゃない腕を伸ばして、窓を開ける。気持ちのいい風が吹いた。

 ドアのある壁には小さな家族の絵が飾られてある。厳かな雰囲気の父親、優しそうな笑みを浮かべる母親、彼女に抱っこされる女の幼児、その隣に勝気そうな生意気盛りの女の子、そして真面目そうな思春期の少女が書かれてある。

 この家族の絵は色褪せているので昔に描かれたものだろう。だとしたら家族構成も変わっている。とは言え、ここには美人が一人以上はいるって事か……。だって絵画の娘二人は美人だからさ。


「きゃあ、あははは!」

「ゴットフリート! 良い子で遊んでね」


 窓を見ると庭に三歳くらいの男児と十歳くらいの本を持っている少女が歩いてた。

 男児は縦横無尽に走り回り、少女は笑って見守りながら本を広げて朗読する。それは子供が言葉や文法を学ぶための教科書のような詩編だ。


「麦の種よ、厳しい冬を柔らかな土の中で眠れ。やがて種は太陽の光に、手を伸ばす葉となるだろう」


 かつて俺も耳にタコができるくらい朗読していた。そうだ。あの時、俺はまだ希望を持っていたんだ。


『今は惨めな暮らしが辛くても、お前には取り柄がたくさんある。勉強して、剣術を磨いて、真面目に生きていれば、騎士になれる』


 この言葉も耳にタコができるくらい聞いた言葉だ。そして『だから今の苦労なんて、苦じゃ無いよ』と続く言葉も。


「何、感傷的になっているんだか」


 切ない気持ちを払しょくするように「ヘッ」と笑う。きっと昔、住んでいた家に似ているから懐かしい気持ちとやるせない気持ちになっているんだろう。


 ガチャ。


 突然、ドアが開いた。パッとそちらに目を向けるとお盆を持った女性が、目を丸くして俺を見ていた。

 俺の直感通り、若くて美人だ。慎ましい質素なエプロンとワンピースを着て、飾り気無く茶髪を一つに縛っているだけだが顔立ちは整っている。化粧して着飾れば男なら誰でも振り向くだろう。二十代半ばくらいかな。

 俺が起きている事に驚いていた美人だったが、すぐに普通の表情を戻った。どこか冷めたような雰囲気がある。

 とりあえず俺は「俺を助けてくれたのか?」と言うと、美人は「ええ」と返事をした。


「近くの森で倒れていたから、あなたを一輪車に乗せてこの家まで運んで、医者に見せたの。もしかしたら二度と目覚めないかもって医者は言っていたけど、あっさり生き延びたね」

「天国にも地獄にも出禁にされているからな」

「だったら助けた私に対するお礼は必要ないってわけ?」


 どこか品定めをするような目つきで美人は聞く。俺は肩をすくめながら「助けていただき、ありがとうございました」と言った。ちょっと棒読みなのはご愛嬌。


「別にいいわ。あなたを助けたのは、私の頼みを聞いてもらうためだもの」


 スタスタと美人は俺のベッドの隣に来て、サイドテーブルを出してお盆を置く。お盆には硬そうなパンとスープがあった。腹減った、食べたい。というか、俺はどのくらいのベッドで寝ていたのだろう。

 俺がパンとスープに熱視線を送っているなか、美人はマイペースにベッドの下に置いてあった椅子を出して座った。


「あなた、決闘士でしょ」

「なんで分かるんだ?」

「あの森はね、隣国の負けたボロボロに決闘士が時々たどり着くのよ。ほとんど死んでいるか、生きているけど戦えない体になって廃人状態の人が多いけど。私がたまたま通りかかっていなかったら、あなたもそのうちの一人になっていたでしょうね」


 どうやら森を抜けて隣国を目指す負けた決闘士は俺だけじゃ無かったようだ。美人のいう事が正しければ、骨折ぐらいのケガで済んだ俺は運がいいようだ。

 俺は「命の恩人だな」と言うと、美人は「じゃあ、頼みを聞いてくれないかしら」と柔和な笑みを浮かべる。美人が笑えば、場が華やぐな。


「私、訴えられているの。近いうちに決闘裁判に出ないといけない。だから代わりに戦って」

「いくら?」

「命を助けたんだから、お金なんて要らないでしょ」


 呆れたように美人は言い、俺は「だったら、お断りだね」と鼻を鳴らす。


「俺は助けてほしいって願ってもいないし、頼んでもいない。確かにあんたは俺の命の恩人だが、決闘を請け負う理由にはならないよ」

「金の亡者ね。弱い者の正当な訴えのために戦うのが決闘士でしょ」

「フン、そんな理由で戦うのは大昔の決闘士だけだよ。今の決闘士が戦う理由は金さ。例え、それが命の恩人の頼みでも、ね」


 美人は「クズね」と吐き捨てるように言い、サイドテーブルにあるパンとスープを食べ始めた。小さくちぎって口に入れ、スープを口に含む。

 それをジッと俺は見ているのに気が付いているのにマイペースに美人は食っている。食っているのを見ていると、どうしようもなくお腹が空いてくる。

 図々しい気もしたが、「あの、俺の飯は?」と聞くと美人はすました顔で「あるわけないでしょ」と返した。


「命の恩人の頼みも聞けない人間のご飯なんて無いわ」

「テメー……」

「あーあ、あなた専用のジャガイモのスープを作ってあげたのになあ。でも頼みを聞いてくれないからなあ」


 もったいぶった感じでそう言ってスープを飲み、パンをちぎって口に入れる。

 クッソ! この女! ケガして何にも食っていない人間の前で優雅に昼食を楽しみやがって! 

 思わず歯ぎしり睨むが、美人は何も気にしないで食べ終わった。優雅に「ああ、美味しかった」と感想を添えて。

 そして俺を見て「どうする?」と聞いた。


「私の決闘裁判のために戦ってくれる?」

「……分かった! 戦う!」


 俺の返事を聞いて満足そうに笑みを浮かべて「そう」と美人は言い、空になった食器を片付けて立ち上がった。


「それじゃあ、ご飯を持ってくるわね」


 そう言ってドアの方へ歩くが、「あ、そう言えば」と言って美人は立ち止まって俺を見た。


「決闘士さん、お名前は?」

「ヴァン」

「そう。私はロミルダ・シュナーベル」


 軽く自己紹介をしてロミルダは俺の食事を持ってくるため部屋から出た。




***

 ロミルダが作ってくれたジャガイモスープを食べた後、俺はベッドの上で逃げる計画を考えていた。

 命の恩人の頼みを無償でしないのか? やるわけねーよ! 自分の利益にならない戦いはしないし、例え依頼人の主張がおかしくても大金出されたら戦う。それがクズの代名詞 決闘士だ!


 さて俺の経験上、骨折は三か月から半年で治る。いや、歩くだけなら三か月もかからないか。

 だとしたらしばらくはロミルダにいい顔して、上手い感じで信頼を得て、ちょっとどこかに行くと言って逃げるか……。でも俺はお金が無いから、ロミルダに借りるか……。ああ、でもお金を持ち逃げたら領民に捕まるか。腕に自信があるとは言え、多くの人間に囲まれたら俺でも無理だし。あ、そうだ、決闘裁判で必要な物を買いに行くと言って金を持ち逃げすればいい。そしたら俺は……、俺は、……何をする?


 次の行動で行き詰まり、虚無感が広がった。


 ……フン、出たとこ勝負の決闘士で二十年生きていたんだ。人生計画らしくない。やめておこう。とにかく松葉づえで歩けるようになるまで、ロミルダの話しを合わせておけばいい。

 逃げる計画を打ち立てたので、そろそろリハビリとはいかないが体を動かしていく。骨折していない部位を曲げたり伸ばしたりするだけのストレッチだが、完治した時に体は鈍っているのは不味い。

 折れていない腕を伸ばしている所で、ロミルダが入ってきた。


「あら、逃亡するための準備体操?」


 優雅にほほ笑みながらリンゴが置かれた皿とナイフを持って来たロミルダ。サイドテーブルと椅子を出して、テーブルにはリンゴとナイフを置いて椅子に座る。

 俺はギロッと睨んで「請け負った人間になんてことを言うんだ」と文句を言うと、ロミルダは鼻で笑った。


「あなたは命の恩人の頼みを聞けないクズでしょ。だったらきっと逃亡計画くらい立てていると思われるわ」


 さすが人間の三大欲求の一つ【食欲】を取引にして決闘を依頼する女だ、鋭い。


「でも今、逃げなくて良かったわね。リンゴを持って来たから」


 ロミルダは「おやつにしましょ」と言って、リンゴをナイフで切り始めた。結構、器用に剥けている。

 ショリショリとリンゴの皮をむきながら、ロミルダは「決闘裁判とは」と話し出した。


「証人や証拠が不足している事案を暴力で決める裁判」

「暴力じゃ無い、剣だ。我らの知が愚かであるがゆえに、神は正しき主張をする者の剣に力を与えてくれるんだよ。そしてすべての人々は自分の証明しようとする真実を剣で守り、甘んじてこの裁きを受ける用意を持つべき……。その勝敗で判決しているだけ」

「でもあなたの国ではしょうもない訴えをして決闘裁判をしているんでしょ。ショーみたいに。婚約破棄とか不倫とかのスキャンダルを大々的に訴えて裁判をしているって聞いたけど」

「おう。我らの知は愚かだから、下衆なネタとしょうもない戦いに夢中なのさ」


 ロミルダが「出来たわ」と言って綺麗に剥いたリンゴを渡してくれた。


「このリンゴはゴットフリートのおやつだったの。だけど、あなたのためにあげるわ」

「ふうん」


 リンゴは結構、高価な果物だ。このリンゴを無邪気で元気な男児から奪ったような罪悪感を持たせるようなことを言うロミルダ。でもこんなんで罪悪感を俺は抱かない。面の皮も厚いし、図々しく生きるのが決闘士さ。

 とは言え、決闘士として聞かないといけない事もある。


「ところで、どこのどいつに何を訴えられてんだ?」

「……旦那の愛人」

「決闘裁判の徴集命令書類とか無いの?」


 俺が聞くとロミルダは一度部屋を出て、決闘裁判の徴集命令を持ってきてくれた。

 読むと亡くなったロミルダの旦那の遺産はすべて愛人であるミールが相続するという遺書が発見された。しかしすでに亡くなって時間が経っており、遺書も本物かどうか真偽不明である。なので相続するかどうかを決闘裁判で決める……という文が厳かに書かれている。

 基本的に相続系は決闘裁判ではメジャーなものである。世の中は金で動いているからな。しかし書類が審議不明と言うのは、どういう事なのか? 証人の印やサインはちゃんとあるのに。そう思いながら証人の名前を見た。

 思わず、俺の頭の血が一気に急降下してしまった。


「なあ、ロミルダ……」


 俺が話しかけようとした時、「ママー」と子供特有の甲高い声が響いた。すぐにロミルダは立ち上がって部屋を出ようとしたので、俺は「おい」と声掛けた。


「このリンゴ、あのガキにやれよ」

「あら、いいの?」


 不審そうな顔でロミルダは俺が残して置いたリンゴの皿を手に取って、子供の元へ向かって行った。

 ロミルダが出た部屋の扉を見た後、すぐに徴集命令の書類を眺める。


「ヤバいな、これ。決闘裁判に出ないといけないな」


 決闘裁判は三か月後。随分とすぐにやるんだと思うと、焦る気持ちはある。だが焦りは禁物だ。とりあえずストレッチでもしよう。



***

 数日後、一緒に朝食をとる事になりニコロとゴットフリートに初めて話した。


「僕、ゴット、フリート! 三歳!」

「初めまして、ニコロ・シュナーベルです」


 ゴットフリートは自分の年齢を指で表現し、ニコロは礼儀正しくお辞儀をして自己紹介をする。俺は「ヴァンだ」とだけ告げた。この屋敷にはロミルダとこの二人の子供で暮らしている。彼女の両親は数年前に立て続けに亡くなったそうだ。

 ベッドで三日間くらい休んで、医者から松葉づえで歩いてもいいと許可をもらった。早速、俺は逃亡……では無く、歩くリハビリを始める。とりあえずシュナーベル家の庭の周りを松葉づえで歩く練習をする。すると子犬のようにゴットフリートがまとわりついてきて、ニコロが注意をする。


「駄目よ! ゴットフリート! 邪魔しないの!」

「きゃははは!」


 だがゴットフリートは一切聞く気を持たない。ようやく通いの乳母がやってきて、ゴットフリートの世話を任せた。しばらくするとニコロは学校に行き、ゴットフリートと乳母は散歩に出かけた。屋敷には俺とロミルダだけとなった。

 松葉づえで歩くのをやめて庭の芝生で休んでいると 穏やかな春の風が吹く。……もう少し早く俺が負けて森に捨てられていたら、冬の寒さで森の中で死んでいたなと思った。でも今の時期、腹を空かせたクマがウロウロしていただろうから、生き延びれたのはマジで運が良かったな……。

 そんな時、ガチャっと屋敷の裏口が開いた。そちらに目を向けるとロミルダだった。


「休憩か?」

「ええ、そうよ」


 喋るロミルダに少々疲れが見える。書類作成の疲れではないだろう。

 ロミルダは俺の隣に座って話し出した。


「あなた、何も聞かないのね」

「何も、とは?」

「我が家を訴えている旦那の愛人とか」

「あー、だってそんな人生を語っていても、決闘で勝つか負けるかで判決は決まるし。根掘り葉掘り聞くのもね」


 大昔は真摯に聞いていた気がするけど、今はしない。

 だが俺は「話したいなら、どうぞ」と言うと、ロミルダは口を開いた。


「うちは倹約で金儲けとかあまり興味が無かったの。というか、麦を作るくらいしか利用価値の無い土地だからね。それでも不作の年でお金が無かった時は色々と大変だった」


 人生を語り始めやがった。でも依頼人には訴えられる内容どころか、生まれてから今までを語る奴もいる。というのも決闘裁判に出る奴の中には一大決心と思っていたり、人生の危機と思っている奴も少なからずいるので、人生すべてを語るのも無理はない。俺は黙って聞く。


「父の代で土地を国に返そうと思っていた時、うちの領地を買いたいという公爵がいたの。国のインフラ整備の一環で大きな道を作りたいからって言う理由で。それと家を存続させるために私を女主人にして婿を紹介してくれたの。それは私の旦那さん」

「お前の旦那って、亡くなっているんだよな」

「ええ。私が殺したの」


 不穏な言葉を吐いて、ロミルダは自嘲気味に笑う。俺は何も言わずに話しの続きを聞く。


「ロープ、ああ、うちの旦那、ゴットロープって名前なの。ロープは私との結婚に対して、婚約の時からものすごく不満だったわ。元々旦那の家は子爵で、私達の家より歴史も古いの。そしてうちと同じくらい倹約家だったわ」

「ふうん。じゃあ、物語のように『お前を愛することは無い』って言ったのか?」

「もちろんよ。でも白い結婚にならなかった。それに彼も婿に行かないと実家が大変なの。この道を作るための事業に参加しているからね。それに無理やり自分たちが持っている土地も公爵に売ってもらったようだし。もし彼が逃げたら公爵の心証が悪くなるでしょう」

「しがらみが多いねえ、貴族ってのは」

「ロープは強い者に逆らえないくせに、結婚をした後は私達に不満と愚痴り、家にほとんど帰らないで賭博をしたり不倫したり……。あの道が出来る頃にはロープは結婚の祝い金どころか我が家のお金を全部賭博で使ったわ」


 ため息をつきながらロミルダは言う。その表情は若いのに苦労がにじみ出ていた。

 それにしても家の財産を賭博に使うとはロミルダの旦那はクズだな。ただ俺は人の事が言えない決闘士だから、言葉にしないけど。


「結婚二年目でゴットフリートが生まれて、父親としてロープは変わるかなって思ったけど、全く変わらなかったわ。むしろ種馬として役目は果たしただろって言って、更に帰らなくなっていったし、相変わらず使ってはいけないお金を黙って持って行くようになったわ」


 そしてロミルダは「どうしてギャンブルをする人って、使ってはいけないお金を使うのかしら」と不思議そうに言う。多分、答えを求めていないのだろうけど俺は答える。


「自分を追い込むためさ」

「はあ? 意味が分からない」

「異国の言葉で【背水の陣】と言うのがあるんだ。後に引けない戦いで、負ければ自分の身を滅ぼす。そんな後に引けない状況を追い込んで覚悟を決めてギャンブルをしているんだ」


 この言葉はギャンブルをやっていたクズが言っていたものだ。そう言って全財産を賭け、予想通り負け、嘔吐していた。その後、奴を見たものはいない。

 ロミルダは「その覚悟を家族に押し付けないで欲しい」と被害者代表のような言葉を言った。


「とにかくクズだったわ。クズを全うして亡くなった」

「……それで、お前の旦那は何で亡くなったんだ?」


 俺が聞くとロミルダの表情は一瞬陰った。後ろめたいのか、なかなか言わない。そして喋ったと思ったら、わざとらしく「あー、そうだ。昼ご飯を作らないと……」と言って立ち上がった。

 

「何、食べたい?」

「ローストビーフ」

「分かった。野菜スープね」


 リクエストしたのに、何一つ考慮されていないメニューを決められてしまった。というか、ローストビーフみたいなご馳走なんて、ここの家だとお祝いくらいしか出ないだろうな。

 まあ別に野菜スープでもいいけどね。




***


 シュナーベル家に来てから一か月半ほど経った。松葉づえは卒業して今ではゴットフリートをおんぶしながら、軽くランニングをする。

 ゴットフリートはおんぶされて「きゃあははは」と笑って楽しんでいる。ついでにゴットフリートと鬼ごっこもすれば、いい感じのトレーニングになった。


「麦の芽よ、えーっと……。うーん……、根を広げ、強い葉になり……えーっと」


 俺がゴットフリートと遊んでいると、ニコロが本を持って朗読をしているがつっかえていた。

 俺は自然と詩を紡いだ。


「麦の芽よ、人の足で踏まれ潰されても嘆くな。踏まれていくたびに根を広げ、強い葉と茎になり、凍てつく霜にも負けないようになる」


 俺が詩を言うとニコロは目を丸くして、「え? 言えるんですか?」と驚いていた。


「子供の頃に習ったから」

「そうなんですね」


 そう言いながらニコロは本をパラパラめくって、「じゃあ、ここは読めますか?」と話す。高学年向けの教科書だが結構古い。

 俺が答えて「この教科書はロミルダのか?」と聞くとニコロは「そうです」と答えた。


「教科書が買えなくて、でもロミ姉様も学校に同じ教科書を使っていたから……」


 古びた教科書を大事そうに抱きしめるニコロ。教科書を買わずにお下がりをもらうのは、貴族の子供だったら恥ずかしいだろうな。

 俺は深く聞かないでゴットフリートと遊ぶと言う名のトレーニングをして、時々ニコロに詩を教えていた。

 そんな時、ロミルダが庭に出てきて「あら」と声をかけた。


「勉強を教えてあげているの? 決闘士さん」

「まあな」

「ニコロの勉強を見ても良いけど、変な事を教えないでね。この子は素直で純粋なんだから。それからゴットフリートも」


 ロミルダの忠告に俺はかしこまった感じで「御意に」と言い、「どこか行くのか?」と聞いた。彼女の手には古びた小さ目な男性物のカバンを持っていた。父親の物かもしれない。

 俺の質問にロミルダは「教会へ」と言った。


「教会へ行くわ。無理だろうけど、あいつの愛人と和解できるよう話し合いをしようって呼びかけているの」


 和解とは当事者同士で話し合い、妥協の取り交わす事だ。それは裁判の内外でも行われて、戦いの最中でも審判である牧師に訴えれば和解の話し合いは出来る。だから牧師のいる教会へ行って和解調停を申し込むのだ。

 でも多分、無理だろうな……と俺も思う。


「じゃあ、決闘士さん。これから乳母が来るまでゴットフリートを見ていて。ニコロ、学校へ行く準備をしなさい」


 そう言ってロミルダは教会へ出かけて行った。そうしてニコロは学校へ行き、乳母も時間通りにやってきた。あまり乳母は俺に関わりなくなさそうだが、俺は頼みごとをする。


「悪いけど、俺も出かけるから留守番を頼む」

「言われなくてもやります」


 つっけんどんに乳母は言い、ゴットフリートは元気いっぱいに「バイバイ」と手を振ってくれた。

 俺はシュナーベル家を出て、周りの小麦畑を突っ切るような道を歩く。周りには小作人達の家がポツポツと建ててある。そして遠くには教会のシンボルが薄っすら見えた。お店も無い、農作物だけを作っている質素な領地だろう。ロミルダが言うには旦那の愛人は隣の領地に住んでいたという。そこは首都と隣国を結ぶ大きな道の中継地点となり、割と栄えているようだ。


 シュナーベル家の領地で育っている麦は順調に育っている。だが低い高さで深い緑色の雑草のようだ。これが畑に一列に並んでいるので、雑草では無く麦だと分かる。

 そんな事を考えながら歩いていると、作業中の小作人達が俺に注目していた。決して友好を深めようと考えている雰囲気はない。遠巻きで俺を睨んでいる。だが話しかけようとしない。

 殺気だった空気の中、俺は図太く歩いていると比較的に若い小作人が俺の方に向かって歩いて来た。周りは止めようとしているが、若い小作人は振り払って俺の方に向かっている。

 長年の経験則により、無意識に緊張感が出てきた。案の定に若い小作人は走り出し、握りこぶしを振り上げて俺に殴りかかろうとした。

 この時点で喧嘩なんてした事がいないだろうな……と思いながら、奴の全力のパンチを避ける。そして攻撃を大きく外してバランスを崩した奴を軽く蹴っ飛ばした。俺の想像通り、奴は無様に転んだ。


「随分なご挨拶だな」


 うつ伏せに倒れた若い小作人の後頭部に言うと、奴は顔を上げて俺を睨んだ。


「フン、喧嘩慣れしていない奴が決闘士に喧嘩を挑むなよ」

「黙れ! お前のせいでロミルダ様が決闘裁判に出るんだぞ!」


 すぐに立ち上がって若い小作人は俺の胸ぐらを掴んだ。俺は振り払うことはしないで、奴の言葉を聞いた。


「この領地で倒れていたお前を俺達はシュナーベル家に届けたんだ。そしてロミルダ様直々にお前を看病した。そしたら数日も経たないうちに知らない奴がシュナーベル家にやってきたんだ。奴らは決闘士を探していると言っていた」

「……」

「ロミルダ様は居ないって答えたけど、そいつらはお前がここにいるって気が付いたさ。お前を見てくれた医者がお金をもらって教えたみたいだから」

「……」

「そしたら、すぐに決闘裁判の訴えが来たんだ! ロミルダ様の最低な婿の愛人が、遺産をめぐって裁判するって言い出したんだ!」


 俺は小さく「そうか」と相打ちを打った。

 やっぱり俺を山で暴行した奴と命令してきた奴が、ロミルダに決闘裁判を仕掛けてきたんだな。だって決闘裁判の徴集命令の書類などには、俺を暴行した奴の親玉の名前が書いていたんだから……。

 若い小作人は俺の他人事のような言動に「貴様!」と更に詰め寄って、握りこぶしを振り上げた。俺は奴の握りこぶしの腕を取って、軽くひねった。本当に喧嘩なんてした事が無いのだろう。「痛い! 痛い!」と言って簡単に攻撃不能になってしまった。

 ここで周りにいる奴の仕事仲間たちが慌てて集まってきて、「申し訳ございません」と謝ってきた。


「こいつは短気だから、その……」

「何でこいつに謝るんだよ! クッソ! だから女主人は甘いんだ! さっさと男に引き渡せば決闘裁判も起こらなかったのに! このままだと、この領地だっていられなくなるかもしれない! そしたら俺達は仕事を無くすかもしれないんだぞ!」


 腕を捻られても若い小作人の罵倒は止まらない。俺は良いとして、雇い主のロミルダにまで罵倒して良いのか? だがこいつが俺を殴りたい気持ちも分かる。俺を暴行していた奴に引き渡せば、こいつらが仕事を失う恐怖や不安になる事なんて無かったのだ。

 俺は若い小作人の捻っていた腕を離して言った。


「それは申し訳なかったな。だが俺に危害を加えるのは得策じゃ無いぞ」


 不敵な笑みを浮かべながら、俺は若い小作人に詰め寄る。俺がちょっと挑発すると、奴はビクッと震えた。


「俺がまた怪我したら決闘裁判に出れなくなるぞ。ようやく歩けるようになったが、ちょっと刺激しただけで、また折れるかもな。そしたらお前は出れるのか?」

「……」

「……領主の決定に不満だろうけど、俺が居ないと決闘裁判にならない。恐らく今、俺を引き渡しても決闘裁判は終わらない。その旦那の愛人とやらはロミルダに因縁でもあるんだろ」


 肯定するように小作人たちは黙り込む。


「迷惑をかけた。申し訳無い」

「ふん、そんなしおらしく本当は逃げるんじゃないのか?」

「逃げねえよ! どうせ逃げたって、あいつらは追いかけてくるんだから」


 呆れながら俺は言い、そして「だったら、俺を見張っていてくれよ」と提案した。


「お前らもヤバいって思わないか? 野獣が女子供しか居ない屋敷に居るのは。だからお前らの家で俺を見張ればいいんじゃ無いか。俺だってさすがに数人の奴らから逃げられねえから」


 俺の提案に小作人達は少し悩んだが、俺の提案に乗ってくれた。シュナーベル家にいても別にいいけどね。でもやっぱ酒飲みたいじゃん。それに亡くなった旦那や訴えている旦那の愛人についてロミルダは話してくれない。だからこいつらから聞き出そうと思ったのだ。




***


 その後、俺はシュナーベル家の家で手伝いをしながら小作人達と仲良くなって上手い事、情報を聞き出せた。

 それにしてもロミルダの旦那はどうしようもないくらい、ダメダメなクズだったようだ。クズの決闘士でも呆れるくらい賭け事をしては負け続けて、その度にロミルダからお金をもらったり盗んだり……。その金を使って愛人と一緒に遊んで暮らしていたのだ。こんな情けない旦那だが、顔は凄く良かったと小作人達は言っていた。

 クズの旦那は病気で亡くなり、シュナーベル家で葬式に出した。そして葬式に呼ばれていないのに愛人がやってきてひと騒動を起こした。そして愛人はロミルダの事を恨んでいるようだが、小作人達は理由を知らない。もしかしたら、知っているかもしれないが無理には聞かないようにした。

 そうして決闘裁判まで一週間となった。


「ん? レオナ様じゃ無いか? あれ」


 作業中の小作人達が立ち上がってそう言ってきたので、俺もそちらに目を向ける。女性にしては高身長で姿勢も良い。遠目からでもキリっとした雰囲気が漂う。そして遠くから見ても分かる。美人だ! そう言えばシュナーベル家の絵画には子供が三人描かれていた。幼児っぽいのがニコロで、一番大きい子がロミルダ、という事は真ん中の子が女騎士っぽいレオナなのか。

 そう思っているとレオナらしき女性は「ヴァンツェンツ!」と怒鳴った。


「どこだ! ヴァンツェンツ! お姉様が治めているシュナーベル領にいるんだろ! 出てこい!」


 突然、俺の正式名称を言い出して肝が冷えた。何も知らない小作人達は駆け寄って「ヴァンと言う男なら、あちらに」と俺の方をさした。

 印象を良くしようと俺は会釈しながら駆け寄った。遠くでは分からなかったが、レオナは腰にレイピアを帯刀していた。ここで嫌な予感がする。


「お前が、ヴァンツェンツか!」


 レオナは叫んで腰のレイピアを抜いて、俺に向かって走ってきた。これにはさすがの俺もビビって、すぐに踵返して逃げた。


「貴様! 逃げるなあ!」

「逃げるわ! レイピアを向けるな!」


 俺達の騒動はシュナーベル家の屋敷に居たロミルダが気付き、やってきた。


「何やってんの! レオナ!」


 この言葉でようやくレオナは止まってくれた。




***


 レオナに剣を鞘に戻して、俺達はシュナーベル家のダイニングテ―ブルで話し合いをする事になった。

 俺とレオナとロミルダは座り、ニコロとゴットフリートと小作人は外で窓から見守っている。


「ヴァン。この子は私の上の妹のレオナ。王都の貴族の女子高等学校の警備騎士なの」

「帯刀していない弱い人間にレイピアを向けるなって騎士学校で習わなかったのか?」

「お前は弱い人間には見えない、決闘士」


 スパンと言い切るレオナにロミルダは「辞めなさい」と諫め、レオナは不服そうな顔になる。どうやら次女レオナは長女のロミルダには弱いらしい。

 すぐにレオナは「私の話しはどうでもいい」と言い、俺を睨んで指を指す。


「どういう経緯でお前はここに居座っている!」

「それはさっき説明したでしょ。うちの山で彼を見つけて助けたのよ」

「それで! どうして訴えられて決闘裁判をするって事になったの? こいつを助けたから、裁判になったんじゃない?」

「そんなことは……」

「私だって色々と調べているんだよ! お姉様! こいつが来たからクズの旦那の愛人が突然、訴えてきたんでしょ! 旦那の遺産をよこせって」

「……」

「それにあんたの噂も聞いているんだよ。金持ちの伯爵家の八百長の決闘裁判で負けて暴行された決闘士が隣国に逃げたって! その追手がこの国に来ているって噂だよ」


 うわ……。そこまで知られているのか……。と言うか、八百長ってバレてんじゃん。

 

「そんな、恥ずかしい事をお姉様にさせたくないわ」

「恥ずかしいのか? 決闘裁判って」

「当たり前でしょ! あんたの国では決闘裁判がショーみたいにやっているけど、うちの国では裁判するくらいなら話し合いで決めろと言われているの!」

「……ああ、なるほど。普通はそうだな」

「あんたが来なければ、姉様は訴えられず決闘裁判に出なくてよかったの!」


 するとすぐにロミルダは「でもそのままにしたら、死んでしまっていたわ」とさらっと言う。


「それからこの男を追い出しても、あの女は訴えを取り消さないわ」

「だけど!」


 決闘裁判に対して固い決意があるような感じでロミルダは言い、レオナは黙った。

 少し沈黙が流れてレオナは「だったら!」と言い、俺を指さした。


「こいつと勝負させて!」

「はあ?」

「もしあたしが勝ったら決闘裁判には私が出る!」


 この発言にはロミルダも「ちょっと、レオナ」と慌てる。


「あなたは王都の学校を警備しているのに決闘裁判なんて!」

「仕事なんて辞める!」

「なんてことを言うの!」

「私は家がこんな事になっているなんて知らなかった。同僚から家が決闘裁判をするって聞いて、驚いたよりも悲しかった。いつだって姉様はすべて決めて一人で抱えていて、私達に苦労させないようにしてくれた。だけどその姿を見ている私もニコラも辛いし悲しいんだよ」


 レオナの言葉を俺もロミルダも黙って聞く。


「だから、こいつじゃ無くて私が戦う。姉様、いや我が家の戦いは家族である私がやらなきゃいけないんだ! 私はもう成人だし、姉様が出してくれた学費で騎士になって戦えるんだ。決闘裁判を代わりに戦う人間なんて必要ないんだ」

「分かった、いいぞ」


 珍しくロミルダが慌てて「ちょっと、ヴァン、レオナ」と言うが俺達は止まらない。


「本気でやる気なの? レオナの勝負」

「もちろんだ。こいつは騎士だ。女とかの括りとかは関係ない。騎士が宣戦布告したのなら、俺も戦うしかない」


 俺がそう宣言するとロミルダが何か言いたそうな顔になっているが「分かったわ」と納得してくれた。

 はっきり言ってロミルダはレオナに戦ってほしくないだろう。せっかく給料と待遇のいい王都の学校の警備騎士として働いているのに、職を捨てて家のために戦うなんて俺だって馬鹿だと思う。

 だがレオナの気持ちも分かる。家族が辛い思いをしているのに、何もできないなんて歯がゆいとしか思えない。俺も痛いくらい分かる。

 何か言いたそうなロミルダを残して、俺はシュナーベル家から出る。窓から見ていた小作人に話しかけた。


「おい、頼みがあるんだ」




***


「貴様、ふざけているのか?」

「ん? 何が?」

「まさか鎌で戦うつもりか」


 俺は「おう、そうだ」と答えた。俺には武器が無いので小作人たちから借りた。みんな嫌な顔をしていたし、レオナと戦うための武器だと説明しても首を傾げていたが、シュナーベル家のためだと言ったら貸してくれた。壊さないでくれよと言う忠告付きで。


「私を女だからと思って馬鹿にしているのか!」

「あのな、そもそも俺は剣を持っていないし、決闘裁判は異性同士の戦いだと男性は短剣になるんだよ」


 決闘裁判は教会が取り仕切っているのだから、ルールはどの国でも同じなはずだ。俺は女と戦う事は無かったが、その場合、男性は大きなハンデがあったはずだ。


「騎士として戦いたいのだろうけど、俺達が戦うのは決闘裁判だ。裁判のルールで行おう」


 レオナは不満げではあるが、「分かった」と答えた。

 ニコロやゴットフリート、小作人も集まって心配そうに見守っている。ロミルダが審判役になり、俺とレオナの間に来た。

 そして俺とレオナは武器を構える。レオナは剣先美しいレイピアを、俺は使い古した鎌を。うーん、戦い前に一応、研いでおいたがレイピアと比べてあまりにも落差がひどい。


 だが軽く決闘裁判のルールでやろうと言ったので、決闘士である俺の方に分がある。

 

 ロミルダが「初め!」と言った瞬間、レオナはすぐに動き出した。

 素早い動きのレオナの剣先が俺の首に突き刺さろうとした瞬間、ビビって大げさに体ごと避けた。だがレオナにとって俺の動きは分かっていた。体ごと避けた俺をすぐにレオナは捕らえて、剣を横なぎに向かってきた。


「うお! ヤベエ!」


 情けない声を思わず出して、大きく後ろに下がった。しかも腰が引けてしまった。

 戦う前はレオナを【女だから】とか考えていないと思っていたけど、今になって思う。無意識に心の隅で【女だから大したこと無いだろ】と考えていた。そうだった、こういう油断が決闘士の生死を分けるんだった。

 レオナは再び、腰が引けた俺に向かって剣を突き立てる。動きも惚れ惚れするくらい綺麗である。すぐに俺も体勢を整えて、レオナに向かえ討つ。持っている鎌、では無くブーツの底で。


 ドス!


 俺をボコボコにした奴らに感謝しないと。あいつらは俺の剣とか財布とか持って行ったが、このしっかりとした作りのブーツをそのままにしてくれたのだ。まあ、このブーツを売っても大した金にはならないが、買った時は結構いい値だったのだ。その証拠にレオナのレイピアの剣先をブーツの底で抑えられているのだからな。

 ブーツで防いだレイピアを見てレオナは「はあ?」と戸惑い声を出した。

 俺はブーツの底に刺さったレイピアを地面に踏みつけ、レオナの手からからレイピアを離す。

 そのままの勢いでレオナの首に鎌を突き付けた。

 

「ちょっと! 何で! 剣で戦わないのよ!」


 なすすべもないレオナは怒鳴った。剣で戦う誉れ高き騎士として、もっともな言い分だ。だが俺はクズな決闘士である。怒るレオナに俺は呆れながら踏みつけていたレイピアを離して、「戦う前に言っただろ」と前置きしながら説明する。


「決闘裁判のルールで行うって。決闘裁判ってのは、武器は剣のみだが普通に素手で殴ったり、玉蹴りもするぞ。もしかしたら女の子だったら変な所も揉まれるかもな」


 ゲヘヘと嫌な笑みを浮かべて胸を揉む変態おやじのような動作をすると、レオナは真っ赤な顔をしてレイピアを拾って振るってきた。動きも分かりやすいのですぐに避けたのだが、ちょっと危なかった。

 潔癖なレオナに俺は諭すように言う。


「俺はまだ紳士だぜ。他の決闘士はそう言う事をやっている奴もいるんだからな。それに品行方正な騎士の戦いでは無いんだよ、決闘は。だから専門家である俺に任せろよ」

「だけど!」

「お前が歯がゆいの分かるさ。一大事なのに何にも出来ないってのは。でもお前がケガして、辱めを受けて、騎士どころか外に出られない事があったらロミルダが一番悲しむだろ」

「……」

「嫌だろうけど、俺に任せてくれないかな。お前らが納得できるような結果にするから」


 クズな決闘士の心の隅にかき集めた誠心誠意な思いを口にすると、レオナは渋い顔をしていたが「分かった」と言った。




***


 シュナーベル家の裏庭でレオナが「ヴァンツェンツ」と俺の名を言って、話し出す。


「元々男爵の貴族の子だったみたい。だけど当主だった父親が亡くなって、彼の叔父が当主になったらヴァンツェンツと母親は家を追い出されたみたい。一応生前、彼を当主にする遺言書があったり、祖父も次期当主にすると言っていたのに反故されちゃったみたいなの」


 レオナの話しにロミルダが「結構、可哀そうな生い立ちなのね。彼」と相打ちを打つ。どうやらレオナが調べてきた俺の情報を話しているようだ。

 噂をすれば影が差すという言葉がある通り、俺はシュナーベル家に忘れてきた小作人の鎌を取りに来たのだが、ロミルダとレオナが喋っているので取れないのだ。女々しく隠れているしか出来ない。


「その後、彼の母親は親戚の家で働きだして、苦労して彼を育て上げて月謝の高い騎士学校へ行かせたみたい」

「……それで、彼は騎士になれずに決闘士になったのね」

「平民だったらヴァンツェンツは騎士になれたのよ。騎士学校でも優等生だったらしいし、騎士試験ではトップだったから、かなり話題になったらしいの。だけど隣国の貴族が騎士になるには寄付金を納めないといけないの」

「……」

「彼は寄付金を収められず、母親も亡くなり、その日暮らしの決闘士になった」


 淡々と語るレオナにちょっと好感を持った。この話しをされると哀れな身の上で同情されたり、それでも決闘士を選ぶべきでは無いと激怒されるのだ。

 確かにレオナが語った過去はその通りだ。母親は俺を騎士にするために、身を粉にして働いていた。そして俺は隠れて仕事をしつつ努力して騎士になろうとした。

 だけどこの世はすべて金だった。一応、貴族の血を引いていた俺や母親には金が無く、貸してくれる人も居なかった。そもそも俺達はそんな事実を知らなかった。暗黙の了解のようなものだったから、誰も教えてくれなかったのだ。平民だったら寄付金が無くても入れたのだが、貴族である事が周りにバレていたので隠して騎士になる事も出来なかった。

 失意の中、母親は亡くなり、俺は形見のロザリオをもらった。


 その後の俺は職を探したが見つからず、途方に暮れていた。元々いた親戚の家も仕事は無いと言われて、追い出されてしまった上に紹介状も書いてくれなかった。

 平民の世界も大体はコネクションが必要だ。だから飛び込みで仕事をくださいと言っても無理な話しなのだ。しかも俺は貴族の人間と平民はすぐに見抜いて敬遠してしまうのだ。

 何か仕事をと焦っている時、決闘士になってくれとある貴族に頼まれた。

 決闘士と言うのは褒められた職業ではないという事、一度引き受けたらずっと決闘士として生きていかないといけない事を知っていた。だがもう金も無いし、仕事をしないといけない。そう思って、俺は引き受けた。

 結果的にこの決闘裁判は俺が勝ち、かなりのお金をもらった。でもこれで決闘士以外の仕事しかできない。こうして俺はならず者のクズな決闘士になった。


 何とも不幸な身の上にロミルダは言葉を失う。それにレオナは軽く笑って、「でもあいつを同情する事なんてしなくてもいいわ」と言った。


「実を言うとね、隣国の決闘裁判をショーのようにしたのはヴァンツェンツなのよ。決闘裁判で彼を追い出した実家を訴える貴族の代わりに戦ったり、寄付金で腐敗した騎士団を集団訴訟する時の代表やっていたり……。こういった事情があると周囲って盛り上がるのよね」

「……そう」

「何で暗い顔をしているの? ロミルダ姉様」

「彼は本当にショーとして決闘裁判をしたのかしらって」


 胸に突き刺すような指摘だった。更にロミルダは続ける。


「もし彼が過去を使ってショーのようにしたのなら、私の元旦那のように嘆いて周りに教えまわっていると思うの。でも彼はここに来て、決闘士だったことしか言っていないもの」


 ロミルダの指摘は正しい。俺は過去を嘆くことも怒る事も無かった。周りが調べて言い出した事だ。正直、ほっといてほしいくらいだった。それに決闘士とは負けたら死のみだ。

 悲惨な過去も死んだら無くなる。それだけさ。

 不意にある男を思い出した。


『なあ、あんた、決闘士について全然知らないだろ?』


 決闘士になって最初の裁判で勝てた俺に気さくに話しかけた男がいた。男はキースと言い、『何なら俺が教えてやろうか?』と言われた。詐欺かなって思ったが、俺はキースの言葉に乗る事にした。

 それからキースに決闘裁判と見ながら解説をしたり、契約書の読み方を教えてもらったり、など結構有益な情報ばっかりだった。

 

 だけど決闘士は負けるまで戦う。請け負った裁判で、キースは頭を剣で強く打たれてそのまま死んでしまったのだ。

 決闘士は葬式なんてしないで、森の奥にゴミのように捨てられる。

 キースの遺体を運び見送った俺は餞別と人生の区切りをつける為に、母親の形見であるロザリオをキースの死体に置いた。

 これで俺は過去を縛る物は無い。心置きなく命を懸けて戦える。

 そう決意して、俺は決闘士を続けた。


 そして俺は二十年決闘士として戦って、過去を暴かれて周囲から復讐だ、ジャイアントキリングだとか煽られて戦った。負けるまで、死ぬまで、戦う。そう思っていた。


 だが負けたくせに、こうして生き延びた……。


 首につけていたネックレスのロザリオを出した。母親の形見で、餞別としてキースの遺体に置いたロザリオだ。

 俺の指よりも細く小さなロザリオをあの森で再び見つけた時、また生きようと思ったんだ。

 クズなんだから潔く死ねばよかった。いや、クズだから、生き汚いのかもしれない。だから死ぬ前の餞別としてロザリオがあったのかもしれないけど、俺は生き延びたいって思ったんだ。





 過去を思い出していると「やっぱり、ヴァンだ!」とゴットフリートの声が後ろから聞こえてきた。この声で話していたロミルダとレオナも俺に気が付いた。


「あ! あんた、盗み聞きしていたの?」

「していないって、今来たとこ」


 俺は取り繕う笑みを浮かべながら誤魔化すが、ロミルダとレオナは怪し気な目を向けている。そんな時、ゴットフリートが「ヴァン、ゲヘヘへ」と言ってレオナとの決闘の際にやった俺の変態おやじの真似をする。俺も一緒になって真似をして、二人で大笑いをする。

 これにはロミルダが「ヴァンの真似しないの。もう」と呆れ顔で言った。仕方がないだろ、子供は大人のしょうも無い事を真似するんだから……。


「それでヴァン。なんでここに来たの?」


 レオナが疑わしそうに言うので、俺は裏庭にあった鎌を取りながら、「これを取りに来た」と答えた。そして重大な事も聞いておく。


「それと剣とか無い? ロングソードとか」

「え? 剣?」

「そう。俺、剣は持っていないんだよ。決闘で負けた後、取られちゃって。多分、貴族だからあるだろ? 父親とか祖父とか物でもいいんだ。持っているんじゃないのか? ちょっと貸してくれないかな?」


 ミルダの表情は固まり、「あ、そうか。決闘だから剣が必要なんだ」と言って珍しくオロオロしていた。レオナも「え? 嘘でしょ?」と戸惑う。不穏な空気の中、ゴットフリートだけが「ゲヘヘ」とご機嫌に笑う。


「え? もしかして、無いの?」


 俺の質問にロミルダは絶望的な顔で頷いた。




***


 決闘裁判、当日。俺とロミルダは馬車に乗って、隣の領へと向かう。ちなみにニコロとレオナ、ゴットフリートは留守番だ。

 初めて隣国から伸ばされた長く真新しい道を馬車で走っているが、ゴトゴトと揺れも無くスムーズに走っている。綺麗な道で丁寧に作ったのだろう。

 ロミルダが「大丈夫かしら」と珍しく不安げにそう言った。


「これで戦う事になるなんて……」

「別に大丈夫さ」


 珍しくロミルダはしおらしい態度で「はあ、申し訳ないわ」と言った。俺は肩をすくめて笑い、こういった。


「お前を恨まないよ。恨んでいるのはお前の旦那さ。もし決闘で死んだら、あの世で旦那をぶん殴ると思う」

「その時は私の分まで殴ってね」


 そう。シュナーベル家には一応、ロングソードがあったのだ。だが旦那がいつの間にか、持ち出して換金してしまったのだ。ここまで来るとクズの決闘士ですら「最低だな」と呟いてしまう。

 だが絶対に剣を使うという訳じゃ無いから、大丈夫だろ。


 牧歌的な麦畑が広がるシュナーベル家の領地を見ながら、俺は「なあ、何で俺を助けたんだ?」と聞いた。


「小作人たちから聞いたぜ。俺を助けた後、俺を探す奴らが来たんだってね。お前は居ないって答えたら、旦那の愛人に訴えられたって」

「……」

「普通に考えたら俺を引き渡した方が良かっただろ。そしたら、こんなつまらねえ決闘裁判に引っ張り出されることは無かった」

「……」

「……もう言っちゃうけど、旦那の遺言書に書かれていた証人の伯爵は俺の因縁の相手なんだよ。八百長で負けろってある伯爵に言われたけど、俺は断ったんだ。そしたら伯爵とグルだった原告の奴が俺に薬を盛ったんだ。それで立ち眩みで攻撃を受けきれず俺は負けた。その後、八百長を指示した伯爵に引き渡されてボコボコにされて山に捨てられたんだ。あの伯爵は俺を徹底的に倒すため、この茶番のような決闘裁判を起こしたのさ。あんたの旦那の愛人を煽ったんだろうな」

「そう」

「……もっと恨み言とか、無いのか?」

「無いわ。だって私、クズな人間の言動には慣れているもの。それにあなたが逃げても、決闘裁判でうちの旦那に遺産なんて無いって言うつもりだったし。彼の借金の明細書なども持って来たわ。本当は和解協定の時に話したかったけど彼女は結局来なかったからね」


 そう言ってロミルダは得意げに無骨なカバンを叩く。準備が良いな。いや、俺の聞きたい話題がそれてしまった。

 もう一度、「何で俺を助けたんだ?」と聞き、軽口で「旦那にでも似ていたか?」と言った。


「フフッ……、自惚れないで」


 苦笑してロミルダだったが、ほんの少しだけ声が震えていた。


「私の旦那はね、顔が良いの。誰もが振り向くくらい美形だったわ、そして嘆く姿も様になっていた。あんたみたいにゴットフリートをおんぶして遊んだり、ニコロに勉強を教えたり、女騎士のレオナを見下さなかったり、気さくに領民と話す。そして約束果たして決闘裁判に出てくれる。あいつには出来ないわ。本当に顔だけがいい男だった」

「……」

「あんたを助けたのは自己満足にすぎないの。あのね旦那が死ぬ数日前に彼の愛人が来たの。『あの人が病気になった。でも医者に診てもらうお金が無い。貸して』って。だけど、うちにもお金が無かった。それに昔、それを言ってお金を騙し取った事があったの。だから私は嘘だと思って門前払いをしたの」

「……」

「でもあいつは三日後に死んだわ。私は遺体を引き取って、すぐに葬式の手配もすべて自分でやって忙しかった。父も母も亡くなっていたから、自分一人でやらないといけない。だから、忙しくて泣く暇なんて、無かった。でも葬式中に隠れて来ていた愛人が泣きながら『何、平然としているの』『あんたは冷血な女だ! 涙一つ流さないで』『お前が医者にかかるお金を渡さなかったら彼は死んだわ』『お前が殺したのよ』って私を平手打ちして怒鳴ったの」


 語る彼女の目から静かに涙が流れた。


「愛人を追い出して、周りの人は『そんな事無い』って言ってくれたけど、確かにあの女の言う通りだった。あの時、私がお金を貸していれば旦那は死ななかった。そう思った瞬間、私が殺しちゃったんだ……って、ものすごく後悔したの」

「……悪かったな、こんな話させちゃって」

「いいの。私がもっと上手く、あんたの質問を答えれば良かっただけだから。そう、だから人が倒れて死にそうだと言われた時も、あんたを尋ねてきた人が来た時も、旦那が死んだ時の事を思い出したの。私の決断が、人を殺すかもしれないって……」


 そしてロミルダは「うん、やっぱり自己満足ね。あなたを助けたのは」と言って涙を拭いた。

しばらくの間、馬車内は静かだった。ロミルダが鼻をすする音、車輪の音だけが響いた。そんな静かな音の中で俺は言葉を紡ぐ。


「あんたは旦那を殺しちゃいないよ」

「……」

「でも、クズな俺がそんな事を言っても後悔が消えることは無いだろうな」


 スッとロミルダは俺を見据えた。


「だけど俺はボコボコにされて山に捨てられた後、また生きたいって思ったんだ。決闘士は負けたら死のみしか道は無いのに。それでも立ち上がって、ここまで歩いちまった」

「……」

「あんたの家で過ごした日々は良かったよ。クズな決闘士がこんな素朴で穏やかな日々を過ごしていいのか不安になっちゃうくらいには。ここまで生き延びさせてくれてありがとう、ロミルダ。絶対に勝つまで戦うよ」


 ロミルダはクスっと笑って、首元からネックレスを取り出した。ネックレスには指輪が二つ通っていた。その一つを見せる。


「実はね、この結婚指輪は旦那の物なの。これがあいつの残した最後の財産。これを守るために戦って、ヴァン」


 俺は少し笑って「仰せのままに」とかしこまった騎士の感じで言った。




***


 よく決闘裁判を行っている俺の国では立派な闘技場で傍聴人と言う名の観客用の簡単な椅子もあり、更に豪華な貴族用の観客席もあった。


 だがロミルダの裁判では闘技場は丸い縁になっており、簡易的な柵が置かれていた。

 何せ、年に数回しか決闘裁判をしないので簡単な作りの闘技場な上に、観客席は立ち見になっている。そしてもちろん貴族用の観客席など存在しないので、近くの貴族の邸宅の一部屋を借りてオペラグラスを持って見るようだ。

 また闘技場の周りには食べ物を売る露店まであるので人々は立ち寄っている。まさにお祭りのようだ。

これを見てロミルダは「本当に見世物ね」と言った。


「まあ、平民にも分かりやすい娯楽だからな」

「ちょっと嫌な気持ちになる。私は真剣なのに、周りは面白がっているように思えて」

「人の不幸は蜜の味さ」


 そう言いながら俺は露店の奴らを眺める。全員とは言わないが、何人かは八百長を仕掛けてきた伯爵が贔屓している商人ばっかりだ。

 更に決闘裁判を行われる領主がロミルダに会釈をする。その領主の隣にいた奴に気が付いて俺は不味いと思い、身を低くした。

 領主と話していたのは八百長を仕掛けていた伯爵だったのだ! 恐らく俺が負けるのを見に来たんだろう。

 それにしても、この地の領主と伯爵は仲良く話しているな。もしかしたらこの裁判を足掛かりに、伯爵はこの国の決闘裁判をショーにしてお祭りのようにするのかも……。

 イヤな事を考えながら、俺とロミルダは闘技場へと入った。闘技場にはすでに原告である女性、ロミルダの旦那の愛人と見覚えのある決闘士がいた。

 愛人はものすごく強気な雰囲気の女性なのだろうと勝手に思っていたのだが、目の前にいる彼女はとても不倫をしないような感じの女性だった。……薄化粧って言うのもあるかもしれない。ロミルダと同じくらいの年齢だろう。

 俺と目があった瞬間、相手側の決闘士は「ヴァンツェンツ!」とでかい声で呼んだ。


「森でボロボロになって死んだって聞いたから心配だったよ。だがこうして生きている所を見て、俺は嬉しいよ。今度こそ息の根を止めてやる!」

「……」

「おい! 何とか言えよ! 負け犬、ヴァンツェンツ!」


 うるさいなと思いながら「どちら様?」と俺はとぼけたように言った。


「あと、俺の名前はヴァンだ。ヴァンツェンツじゃ無いよ」

「はあ? どう見たって俺達の国で無様に負けたヴァンツェンツだろ、お前! 俺にこっぴどく負けたから記憶が失っちゃったのか?」

「と言うか、こんなアホなお前の顔と名前なんて覚えるだけ無駄に決まっているだろ?」


 そう言いながら、俺は今までロミルダやレオナから聞いた話から導き出した、この茶番の決闘裁判を原告とその決闘士、傍聴人と言う名の観客達に大声で言う。


「お前が言っていたヴァンツェンツが負けた試合で早速、八百長がバレたんだろ? 散々決闘裁判をショー化して、観客と露天商を盛り上がらせて、話題にさせて。本来、決闘裁判は神に問う戦いだ。それを娯楽にしていたら神もキレるよ。まあ、その前に国王と教会がキレて決闘裁判や契約書のルールが厳格化しちゃったらしいな!」


 鼻で笑いながら、遠くで見ている伯爵に聞かせるくらい大きな声で言う。あいつは高位貴族だから、近くの屋敷でオペラグラスを片手に優雅に見ているからだ。


「今回の裁判なんておかしい所ばっかりだ。被告の旦那はずっとこの国にいたくせに、隣国の伯爵となぜか知り合って、愛人に遺産を渡すって言う遺言書の証人になっている。被告の旦那は貧乏貴族の婿で、実家も隣国の伯爵と知り合いでもないらしいぞ! どうやって知り合ったんだろうな! 決闘裁判なんてしなくても、この遺言書は偽物だろ! 死んだ後に偽造して作られた遺言書だ!」


 原告の愛人な真っ青な顔になり、その決闘士は「黙れ! ヴァンツェンツ!」と怒鳴る。だが俺は黙るつもりなんて一切なく喋る。


「今回の裁判徴集命令が出る前日、教会に納めている被告のロミルダとその旦那の結婚時の誓約書を借りたいと言ってきた者がいる! 次の日、帰ってきたがインクが落ちた汚れがあったようだ! もしかしたら遺言書の書類のサインは、その誓約書を真似て書いたんじゃ無いか」

「黙れって言っているだろ! ヴァンツェンツ!」

「この方法は隣国で決闘裁判を起こすためにやっていた偽造だ。思いっきり偽物だが本物かどうか真偽不明で決闘裁判を起こすのさ。だがこの偽造が横行したから隣国は契約書などの証人が必要な書類は複数枚書いて、教会などに保管してもらう決まりになったらしい。この国でも導入した方がいいんじゃないか? そうしないと、ここで商売している奴は変な契約書を出されて訴えられるかもしれないぞ!」


 俺の告発にざわざわと観客は騒いだ。当然だ。自分のあずかり知らない所で偽物の契約書が書かれて裁判を起こされるなんて最悪である。【すべての人々は自分の証明しようとする真実を剣で守り、甘んじてこの裁きを受ける用意を持つべき】と言うが、人生のうちでそんな覚悟なんてしたくも無いし、やりたくも無いのだ。

 そして俺は相手の決闘士に言う。


「何を吹き込んだのか分からねえが、俺達決闘士は偽造して決闘裁判をやるように勧めたり煽ったりする仕事じゃねえぞ! 俺達の仕事は弱い人間の正当な主張と権利を守るために戦う! それだけだ!」


 その時「決闘士は私語を慎むように! 場合によっては退場もあり得ますよ!」と牧師が注意をして入ってきた。見ると八百長をしていた伯爵が贔屓にしていた牧師だ。

 神に問う裁判なので審判が牧師なのだが、こいつは賄賂を渡せば有利な審判をしてくれるという噂がある。……牧師としてどうなんだ? と思うが、やっぱり牧師も人間って事なんだろう。

 賄賂牧師は仕切り直しで咳ばらいを一つして、「それでは」と続けた。


「宣誓を行います。原告被告の方は闘技場中央に集まってください」


 牧師の言う通り、俺達は集まる。

 ロミルダの顔を見ると顔がこわばっていた。闘技場に入ってから、ずっと喋っていない。緊張しているんだろう。

 俺はロミルダの肩を軽く叩いて「緊張している?」と聞く。すると黙って頷いた。


「図太く行こうぜ。これで勝ったら『シュナーベル家の小麦粉は世界一』とか宣伝する想像でもしよう」

「フフ、何それ」


 ようやくロミルダは軽く笑った

 俺達は賄賂牧師のいる闘技場の中央に集まった。牧師は「まずは原告の方は聖書に手を置いて、宣誓をお願いします」と言い、原告である愛人は弱弱しい女性を演じているのか、小さな声で宣誓をする。

 次に被告のロミルダが宣誓する。


「神よ。私の夫、ゴットロープは生前遺言書など残していない事を決闘で証明させたいと思います。だからどうか私達に力を貸してください」


 ロミルダは胸を張ってしっかりとした声で言い、観客や近くの屋敷で見ている八百長伯爵達も聞こえていただろう。


「それでは決闘を始めたいと思います。決闘士同士の戦いになるため、原告と被告は自分の場所へ戻ってください」


 宣誓が終わったので牧師はそう言い、闘技場の柵の中にある原告被告用の台座を牧師見習いたちが素早く置き、ロミルダと愛人はそこに立った。

 そして俺と厳つい決闘士は審判の前で剣を構えるのだが……。


「おい、何だよ、それ?」


 半笑いで原告の決闘士は俺の持っている剣を指さした。するとロミルダのため息が後ろから聞こえてきた。多分頭も抱えていると思う。

 そう、俺が持って来た剣の代わりは薪割りをする斧なのだ。シュナーベル家の屋敷や小作人達に刃物はあるかと聞いたり探し回った。レオナがレイピアを貸すと言ってくれたが、乱暴な俺だと壊しそうだ。だが一番まともそうな物が斧しか無かった。

 決闘裁判のルールを調べても大丈夫だったし、審判も何も言っていないから平気だろ。

 原告の決闘士はまだ馬鹿にしたように笑っているので俺は澄ました顔で「ハルバードだよ」と答えた。


「はあ? どう見たって、ただの普通の斧だろ! これのせいで負けたって言い分けするのか?」

「……お前は剣じゃ無いと戦えないのか? 弱いから」


 俺の挑発に厳つい決闘士は「そんな訳ないだろ!」と怒り、審判は「私語は慎むように」と注意された。

 そして斧と剣の刃先は触れ合う位置につくと、審判は厳かに言った。


「初め!」




***


 審判である牧師が「初め!」と言った瞬間、相手が素早く剣を振り下ろす。すぐに俺は剣を斧で防ぎ、そのまま鍔迫り合いのような形になり、奴のロングソードの刃と俺の斧の刃が合わさった。

 膠着状態の時、こいつと戦った時の事を思い出した。

 こいつの剣は遠目から見ればロングソードだが、近くで見ると剣幅や長さが長い。そして重たい! 騎士の競技大会だったら余裕で失格になるが決闘裁判は武器に対してのルールは大雑把なのだ。

 俺が毒を盛られてめまいがした時に戦ったんだか、こいつはかなりの馬鹿力だった。今も膠着状態でこいつの押し出そうとする剣の強さに、俺の治りかけの腕の骨が悲鳴をあげている!

 俺は奴の剣を横に避けた。押し返せないで逃げた俺に奴は鼻で笑う。フン! 随分、余裕そうだな!

 すぐに俺は斧の刃を横にして、横なぎに斧を振るう仕草をする。


「遅いわ!」


 俺の攻撃を見切ったと思っている奴はすぐに剣を上に振るう。普通に俺が斧を振るっていたら、恐らく弾かれるだろう。

 だが俺は横なぎの構えはフェイントだ。奴の大ぶりな技が決まる前に、俺は持ち方を変えて奴の間合いに入って、足を踏み込み、思いっきり斧の柄の部分をみぞおちにぶち込む! 

 俺の放ったみぞおちの攻撃に、奴は「グエ!」と汚い悲鳴をあげて剣を取り落とす。一瞬動きが止まった奴に、俺は今度こそ横なぎに斧を振るう。ただ刃の部分ではなく斧頭の方で。

 わき腹を思いっきり打ち込まれた奴はあっさりと倒れる。剣を握るどころか立ち上がる事も出来ない。腹を抱えているだけだった。

 呆然と見ていた牧師は「はあ? こいつ、手負いじゃないのか?」と呟いて俺を見る。ギロッと俺は牧師を睨んで「おい、さっさと判決させろよ」と凄んだ。


「勝者、被告のロミルダ。よって遺言書は無効」


 賄賂牧師の判決を言い、観客が「おお」と言う歓声の中、ロミルダは静かに微笑んだ。

 終わった……と思いつつ俺はロミルダの方へと向かうと「何でなのよ!」と金切り声が後ろから聞こえた。振り向けば、原告の愛人が膝をついて泣いている。


「何で!」


 彼女の声を気にしないで俺はロミルダの方へ行って、「戻ろうぜ」と言う。ロミルダも「そうね」と言い、台座から降りる。

 何にも言わないロミルダに苛ついたのか愛人は「あんた!」と怒鳴った。


「ロープを殺して、平然と生きてんじゃないよ! 彼はあんたの事を最後まで思っていたのに!」


 ロミルダが立ち止まり、愛人の方に目を向けた。俺は他人だから何も言わないで愛人の言葉を待つ。


「彼が最後にあんたの名前を呟いていたのよ! 私の名前じゃない、あんたの名前を! あんたは医者に見せるお金を出さない冷血女なのに。そんな酷い人間の名を呼んで、私を呼んでくれなかった! 彼は冷血なあんたの事を一番愛して……」

「彼も私の事を愛していないわ」


 ロミルダは澄んだ声で、愛人の言葉を被せた。


「ロープは、私の旦那は、誰の事も愛していないわ。愛しているのは、政略結婚をさせられた可哀そうな自分だけ」

「……でも、最後に名前を呼んでいたのよ!」

「それは助けてほしくて私を呼んだにすぎないわ。本当に愛していたのなら、ずっと私の傍に居た。あなたなんかに見向きもしないでね。あいつは中途半端な人だった。本当にあなたを愛していたのなら、駆け落ちだってするでしょう。だけどしないで私から金をせびって、あなたと遊ぶだけ。何にも覚悟が出来ていない人だった」

「何よ! ロープを殺したくせに!」

「そうね。私があなたの言葉を信じて、お金を渡せば良かったわ。ずっと後悔している」

「……何で、何で、ロープは最後に、あんたの名前を……」


 愛人はそう呟きながら膝をついて泣いた。この人は遺産が欲しかったわけじゃ無いんだろうな。最後に名前を言ってほしかった。ロミルダの名前を言わないでほしかった。それだけなのだろう。

 ロミルダと俺は闘技場から静かに去った。




***


 それから一か月ほどシュナーベル家の屋敷で過ごした後、俺はここを去る事に決めた。夜中、こっそりと居なくなろうとしたがロミルダに見つかり、結局、みんなで朝食を食べてから出る事になった。


「色々とありがとうね」


 どこか切なそうな顔で見るロミルダ。……なんか、こういう雰囲気になるのが嫌だから一人でこっそり出て行こうと思ったのに……。

 するとゴットフリートが「おんぶして」とねだってきた。よし、最後のおんぶだ。

 ゴットフリートをおんぶしながら、あの決闘裁判後の事を思い出す。と言っても、シュナーベル家は何にも起きなかったけど。


 だが八百長伯爵は文書偽造などを勧めたり、決闘裁判の八百長などで国王から直々に注意を受けて、爵位を親戚に渡して僻地に隠居しているというニュースを聞いた。フン、調子に乗っているからこうなるのさ。

 この国でも誓約書などの文書のルールが厳しくしようとする動きがあり、簡単に決闘裁判を起こさないようにしようと王も考えているようだ。

 愛人は特にアクションを起こしていない。このまま真面目に働くかゴットロープ以上のいい男を見つけて恋愛していてほしい。

 ちなみに愛人側の決闘士は、また別の国へ行ったと噂を聞いた。もしかしたらシュナーベル家に襲撃でもするかと思って一か月くらいいたのだが、また別の国に行ったと聞いて拍子抜けした。俺達の国では決闘士は負けたら【死】だが、この国ではそんなルールは無いらしい。また別の国で決闘士でもするのかな。俺のあずかり知れない所で戦ってくれ。


 最後のおんぶを終えてゴットフリートを降ろす。さすがに俺が居なくなるというのが分かるのか、ちょっと切なそうな顔でロミルダの所へ戻った。

 ちょっと涙目のニコロはもちろん、仕事を休んできてくれたレオナも一緒に来て俺を見送ってくれた。

 ロミルダが「これ!」と言って紙に包まれた物を渡した。


「サンドイッチ。お昼に食べてね」


 俺はすぐに受け取って「おう、ありがとう!」と顔がほころんだ。

 するとすぐにお別れの言葉が俺に送られる。


「ありがとうな」

「勉強、見てくれてありがとうございました」

「また、おんぶ、してね」


 レオナやニコロやゴットフリートが笑顔でそう言い、俺はちょっとしんみりした。あーあ、クズな決闘士なのにお礼言われたり、慕われるなんて……。無様に生き延びて、ちょっとだけ良かった。

 ロミルダと目が合うと「今までありがとう」と言ってくれた。


「おう、じゃあな」


 俺はまたすぐに会うような感じで別れを告げた。




 馬車に乗ってシュナーベル領から、ずっと離れた場所で降りた。シュナーベル領と同じあたり一面の小麦畑が広がっている。

 大きな木の下で、俺はロミルダからもらったサンドイッチを食べる事にした。パンにはさんであるのはハムとチーズだった。シンプルではあるが美味そうだ。サンドイッチを取ると、下に小さな封筒を見つけた。そこには不愛想に【謝礼】と書かれてあった!

 おお、ロミルダ! 命を助けただから、依頼料は無いと言っていたが用意してくれたのか! 思わず笑みがこぼれちまうぜ!

 ウキウキで封筒を開けて中身を出すと、コロンっと俺の手のひらに銀色の指輪が出てきた。

 

 え? もしかして……。

 

 戸惑いながら指輪の内側を見ると、ロミルダの名が書かれていた。あいつ! 自分の結婚指輪を謝礼にしやがった!

 ロミルダは自分と旦那の結婚指輪をネックレスにかけて首につけていた。つまり今は旦那の指輪のみを首にかけて、自分の指輪は俺に持たせたのか……。


「……」


 俺はネックレスにロザリオと指輪を通して首に書ける。


 さてこれからどうしよう?


 いや、次の行動を考えなくたって分かっている。

俺はクズな決闘士だ。負けるまで、死ぬまで戦う。

 そして弱い人間の正当な主張と権利を守るために戦うだけさ。

 








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― 新着の感想 ―
昔の洋画みたいな話で面白かったです。 ロミルダは女性とみて甘くみる周囲や小作人に囲まれてまだまだ苦労しそうだけど、子ども達が良い子なので成長して跡を継ぐまで頑張って欲しいです。 色んな人の心に傷を…
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