一目惚れで悪いか!?~第二弾~
俺こと、シグノア・スペンサは、王立大学の政治経済科に所属している子爵家嫡男だ。
普段は無表情で日々を過ごしているが、今はそんな余裕なんてない!
あ、アマレーナ嬢が! 高貴な彼女が! 麗しの女神が……
金髪碧眼の美青年に手を引かれ、馬車に乗ってどこかへ行ってしまったんだ!
大学の校門前で、その場に居合わせ、愕然とする。
誰なんだあの男は! ふ、二人きりで馬車に乗るだなんて、まま、まさか。かかか、考えたくないが、彼女の婚・約・者!?
校門の壁によろよろと手をつき、しゃがみ込む。
アマレーナ嬢は、オクトリス辺境伯令嬢だ。婚約者が居ないほうが不自然っ!
オクトリス家と縁を結びたいだろう家門を、覚えてる限り探し出す。
ウーノイル侯爵家? ツヴァイン伯爵家か? いやトレーサー公爵家かもしれない!
ウーノイル家はオクトリス家と領地が近いし、ツヴァイン家は魔法の名家で、魔法研究をしてるアマレーナ嬢にも、利益があるんじゃないか?
トレーサー家だった場合、オクトリス家の軍事力に目をつけた可能性がある。
国防の要のオクトリス家と、王家と血縁関係があるトレーサー家が縁繋がりになれば、国家転覆だって狙えるんだ! やろうと思えばだけど!
なんだか泣けてきた。これは、幼なじみに相談しないと!
◆◆◆
大学帰り、幼なじみの家に突撃した俺は、迷惑げな表情をした彼に迎え入れられた。
「今から同好会に出かけるとこだったんだけど」
「カードゲームのか? 今度埋め合わせするから、相談に乗ってくれ! 切実なことなんだ!」
「……はぁ。分かった。話せよ」
俺は幼なじみの部屋で、先ほど見た光景を、身振り手振りを加えながら、洗いざらい話しきる。
彼の家の使用人が用意してくれた紅茶を飲んで、ため息をつき、鼻をすすった。
「話は分かったけど、泣くほどか」
「彼女に婚約者がいたら、俺に勝ち目ないだろ。泣くわ!」
「その三家の嫡男とは、ゲーム友達だけど、三人とも別の婚約者いるぞ」
シュッと涙が引っ込んだ。暗く淀んだ空気が、清々しく晴れ渡る。
「それは本当か!?」
「嘘言ってどうなるんだよ」
「おまえがカードゲーム同好会に入っててくれて、これほど感謝したことはない! 欲しいカードがあれば言ってくれ。今度買ってくる」
「大魔法使いのカード」
幼なじみは容赦なく、高額なカードを要求してきた。
一ヶ月、父の仕事を手伝えば、買えなくは、ない。
これも相談に乗ってもらった礼だと思えば、耐えられる。
ギュッと目を瞑り、アマレーナ嬢の姿を思い浮かべ、決意した!
「買ってやる。一ヶ月後を楽しみにしてろ!」
「おー。待ってるよー。じゃ、帰れ」
冷たいな! 要求が通ったら用済みかよ。
俺は幼なじみに追い出されるようにして、彼の家を後にした。
◆◆◆
自身の屋敷に帰宅したはいいが、今度は他の問題が頭の中を占拠する。
アマレーナ嬢が、中性的な青年と、馬車に乗って行ったのは事実だぞ。
三家の嫡男じゃなければ、違う貴族家かもしれないじゃないか!
気になりすぎて眠れない。とりあえず、夜風に当たって頭を冷やそう。
アマレーナ嬢の魔法研究を手伝うとき、さりげなく聞いてみるか?
貴女には婚約者が居ますかって? そんな失礼な質問、できるわけがないっ!!
男性と二人で馬車に乗るのを見ました、あれは誰ですかって言うのも論外だ! 気持ち悪がられたら立ち直れないぞ。
「うわっ! 幽霊かと思った。バルコニーにボーッと立たないでくれる?!」
「妹よ。兄は今、世界で最も重要なことを考えてる最中なんだ。邪魔しないでくれ」
「……何言ってんの? 意味わかんない。どうでもいいけど、早く部屋に戻んないと風邪ひくよ」
妹に冷ややかな声音でズバッと言われ、やっと少し冷静になった。
風邪ひいて大学を休むことになったら、アマレーナ嬢に会えない。会えないくらいなら、玉砕覚悟で聞いたほうがましだ!
◆◆◆
大学で政治の講義を聞きながら、アマレーナ嬢に呪いをかけた人物は誰なのか考える。
彼女を呪った人探し、忘れてるわけじゃないからな。
婚約者の有無も気になるが、彼女に害をなしてる悪人が誰なのか、突き止めることも重要なんだ。
オクトリス家全体ではなく、アマレーナ嬢一人に対して呪いはかけられている。
彼女に対する嫉妬? それとも支配欲か? 女なのか男なのか、それすら分からない。
もっと彼女の交友関係を知る必要があるのかも。
グルグルと思考を巡らせてるうちに、今日の講義が終わった。
晴れて自由の身になったわけだ! さっそくアマレーナ嬢がいる、魔法研究実践科の棟に向かう。
他の学科とは大分離れた場所にあるんだよな。
なぜなら、爆発とか、爆音とか、悲鳴とかで騒がしいから!
魔法研究実践科はその名の通り、魔法の研究と実践をしているんだ。
そりゃ、実践中に失敗して色んなことが起こる。
変人の巣窟なんて呼ばれてるのを、聞いたことだってあるんだ。
アマレーナ嬢が変人だと言われてるみたいで腹が立つ! 真剣に研究してる人たちに対して失礼じゃないか!
「シグノア様! 見ないでっ!」
研究室の扉を開けた瞬間、アマレーナ嬢の可憐な悲鳴が響き渡り、耳に留まり続けた。
茫然となりながら、扉を閉める。
なんっだあれ! うさぎ? ぐっ心臓が。
胸元を握りしめた。彼女の姿が俺を苦しめるっ!
もう一度見ないと後々後悔するだろう。
アマレーナ嬢を刺激しないように、ゆっくりと扉を開け、研究室の中に入った。
彼女は自身の頭部を隠して、へたり込んでいる。
「魔法の実践ですか? 愛らしいので、隠さなくても大丈夫ですよ」
むしろさらけ出してください!
「愛らしい!? 実践に失敗してしまったのです。あれがどうしてこうなったのか……」
柔らかそうなうさぎの耳が、縦巻きの金髪から覗いていた。
可愛すぎて死にそう。いっそ殺してくれ!
いや、この魔法をどうやって使うのか知るまで、死ぬわけにはいかない。
「どんな魔法を使ってこんなことに?」
「大切な行事のときに成功する魔法です。巻物に書かれていた通りに実践したのにっ」
魅了魔法とかじゃないのか。
ならば、この姿を見れるのは今だけ! 目に焼き付けておかないと!
「呪いの反対魔法を使ってみたんですね。貴女にかけられてる呪いと、反応してしまったのかも知れません」
アマレーナ嬢にかけられてる呪いの方が強いのか、それとも今、彼女が実践した魔法の方が強かったのか。
大切な行事が俺に会うことだとして、その行事で彼女は見事、俺を悩殺した。
ある意味、大切な行事に成功したことになるよな。
自身の思考回路が気持ち悪い!! 直ちに脳内からかき消す。
◆◆◆
しばらくすると、彼女の頭部からうさぎの耳は、綺麗さっぱりなくなってしまった。
ひっじょーに! 残念だ!
「あら? もうこんな時間。シグノア様、研究の手伝いありがとうございました。そろそろ帰らないといけなくて」
窓の外を見ると大分日が傾いている。暗い中、アマレーナ嬢を一人で歩かせるわけにはいかない。
「校門までご一緒いたします」
「助かりますわ。よろしくお願いいたします」
できることなら、彼女を家まで送りたいところだ。
アマレーナ嬢は、どんな失敗をして、いつから領地で過ごしてきたんだろう。
聞きたくても、軽々しく聞いたら駄目な気がして、なかなか口にできない。
彼女も俺の隣で静かに歩いていて、重い話をする雰囲気でもなかった。
「アシュリー! 待たせてしまったかしら?」
「姉さん。……その人、誰?」
校門の前には、昨日見た美青年が、馬車の横に立って待っていた。
間近で見ると、アマレーナ嬢に似ている。
金髪は後ろで一つに括られ、存外長い髪だということが分かった。
「この方は、私の研究を手伝ってくれてるスペンサ子爵令息よ」
「そっか。私はアシュリー・オクトリス。姉さんの妹だよ。連れてきてくれてありがとう」
弟じゃなく!? 妹だと?
アシュリー嬢と握手しながら内心叫ぶ。
身長はアマレーナ嬢より高いし、男装してるし!
遠目からだと恋人同士にしか見えなかったんだ。
でも良かった。婚約者じゃなくて!
二人が馬車に乗り、校門前から居なくなった後も、俺は少しの間、気が抜けて動くことができなかった。
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