――第十二章 それでも朝は来る
夜明け前が、いちばん寒い。
焚き火の灰をかき寄せながら、
カイは静かに息を吐いた。
白くならない。
季節は、もうそこまで来ている。
見張り台の上で、リナが空を見ている。
「夢を見た?」
声をかけると、彼女は少しだけ驚いた顔をしてから頷いた。
「研究所に、戻ってる夢。
全部、まだ始まってもいなかった」
「……一番、残酷なやつだな」
「ええ。でも――」
リナは、集落の方を振り返る。
簡易住居の間を、子どもが走っていく。
昨日来たばかりの男の子だ。
「今のほうが、現実だと思えた」
朝日が、瓦礫の隙間から差し込む。
世界は壊れたままなのに、
光だけは、平等だ。
そのとき、警戒の合図が鳴った。
短く、低い音。
決めていた、最小限の警報。
全員が身構える。
西側の道路跡。
そこに立っていたのは――一人の男だった。
武器を持っていない。
両手を上げ、ゆっくりと歩いてくる。
「撃たないでくれ」
声は震えているが、嘘ではない。
「……何者だ」
「ただの、生き残りだ」
その言葉に、誰もが息を飲む。
“ただの”という言葉が、
この世界でどれほど重いか。
男は続ける。
「俺は……救われなかった。
でも、救おうとした奴を知ってる」
カイの胸が、微かに痛んだ。
「名前は?」
「……ユイ、という女の子だ」
時間が、止まる。
男は、知らなかった。
彼女の最期を。
選択を。
「彼女が言ってた。
世界が終わっても、
一人を救えたら、それでいいって」
沈黙。
誰かが、嗚咽を漏らす。
カイは、ゆっくりと前に出る。
「……その人は、ここにいる」
正確ではない。
だが、嘘でもない。
男は、崩れるように膝をついた。
「……よかった」
朝日が、完全に昇る。
失われたものは戻らない。
正解も、証明されない。
それでも、朝は来る。
それでも、人は集まり、
名を呼び、
火を灯す。
カイは空を見上げ、心の中で言う。
――ほら。
君が繋いだ。
世界じゃない。
人を。
そして今日も、
選択が始まる。
生きるという、
終わらない物語が。




