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世界は救えなかったが、君だけは救いたかった  作者: 波浪


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――第二章 君と世界のあいだ

「ここ、まだ使えるみたい」


ユイが指差したのは、半壊した図書館だった。

外壁は崩れ、ガラスは砕け散っているが、内部の一部は奇跡的に原形を保っている。


「危険だ。崩れるかもしれない」


そう言いながら、僕は彼女の前に立った。

無意識の動作だった。

守る必要などない。

むしろ、守ってはいけない存在だ。


それなのに。


館内は、静かだった。

埃の匂いと、紙が朽ちる前の甘い匂いが混ざっている。

世界が壊れる前の日常が、薄く残っていた。


「本、好きだった?」


ユイが、崩れかけた書架を見上げて言った。


「ああ……昔は」


「へえ。じゃあ、どんなの?」


質問に、答えが出てこない。

好きだった本の名前は、全部“以前の世界”に置いてきた。


「物語」


代わりに、そう答えた。


ユイは少し考えてから、微笑んだ。


「じゃあ、ここも物語の中みたいだね。

 世界が終わる直前で、二人だけ残ってて」


胸の奥が、わずかに痛む。


「そんなの、悲劇だろ」


「うん。でも、嫌いじゃない」


彼女はそう言って、壊れた椅子に腰を下ろした。

まるで、この場所が一時的な避難所ではなく、居場所であるかのように。


通信機が、再び震える。


「状況を報告しなさい」


管制の声は、苛立ちを含んでいた。


「対象は確保した。現在、移動中だ」


嘘だった。

確保も、移動も、していない。


「すぐに処理しなさい。猶予はない」


通信が切れる。


ユイは、僕の表情を見て、何かを察したらしい。


「……怒られてる?」


「まあな」


「そっか。私のせい?」


違う、と即答できなかった自分に、驚く。


「君のせいじゃない」


その言葉は、ようやく真実だった。


しばらく、沈黙が落ちる。

遠くで、何かが崩れる音がした。

世界は確実に終わりへ向かっている。


「ねえ」


ユイが、ぽつりと言った。


「もしさ……私がいなかったら、世界は助かった?」


心臓が、一拍遅れた。


「誰に聞いた?」


「誰にも。でも、わかるよ」


彼女は、床に落ちた紙片を拾い上げる。

破れた新聞の切れ端だった。


「みんな、私を見ないようにしてた。

 研究所の人も、兵士も。

 ……怖かったんだと思う」


知らないはずのことを、知っている。

理解しているはずのない構図を、感覚で掴んでいる。


「私が死ねば、全部終わるんでしょ」


問いではなかった。


僕は、答えられなかった。


沈黙が、肯定になってしまうことを、わかっていながら。


「……そっか」


ユイは、笑った。

それは、覚悟の笑顔ではなかった。

諦めと、優しさが混ざった、不完全な表情だった。


「だったらさ」


彼女は、こちらを見て言う。


「少しだけ、普通にしてていい?」


普通。

その言葉が、やけに重い。


「世界が終わる前に、本読んだり、話したり。

 そういうの、最後に一回くらい……いいよね」


ダメだ。

そんな時間を与えてはいけない。

引き金を引くまでの“余白”が、人を壊すことを、僕は知っている。


それでも。


「……短くだぞ」


また、正しさから一歩、外れた。


ユイは、嬉しそうに頷いた。


「ありがとう」


その一言で、胸の奥に、確かな亀裂が入る。


窓の外で、空が一瞬、歪んだ。

〈崩壊〉が進んでいる証拠だ。


タイムリミットは、確実に迫っている。


君と世界のあいだで、

僕はまだ、立ち尽くしていた。

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