――第十章 選び続けるということ
季節は、壊れたまま巡っていた。
暦はない。
だが、風の匂いが変わり、空の色が少しだけ高くなる。
それで、十分だった。
集落は、形になりつつある。
倒壊した庁舎を中心に、簡易的な住居が増え、
水の確保と見張りの役割が決まった。
秩序と呼ぶには脆い。
それでも、混沌ではない。
「カイ、見て」
子どもたちが、犬を連れて駆けてくる。
名前は、まだない。
「畑、芽が出た!」
瓦礫をどかし、土を掘り返しただけの場所だ。
それでも、小さな緑が確かに顔を出している。
「……すごいな」
それ以上の言葉が、見つからない。
生きるという行為は、
いつだって静かだ。
英雄の音楽なんて、鳴らない。
夜、見張りの交代で一人になる。
焚き火の火が、ゆっくりと揺れる。
ユイの絵本を、膝の上に置く。
もう何度も読み返した。
それでも、最後の白紙は埋まらない。
「正しい選択、か」
かつて、彼女を殺すことが、
世界を救う唯一の正解だった。
今は違う。
毎朝、誰かが生きているかを確認し、
毎夜、誰かが眠れるよう見張る。
その一つ一つが、選択だ。
正解かどうかなんて、
誰にも分からない。
「……それでも」
火に、小枝をくべる。
世界を救えなかった男が、
それでも世界に居場所を作ろうとする。
それは、
贖罪でも、使命でもない。
ただ――
選び続けるという、生き方だ。
遠くで、風が鳴る。
ユイの声が、重なる。
――一人でいいから。
「……ああ」
小さく、応える。
明日、また誰かを助ける。
助けられなくても、手を伸ばす。
それをやめた瞬間、
君の命は、ただの犠牲になる。
だから、僕は続ける。
世界は救えなかった。
だが、世界を捨てなかった。
君を選んだ、その先で。




