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世界は救えなかったが、君だけは救いたかった  作者: 波浪


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――第十三章 君がいない世界で

雨が降った。


久しぶりの、本物の雨だった。

灰も、血も混じらない、ただの水。


屋根代わりのシートを叩く音が、

子守歌みたいに響く。


集落の外れに、小さな墓標が増えた。

石に刻まれた名前は、まだ少ない。


その中に――

ユイは、ない。


遺体は見つかっていない。

だから、墓も作らなかった。


「ずるいよな」


誰に向けた言葉か、分からないまま呟く。


リナが隣に立つ。

傘はない。

二人とも、濡れたままだ。


「いないってことは、

 まだ“終わってない”ってことよ」


「……優しい解釈だ」


「必要な解釈」


雨に滲む地面を見つめながら、

カイは問い続けてきたことを思い出す。


もし、あの日――

別の選択をしていたら。


答えは、ない。

世界は巻き戻らない。


だが、選択は“今”にもある。


「子どもたちに、字を教えたい」


突然、リナが言う。


「名前を書けるようにしたいの。

 失われないように」


カイは、ゆっくり頷いた。


「じゃあ俺は、地図を作る」


「地図?」


「危険な場所と、安全な道。

 次に来る誰かのために」


雨が、弱まる。


雲の切れ間から、

淡い光が差す。


君がいない世界は、

確かに寂しい。


声も、ぬくもりも、

もう戻らない。


それでも――

君が望んだ世界ではある。


誰かが、誰かの名前を呼び、

明日のために、今日を使う。


カイは、墓標のない場所に手を合わせる。


「……見てるなら」


小さく、笑う。


「案外、悪くないぞ」


風が、吹いた。


それは返事ではない。

だが、否定でもなかった。


君がいない世界で、

君の選択は、生き続けている。


そして物語は、

静かに次の朝へ向かう。

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