――第八章 裁きの声
それは、予告もなくやってきた。
焚き火の火が落ち着き、人々がそれぞれの眠りに入ろうとしていた頃、
遠くで、規則的な足音が響いた。
――複数。
反射的に立ち上がり、瓦礫の陰に身を隠す。
闇の向こうから現れたのは、武装した集団だった。
軍の残存部隊。
統制の取れた動きが、それを物語っている。
「生存者を確認」
低い声が、空気を切る。
逃げ場はない。
ここで隠れても、時間稼ぎにしかならない。
「……俺が出る」
誰かが止める前に、僕は前に出た。
懐中灯の光が、顔を照らす。
次の瞬間、銃口が一斉に向けられた。
「名前と所属を言え」
「元・特殊観測部隊。コードネーム、カイ」
ざわめきが起きる。
「――因子保持者の処理担当か」
声に、明確な敵意が混じる。
「そうだ」
否定しなかった。
「彼女はどうした」
一拍、間が空く。
「……死んだ」
その言葉だけで、空気が凍る。
「なら、なぜ世界は止まった」
問いは、核心だった。
「偶然じゃない。
誰かが、最後に引き金を引いたはずだ」
「俺だ」
銃を下ろし、両手を見せる。
「ただし、
“撃たなかった”という意味で」
理解されるまでに、数秒かかった。
「ふざけるな」
一人が叫ぶ。
「お前が、任務を放棄したせいで――」
「多くが死んだ」
言葉を遮る。
「それは事実だ」
否定しない。
言い訳もしない。
「裁くなら、俺一人でいい」
沈黙が落ちる。
隊長らしき男が、一歩前に出た。
「……彼女は、自分の死を理解していたか」
質問の形をしていたが、
本当は“確認”だった。
「理解していた」
正確には、
理解しようとしていた。
「それでも、逃げたのか」
「逃げたのは、俺だ」
即答だった。
「彼女は、最後まで、
誰かを責めなかった」
銃口が、少しだけ下がる。
「……処刑すれば、気は済むか」
誰かが呟く。
「英雄に仕立てれば、納得するか」
どちらも、違う。
隊長は、長く息を吐いた。
「今、この世界に必要なのは、
正義じゃない」
視線が、生存者たちへ向く。
「生き延びるための手だ」
銃が、完全に下ろされる。
「お前を罰する余裕はない」
安堵よりも、重さが来た。
「だが」
隊長は、僕を見る。
「お前が背負うものから、
逃げることは許されない」
「……承知している」
それで十分だった。
部隊は、夜明け前に去っていった。
連行も、裁きもなかった。
残ったのは、
“生きろ”という、最も重い判決だけだ。
焚き火のそばで、僕は座り込む。
ユイの言葉が、胸に蘇る。
――世界を嫌いにならないで。
「……簡単に言うな」
空を見上げる。
それでも、
裁かれずに生きるということは、
選び続けることと同義だ。
誰かを救うか。
見捨てるか。
世界は、まだ僕に問い続けている。
そして僕は、
答えを先延ばしにすることを、
もう許されない。
夜が、ゆっくりと明けていく。
罪を背負ったまま、
それでも続いていく朝が、
確かに、ここにあった。




