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カフェテラスの夜

作者: 湍水仁

私は絵を描くヒトです

昔から何の取り柄もない人間だったたのですけれど絵を描くことだけは得意で、好きでそればかりをしていました。


でも、上には上がいるものですので

いつのまにか私は絵の上手い一般人程度のヒトになりました。

そんな有様ですから、今では生きるついでに趣味で絵を描く程度に成り果てました。


絵ばかり描いていたので、学もなくて。

目に映る美には関心がありましたが虚像の先でしか目に映らない自分の美には全く関心がなくて。

絵が上手い、才能があると思い上がっていましたので、人を見下し、友もできず、自分が一般人であると理解した後でも、ただ、なんとなく絵だけは描きつつ、そして、転々と仕事を変えて、なんとかなんとか生きておりました。


彼女と出会ったのは、私が最後に辿り着いたとある職場です。

そこ夜はバーにもなるテラスのあるカフェでした。

私には食い扶持をつなぐため、画材を買うためだけの先のない仕事でしたが、彼女はそうではないようでした。


彼女は仕事熱心で溌剌とした女性でした。

年は私よりずっと下でしたが、威厳があり、クレーマーにも毅然とした対応をする。

飲食店の店員ではあったのでそれほど目立ちませんが、彼女がスーツでも着ていればバリキャリと皆が思ったでしょう。


そんな彼女は、はるかに年上のくせにあまりの私の駄目さにムカついたのか、職場でよく指導など含め、私の世話をし始めます。


私は当初それをうざったく思っておりましたが、時々見せる彼女の年相応の仕草や隙がとても可愛らしく、徐々に打ち解けていきました。


ずっと1人でしたけれど、こういうのも悪くない。

そう思うようになりました。


ある日、仕事終わりの深夜。

店長も他のバイトもおらず、私と彼女の2人きりで遅番をしていました。


テラスでパーティしましょう。


いつもの真面目一辺倒の彼女からは考えられないようなお茶目な提案をされました。


私は驚きましたけれど快諾し、ただアルコールは飲めないので、誰もいないテラス席で昼間のカフェで出している廃棄予定のケーキや適当なコーヒーを用意しました。


彼女はアルコールもの飲めない私に呆れているようでしたが、これはこれで楽しいかもね

と、私に合わせてくれました。

(彼女は紅茶にブランデーを入れていましたが)


そんな夜のテラスで私と彼女は仕事のこと以上の、つまりは私生活の話をします。

思えば、彼女とこんな雑談をしたのは初めてで、なんだかんだ人の温もりに飢えていた私はそこで、絵を描いていることを告白しました。


彼女は驚いていましたが、見たいというので、次の日がお店の定休日ということもあり

そのまま、彼女を小汚い自宅に招き、日も浴びぬ私の作品たちを見せました。

彼女は最初、何とも言えない難しい顔をしていましたが、少しして私の絵を絶賛してくれました。それはすごい、上手い、というありきたりな言葉でしたが、私にはそれで十分で、これまでの人生が報われたような、そのくらいの気持ちでした。


私は親以外の仲良くなった人に絵を見せるのが初めてでしたからとても気恥ずかしかったのですが、とても嬉しくて、そこで初めて明確に彼女を好きだと思うようになりました。


その後、たちは自然と交際しはじめました。

 

彼女が好きだと言ってくれたことで私は再び絵へと打ち込み、出来の良いものは、賞に出すようになりました。それでも、特に出来の良いものについては私の絵を好きと言ってくれた彼女に送りました。


彼女は嬉しそうに絵は自宅に飾ると言いつつも、絵ばかり描いている私を外に連れ出したりと絵以外のことへ私を誘います。


私はそれをちょっとだけ鬱陶しく思いつつももう、外に出て、私の絵が好きな彼女と話すことで得られるインスピレーションによって自分の絵が洗練されていくことに気づいていたので、断ることはしませんでした。


そんな日々が続いたある日、私の作品が小さな賞をとりました。

大したことはない賞ですが、私にとっては初の賞です。


あまりの嬉しさにそれをいの一番に彼女に伝えたく、彼女の家に行きました。


彼女は私が突然来たことに驚きつつ、快く迎え入れてくれて、お茶を入れ始めました。


私はそれを待つ間、1人今で待ちますが、ふと違和感があります。


いくつか送ったはずの私の絵がどこにもないのです。


私は胸騒ぎを覚えいけないことと思いつつも、私の絵を探すため彼女の部屋を物色し始めました。


なるだけプライバシーを守りたいとは思いつつ、物色していると、彼女の日記帳を見つけました。


開けてはいけない、と良識と理性の警鐘が鳴り響きましたが、それらは胸騒ぎでかき消されました。


日記は几帳面に毎日同じくらいの分量が書かれていました。

私は彼女とであった頃に遡り読んでみます。


そこには手のかかる私への文句などはありつつも、日が進むたびにそれが私への愛情へと変わっていく様子が赤裸々に綴られています。


私は気恥ずかしく、こんな素晴らしい彼女の日記を盗み見る私の人間性に嫌気がさしました、が、そこで気づいたのです。


その日記には私のことを好きになった彼女の気持ち、つまりは私のどんなところが好きになったのか真面目な彼女らしく整理され、詳細に書かれてるのですが、私の絵については、絵描きである私については何一つ書かれていないのです。


これは、きっと決定的な違和感でした。


何か、息が詰まるのを感じた私は日記を閉じ、新鮮な空気を求め、ベランダの戸を開けます。


そこにはなんてことはない地方都市の景色と

彼女が処分するのであろう雑誌や新聞の束が置いてありました。

空気を吸い込み、落ち着け落ち着けとなぜか汗をかいている自分を宥めます。

ふと、なんてことないエアコンの室外機。

当たり前の光景ですが、私はそこにあったものに気づいてしまいました。


処分予定の雑誌や新聞の束と室外機、その隙間。


そこには隠すように、まるで価値のないものかのように私の絵は誰にも見えない形で重ねられていました。


そこで私はああ、とただ呟きました。

そうです、仕事人の彼女は最初から絵なんてものに全くの興味がない。


そんなことに、愚鈍な私はそこでようやく気づいたのです。


その後のことはよく覚えていません。

その日、彼女とはうわの空でよく覚えていない会話をして、そそくさと、家に帰りました。


後日、すぐにカフェの仕事を辞めることを彼女と職場に告げ、引っ越しの準備をしました。


引っ越すまでの間、彼女とは何回か会いました。けれど、私の心は嘘のように冷めていて、泣く彼女にはもはやなんの感情も湧きませんでした。


あの日、私は気づいてしまったのです。


彼女が好きだったのは、私。

私にとってはなんの価値もない、うだつの上がらない私自身が好きだったことに。


彼女の好きな私には絵描きとしての私、私の描いた絵は含まれていなかったのです。

たとえ絵の上手い一般人であると自覚しても、生涯を捧げたそれは彼女にとってどうでもいいものだったのです。


あれから何年か経ち、今では、受賞の反響もあり、働かずとも絵で食べていけるようになりました。ただ、あの時、初めて受賞した以上の絵は描けていません。


そういえば、絵ばかり描いていますので

人との会話はほぼなくなりました。

こもってばかりだからか変な咳も出てきて、体の節々も痛みが出てきています。

ただ、どこか安心している自分がいることに最近気づき、この生活こそが私にとっての満ち足りた人生だということを理解し始めています。


けれども。

けれども、たまに未練がましくも一つの情景がフワリと浮かんきて、私を懐かしい気持ちにさせます。


あのカフェテラスの夜。

廃棄のケーキと適当なコーヒー。

私の絵を好きだと言ってくれた彼女。


きっと、唯一それだけが私に残された、大切な思い出だからなのです。

どんなことでも差し支えございませんので、ご感想やご意見いただけるととても嬉しいです。

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