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熟れない吟遊詩人  作者: つにお


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3/7

傲慢の詩

 少女は、初めての宴に出席した5日後、今度は、初めての外出をすることになった。

 事は、それより3日前、タヅマエが彼女の両親に巧みな叙述を用いて説得し、無事に娘の外出許可を取り、というのも、彼女の外出は禁止されていたわけではなかったのであるが、両親の下流民族に対する嫌悪が顕著であったため、それは、悔しくも少女の世間知らずの温床であったのに違いないものではあるが、その箱入り娘がどうしても外界を経験するためには、所謂、嘘が必要であったのだ。

 彼は、同時期にもうひとつ嘘をついていた。だいぶ月日が経ったはずであるが、尚更、彼女の詩歌集に対する情熱は最高潮にまで増していて、仕方がなく、彼は彼女に対して、もう今頃では「霞の抄」という本は、世に出回っていないだろうし、今なら別の新しい本があるはずだから云々、といって、誤魔化し、とにかく()()の酒場にでも出向いて、新しい本の情報収集でもしてみよう、ついでに言えば、その場で(うた)を披露してもよいのではないか、と、少し嘲った感じで言った。

 それで彼女も、やや遺憾ではあったものの、それまで予期していなかった、外出という別の楽しみを(そそのか)されたがために、その提案を了解し、おまけに、その新しい約束が決まって、その日の就寝時間にもなれば、もう、反故になった約束のことなどは気にも留めず、心を踊らせて落ち着かない夜を過ごしたのだった。

 そして、出発の前日になって、ようやく正確な行き先が彼女に知らされ、それは、タヅマエの伝え方に問題があったのもそうであるが、主に彼女の無知によって、彼女はなんの疑念も持たずに、その知らせを喜んだ。

 タヅマエが彼女の両親についたほうの嘘のことであるが、それはもう、色々の意味で大変に苦労を要した。彼は、まず第一に、彼女の才能と将来について、両親に説いた。彼女にも社交の場が必要であり、それこそが、彼女の持つ才能を存分に発揮し、更には、未来の華やかな歌い手としての人生に不可欠なものである、ということを話し、当然、両親も娘の将来には、大いに期待を寄せていたので、その訴えは十分に効果的であり、第二に、民衆の中にも高潔な者が存在し、そういう者どもが集う場であれば、彼女の社交も失敗に帰着することはないだろうと言い、どうやら、これも役に立ったようで、遂に、功を奏したのか、父親のほうがタヅマエの説得に加担し、そのあとは、トントン拍子に、といっても、タヅマエの付き添いの条件付きではあったが、外出の権利を獲得できた。

 その場には、少女本人は同席していなかったので、彼女の希望の一切は、タヅマエの好意と雄弁にのみ託されていたわけであるが、彼の努力と両親の頑固とに依って、行き先は、一般の富豪どもが住んでいる街の酒場に決定した。きっと、彼女が採決者の立場にあったとしても、今回の提案者の目論見通りに事が進んでいったであろうが、きっと、彼女にとっての最善の旅先は、もっと質素な感じの場所であったに相違ない。そのことは、勿論、タヅマエにはわかっていたが、これもまた、色々の苦肉の結末であった。

 

 意を決して、当日になり、彼女は調子に乗っていて、且つ、珍しく、はしゃいでいた。朝早くに起床すると、すぐに身支度を整え、両親に今から行ってくると言い放して、返事も聞かないまま部屋をあとにし、広々とした正面玄関の隅で、タヅマエの準備するのを今か今かと待っていたのであるが、一向に彼が現れないので、外の庭のほうに出てしまって暇を潰していた。外出をしたことがないといっても、宮廷の庭で遊んだことは幾度かあったので、なにか新しい発見や興奮があったわけではなかったが、彼女は思い出したように頭の中で詩を作り始めた。


少女

(お披露目するのに丁度よい詩でも作っておこうかな)


 紙も筆もないまま、彼女は空想に没頭し、きっと、喜ばれる詩を、手際よく完成させ、それは上出来であったが、しかし、尚もタヅマエがやってこないので、彼女の気分は、あまり心地よくはなかった。あまりに時間がかかっているようなので、彼女は彼の部屋まで訪ねに行くことにした。ペタペタと足音を立てて彼の部屋の前まで出向き、コツコツと柔らかく扉を小突いてから中に入ってみると、まだ寝間着姿の彼が茶を啜っていた。

 彼女が猛烈に腹を立てた様子になったので、彼は困惑してしまった。どうやら、彼と彼女との間には齟齬があったようで、彼のほうは、夕方の出発を想定していたらしく、反対になって、彼は彼女に対して、酒というのは、朝方から飲むものじゃない、今、行っても碌な輩がいるとも知れないと、語気を強めて言い、それを聞いた彼女は、なんとなくしょんぼりとした気持ちになってしまい、彼のほうも、少し言い過ぎたと思ったのか、今度は、出かける支度を始めた。

 彼女が、どうしてそんなに早く支度をするのかと問うと、彼は本屋に連れて行ってやると答えたので、彼女は急に、ご機嫌になった。彼も、どうして急にそんなことを口走ってしまったのか、自分でも検討がつかなかったものの、というのも、彼が支度をし始めた本来の理由は、下見として自分独りで例の酒場に足を運んでおこう、そうして、もしも店の雰囲気がよろしくないようであれば、もう、一層のこと、庶民のほうの酒場に連れて行ってやろうと思ったからであり、まあ言ってしまったものは仕様がないと割り切って、その幾許か不本意な臨機応変を肯定した。


 庶民の街並みは、少女にとって非常に新鮮であった。彼女と大差ない年端の少年どもが群れになって戯れ合っている様子や威勢のよい呼びかけで店内に招こうとする看板娘、店主に交渉をしている者に、無精髭を伸ばしたままヨロヨロと歩いている初老の男など、画角によって色々の光景があり、彼女は若干、怯えた態度になってしまったが、事ある折に、傍らのタヅマエの姿を視界に入れては、心を安堵させるのであった。

 二人はまだ朝食をさえ摂っていなかったので、手近にあった茶屋に寄って、お団子をひとつずつ頬張った。彼女は貨幣を知らなかったので、タヅマエが店主の女と、何やら紙のやり取りをしているのを、側で呆けながら見ていたのであるが、その一連の行為が、外で食べ物を食べたいときには必要なことなのであろうと、なんとなく感づいたのだった。

 やがて、こぢんまりとして傷んだ建物の前まで歩いたところでタヅマエが立ち止まり、本屋に着いたと言った。少女は一瞬、戸惑ったが、納得して建物の中に入ってみた。カランと音を立てた鈴の音にびっくりしながらも、タヅマエが後ろからついてくるのを確認して、向き直して見ると、そこには、案外、膨大な数の書籍が積み立てられていたので、彼女は感銘を受け、一番近くの棚に駆け寄って、本を一冊抜き取り、めくって眺めてみたのだが、それは求めている類の本ではなかったようで、すぐさま、元の棚に戻してしまった。そうこうしていると、追いついてきた彼が彼女の肩をポンと叩いた。


タヅマエ

「詩の本はこちらですぞ」


 少女が返事をする前に、彼は奥の方へ歩いていってしまったので、彼女もそのまま、ついていく他なかった。キョロキョロと周りに気を取られながら、途中で、店主と思しき痩せた男と目が合ったりもして、そうして、向き直して、タヅマエのほうに向かってみると、彼の手には一冊の本が携えられていた。

 「霞の抄」。これは民間の詩歌集である。これに掲載されている詩の多くは、まだ戦争が続いていた時代に詠まれたものであり、宮廷が扱うような本とは趣向が大きくかけ離れている。タヅマエはこのことを知っていた。

 少女が彼の手の中の本の名前を見つけると、彼女は、ひどく目を輝かせた。


少女

「『霞の抄』だ!」

「タヅマエ様、ずっと欲しかった本ですよ、約束しましたよね?」

タヅマエ

「そうですな、もうなくなってしまっていると思っていたが、運がよかった。特別ですぞ。」

 

 これも解釈の齟齬であろうか、彼女は馬鹿を装ってか、本当に馬鹿であったか、とにかく、必死であったことに変わりはないであろうが、いざ、手の届くところまでやってきてしまえば、人間というものは我慢がならなくなってしまうらしく、ところが、彼女のそれも解釈の問題であり、実をいえば、彼女が、その手を伸ばせば届くところまで到達していたのは、もう少し昔であって、きっと、それは、彼女が勘繰りをしていたせいなのであろう、その勘繰りというのは当然といえば当然であるのだが、タヅマエからしてみれば、以前から、彼女にその本を買い与えてやることが決定せられていたように思えて仕方がなかったのである。

 彼がすんなりと彼女の要求を快諾すると、彼女のほうも達成感に充ち満ちた様子で、それ以上の要求はせずに、彼と共に勘定台に赴き、無事に本は彼女の手元に渡った。斯くして、彼女にとっての最初の冒険と挑戦とは、大成功に終わった。

 当然、これら()()での出来事は皆、タヅマエを除いた身内の者には、内緒のこととなった。


 酒場に頃合いの時間まで、まだ時間があったので、また、昼飯に頃合いの時間でもあったので、二人は本屋をあとにし、そのまま、朝歩いたのとは違う道を歩きながら、というのは、先の通りは昼間の人出が多いので、あまり知らない下町の街路で、客の空いていそうな茶屋を求めて彷徨っていた。

 少女は、早くその本が読みたかったので、休憩所など、どこでもよかったのであるが、あまり栄えていない場所とみえてか、流石に、寂しすぎる道にある茶屋に足を運ぼうとするタヅマエではなかった。何故かといえば、それは、彼にとっては明白で、彼ら二人の身なりと、その街路の雰囲気とが、並外れて不釣り合いだったからであり、その当時の貴族というのは、特に、下層の庶民からは忌み嫌われていた存在であり、それは、反対に、貴族の側にも当て嵌まることであったので、犬猿の仲といって差し支えがない間柄であった。

 タヅマエは、これは、まずいと思った。中心街のほうに戻ろうと考えもしたが、しかし、少女の強引さに気圧されて、すぐ目の前にあった襤褸(ぼろ)の茶屋に入ることにした。

 その店の中は、なんとも物悲しい感じの雰囲気が漂っていて、店主の男の容姿も、みすぼらしく、その異様を感じ取ったのはタヅマエだけではなかったが、少女は、すぐに座敷に上がり込んで、正座して、本を捲り始めた。タヅマエのほうであるが、彼は主人に、申し訳なさそうに軽い会釈をすると、割合に小さな声で、蕎麦を2つ注文してから、少女の隣の席についた。

 その時分のタヅマエの気持ちは、なかなかに落ち着かない気持ちであって、店主が蕎麦を運んでくるときも、内心では、彼に、どう思われているのかが気になって、しかし、目を合わせて意思の疎通を図ることだって叶わずに、ただ、俯きがちになって、形式的な常套挨拶を言うだけに留まった。横目で少女を見ると、病原は異なれども、これは、似たような症状が観察せられた。彼女は店主に、ほとんど気を取られずに本を眺めていたのであるが、その表情は、期待を裏切られた者の落胆のようであり、理解不能の不吉への不安のようでもあり、そうして、彼は彼女のその表情によって、ため息をだって()きたくなるような後悔に苛まれてしまった。斯くして、二人の昼食の様子は、悲しく、寂しいものになり、特に、少女のほうの落差は顕著であり、結局、当分の間、彼女は二度として本を開かなかった。



タヅマエ

「酒場に向かってみましょうか」


 まだ、太陽が日射を強めている段階であったが、少女は、彼の発言に疑問を持つこともなく、その提案を承諾した。

 平たくいえば、二人は暇であった。それで、彼、彼女ら一行は、昼間のうちに酒場に到着して、長らく動かし続けた脚を休める名目も兼ねて、早々と、豪勢な建物の中に入っていった。

 中は、非常に、現実を忘れさせてくれる楽天地の空間であり、これには二人も、気分を上擦らせて、先ほどの憂鬱なんて、全く忘れ去られてしまったかのようになり、周りの客と、和やかな会話をしたり、陽気な演奏家の呑気な曲を、うつらうつらとした様子で聞いていたりした。少女は、酒場というのは皆、裕福な家柄の者が利用する施設なのだろうと推察した。

 やがて、タヅマエが酒を呑んで陽気になって、得意になって少女の才能について自慢を始めたので、周囲も、その興味を刺激されて、流れに乗って、少女は(うた)を披露することになった。そのときの彼女は、自信に溢れていて、それに裏付けされた予想通りの才能を発揮し、かつての宴会のときのような盛り上がりを生み、彼女は、やはり、自分の詩は外でも通用するのだなと、浅慮な過信を獲得した。


 その日から、少女の酒場通いが始まった。これは、タヅマエが勧めたわけではなく、少女自身の意思の結果によるものであり、彼女は毎日のように、約束された称賛を、自ら欲するような姿勢になっていった。

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