――第七章 君が残したもの
街の中心部に、かろうじて原形を留めた建物があった。
旧行政庁舎。
人が集まるには、都合がいい。
生存者は、二十七人。
子どもが四人、年寄りが六人。
誰もが、何かを失っていた。
「食料は、三日分くらいか」
誰かが言う。
「水は?」
「集めれば、なんとか」
会話は淡々としていた。
感情を挟めば、壊れてしまうからだ。
僕は、彼らから少し離れ、壁にもたれて座る。
指先に、紙の感触が残っている。
――ユイの絵本。
彼女を埋めたあと、墓から一度だけ持ち出した。
盗んだみたいで、罪悪感があった。
それでも、手放せなかった。
ページをめくる。
最後の白紙の裏に、小さな文字があった。
「……?」
見覚えのない筆跡。
いや、よく知っている。
《カイへ
これを読んでるってことは、私はもういないね》
息が、止まる。
《ありがとう。
ちゃんと、最後まで一緒にいてくれて》
喉が、ひどく痛む。
《世界のこと、正直よくわからなかった。
でも、あなたが選んだなら、それでいい》
選んだ。
彼女は、最初から気づいていた。
《ね、お願いがあるの》
お願い。
それは、命より重い言葉だ。
《私のことで、世界を嫌いにならないで》
視界が、滲む。
《世界が全部ダメなら、
私が生きた意味、なくなっちゃう》
手が、震える。
《だから、誰かを助けて。
一人でいいから》
ページは、そこで終わっていた。
絵本の物語は、未完のまま。
「……ずるいな」
声が、掠れる。
彼女は、最後まで自分のことを後回しにしていた。
「カイ」
背後から、声がした。
振り返ると、昨日出会った男が立っている。
「子どもが、熱出してる」
「案内してくれ」
すぐに立ち上がる。
瓦礫の部屋の隅で、少女がうずくまっていた。
額に触れると、熱い。
「……怖い」
小さな声。
その瞬間、胸の奥で何かが重なる。
「大丈夫だ」
そう言った声は、
あの日、瓦礫の下でユイに向けたものと、同じだった。
水を与え、持っていた薬を使う。
完全じゃない。
それでも、何もしないよりはいい。
少女は、やがて眠りについた。
「助かるのか?」
男が、恐る恐る聞く。
「わからない」
正直な答えだ。
「でも、見捨てない」
それだけで、男は深く頭を下げた。
夜、焚き火のそばで、絵本を胸に抱く。
ユイは、世界を救えなかった。
でも、世界の中の“誰か”を、確かに動かした。
――僕を。
君が残したのは、
因子でも、奇跡でもない。
選び続ける理由だ。
この世界が、どれほど壊れていても。
どれほど理不尽でも。
それでも、誰かを救おうとする限り、
君は、ここにいる。
僕は、静かに誓う。
君が望んだ通りに、
世界を嫌いにならない。
一人でいい。
また、一人を救う。
それが、
君がこの世界に残した、
たった一つの希望だから。




