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世界は救えなかったが、君だけは救いたかった  作者: 波浪


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――第十一章 名前のない未来

朝は、音から始まる。


金属を叩く音。

水を汲む音。

誰かの咳と、誰かの笑い声。


かつて世界を満たしていた警報や悲鳴とは、まるで違う。

それは不揃いで、未完成で、だからこそ――生きている音だった。


「カイ」


振り向くと、リナが立っている。

彼女は元・研究所の技術員で、この集落で最も冷静な頭脳を持つ。


「東の丘に、動きがある」


敵かもしれない。

生存者かもしれない。

あるいは、ただの獣か。


終わった世界では、

“確認する”という行為が、命懸けになる。


「行こう」


武器を取る。

それでも、引き金に指はかけない。


丘の向こうにいたのは、三人だった。


老人と、若い女性、

そして――小さな男の子。


男の子は、こちらを見るなり泣き出した。

声を殺すこともできないほど、限界だったのだろう。


「助けて……」


女性が言う。

その言葉に、条件はなかった。


食料を分けるか。

仲間に迎えるか。

それとも、危険を避けて追い返すか。


選択肢は、いつも残酷だ。


「……来て」


カイは、そう言った。


集落に戻る途中、

男の子が彼の手を握る。


驚くほど、小さい。


「おじちゃん、つよい?」


問いは、無邪気で、残酷だった。


「……強くはない」


少し考えてから、続ける。


「でも、逃げない」


それで十分だと、

男の子は笑った。


夜、集落に新しい焚き火が増える。

名前を聞き、食事を分け、

空いた場所を整える。


誰かが言う。


「この場所に、名前をつけよう」


沈黙が落ちる。


かつての都市名でも、

英雄の名前でもない何か。


カイは、少し迷ってから口を開く。


「……“ユイ”はどうだろう」


空気が、やわらぐ。


誰かがうなずき、

誰かが微笑む。


「いい名前だ」


夜空を見上げる。

星は、以前より少ない。


それでも、確かにそこにある。


名前を持つということは、

失う可能性を引き受けることだ。


それでも――

名もなき未来よりは、ずっといい。


「聞いてるか」


心の中で、呼びかける。


君の名は、

世界に残った。


そして明日もまた、

選択は続く。


終わりのない、

生きるという仕事が。

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