マリア様は学びたい!
彼女の瞳は星空だった。
一秒にも満たない数舜、目が合うだけで深い紫の宇宙に吸い込まれてく。
そんな引きずり込まれるような魅力を彼女は持っていた。
豪奢な明かりがカシミアのカーペットの赤色を照り返し、会場の中心に立つ女性に誰しもが目を奪われる。
鮮やかで深い青色のルネサンス期を模したドレスがこの目に焼き付いたのは、何年も前のことだった。
実家は中堅貴族、全寮制の学園に入学し、幼少期にあのパーティに参加して大人の女性に憧れた熱は日が経つにつれて冷めていった。
「女性らしさってなんなのかしらね?」
「そーやって、脚を広げて背もたれに肘を置いたりしないことだと思いますよ?」
級友のタンドリン嬢が呆れたように大きく息を吐くと、読みかけの本を閉じた。
「女学生しかいないこの学園で恥じらいってのを意識しても、ねぇ?」
「少なくともお貴族がなさる格好ではないのではないでしょうか、マリアお嬢様?」
授業の合間、少しだけ騒がしいクラスの窓の外に目をやり、城壁のように物々しい学園の塀を眺めて私は言った。
「田舎者ですからね、無作法なのよ」
小さな頃は狭い屋敷で、天使だの花だのと言われて育ってきたが、フタを開けてみたら世界は広かった。
ただそれだけの話。
私は『持っていない側』だったのだ。
これといって見てくれがいい訳でも、有力な貴族のご令嬢という訳でもなく、ただ『平凡』だった。
「私から見たらアナタだって"持っている側"の人間だと思いますけどね」
向かいに座るタンドリン嬢は私の心を見透かすように小さく微笑んだ。
「アナタ、どーやって人の心を読んだワケ?」
「顔に書いてありますよ? 『あーあ、平凡ってつまんなーい!』って」
これが面白い。
彼女はいわゆる"察しのいい女"というヤツだ。
周りが何を言わなくても、察して気の回すことの出来る子だった。
私はそんな彼女が面白くて、いつの間にかよく話すようになった。
「私の実家はアナタの家に比べたら吹けば飛ぶような弱小貴族ですからね。立ち回り方は常々と頭に入れてるんですよ、マリア様」
「だから、心を読まないでちょーだい。……まったく」
そんな他愛もない会話をしているうちにクラスメイト達が慌ただしく席に着き始める。
私も椅子に座り直して次の授業に使う教科書を机の上に並べて鬱屈とした気持ちを胸の底に沈めた。
大人になるにつれ、分かることが増えていくと届かないものがあることも、星は星なんだと理解できる時もくる。
ただ本当にそれだけの話だった。
カモの子供はカモで、白鳥であろうとしても白鳥になれはしない――。
同じ渡り鳥でも天と地の差が彼らにはあるのだ。
そして、それは私の人生にも横たわっている。
アヒルの群れに紛れた白鳥であることも、トンビに混じる鷹であることもなく、はたまた笑われる夜鷹にさえなれないガチョウなのかもしれない。
「あら? 白鳥もガチョウも同じカモ科よ?」
夕暮れの図書室の奥の席で心許ないろうそくの明かりを頼りに本を読み耽っていると、唐突にそんな声が聴こえた。
「――え!?」
驚いて顔を上げると、深い青の混じる濃い紫の瞳が私を見つめている。
「ごめんなさい、盗み聞きをするつもりはなかったけど声に出てたわよ」
「え、ウソっ!?」
「いいセンスしてるわね、『よだかの星』を読むなんて」
私は本を閉じ、ザラつく装丁を撫ぜながら、なぜかまた呟いていた。
「最近、図書室に変わった本が入荷されたと聞きまして。遠い東洋の本だということで読んでみたくなりましたの」
「ケンジ・ミヤザワは哲学と詩性を孕んだ人の祈りそのものよ。アナタ、見る目あるわね」
そう、この本の作者を評価する言葉は大体はこういった装飾で語られる。
「いえ、むしろ真逆。私にとってこの話は真綿で首を絞めるこの社会の罪状を晒け出す告発状に見えます」
思わず、自身の解釈を口にしていた。
しばらく私をじっと見つめていた彼女は、思い詰めたような、鬼気にも迫るような顔色で向かいの席に座り込むと頬杖をついて手のひらを見せる。
「――それ、で?」
女性の瞳を一度しっかりと見つめた後に「個人的な見解ではありますが――」と一文を添えて、私は主旨を話すことにした。
「この方の他作品も読ませていただきましたが、美しい祈りの底に沸き立つ煉獄の苦しみを見ましたわ。
どうして、人はこうなんだ。
どうして、世の中は変わらないんだ。
どうして、誰もありのままを見ようとしないんだ。
そんな苦しみを美しさの中に閉じ込めて吐き出すような、この方は苦悩を"よたか"や"ねこ"、あるいは"俯瞰された自分自身"を言葉の中に閉じ込めて飾り付けることで美観そのものに罪状を突き付け、血泡を吹きながら罪を吐き出してる。
私の目にはその懺悔が見えるような気がしましたの」
私が言い終えると、向かいに座る女性は菫青石のような目をゆっくりと伏せて静かに息を吐き、呟くようにして言葉を零した。
「なるほど、ね」
「あくまで私見ではありますが……」
女性はゆっくりと首を振りながら、先ほどは打って変わった優しい笑みを讃えながらこう言った。
「ケンジの作品をそう評価する人を初めて見たわ。参ったわ、アナタには」
そう呟く彼女は少し遠くにある窓の外から夕焼けを見つめて言葉を続けた。
「差し支えがなければ、そう思わせるアナタの論理を教えていただけないかしら?」
「はい、いいですけど……」
私が言い淀むと彼女は窓の外を見つめたまま、薄暗い赤と黒の混ざる外の景色を読み取れない表情で瞳に写して答える。
「ケンジに惚れたのよ」
「え?」
「彼が見ている世界を見たかった。彼の考えを理解してみたかった。
けれども、私に見ることは出来なかった。
それをアナタは"見てしまった"。
気になって当然じゃない?」
私は「でしたら……」と一言を置いて、席を立ち、図書室の隅にある"遠い東洋にある黄金の国"に関する記述をまとめた誰も読まないような論文を取り出した。
「ここに"夜鷹"に関する記述があります。彼女らは貧しい暮らしを凌ぐ為に夜道で売春を繰り返して生計を立てていると記載されていますよね?
先ほど読んでいた『よだかの星』も彼の国の言葉ではこの"夜鷹"と同じ発音でよだかを呼びます」
「よくこんな記述を見つけたわね、アナタ……」
「知りたがり屋なんですよ。
そして、そういったエッセンスや比喩・暗喩はケンジの作品の中に相当な数で散りばめられています。
――時に分かりやすく。
――時に静かに置かれて。
言外の言葉というのを日本作家は巧妙かつ精緻に扱うことが出来るのです」
女性は口角を上げ、からかうように笑いながら言った。
「ミス・タンドリンの情報は相変わらず正確だったということね」
「え? タンドリン嬢?」
「彼女から"夕暮れの図書室に『なんでも教えてくれるレディ』が現れる"って教えてもらったのよ」
「いえ、あくまで私見ですから!」
女性はスッと席を立ち、あの菫青石のような瞳でこちらを見やって微笑む。
「ありがとう、ミス・グレイジャー。改めてお礼を言わせてもらうわ」
「いえ、ミス・バートリー。お役に立ちましたなら幸いです」
ザクロ模様が描かれた深みのある青いドレスを纏った女性は蠱惑的な流し目を一瞬だけこちらに向けて踵を返す。
踵の高い靴が1歩だけ床を叩いたところで彼女は立ち止まり、星空のような深い紫の宇宙にも似た瞳を細めてこう言った。
「あ、それと――」
「はい?」
「独り言は結構だけど、考えごとしてる時に無意識のうちに独り言を漏らすのは気を付けた方がいいわよ?って伝えてほしいって頼まれてたわ」
ーおしまいー
ハジメマシテ な コンニチハ(*´ω`*)ノ))
高原 律月です!
謎の学園モノ短編です。
主題がいまいち不明です(笑)
ごめんなさい((´∀`*))ヶラヶラ
それでは、また次回〜 ノシ




