【第7話】
外に連れ出された俺たちは、一人ずつ棒切れを持たされた。
「まずは素振りじゃ。」
白髪の老人はそう言うと、俺たちに素振りをさせた。
(準備運動の後にやらせるって訳か)
俺は横目でチラッとシンを見た。
明らかに他のガキより振り下ろすスピードが速い。
ただ、気が付いたことがあった。
コイツらただ振り回しているだけだ。
前世でつるんでいた悪党連中には格闘技経験者も多かった。
元剣道部に柔道部、総合格闘技崩れもいた。
そいつらに比べて、何となくだが剣筋が荒い。
しかし、荒事を避けてきた俺にはそれ以上分かることはなかった。
剣術と言って良いのか、荒事を指導するのは、この白髪の老人のようだった。
(副頭領見習いのダンと同格、もしくは格上にも見えるこの白髪の老人は、腰の左にソードをぶら下げている。おそらく剣士なんだろうな。鑑定したいところだが危険すぎる)
俺は素振りをしながら、白髪の老人をを観察することにした。
左手に杖を持っているが、足が悪い訳ではなさそうだ。
左手の杖を使って、シンの足を払ったときの動きを見る限り、相当の手練れだと思う。
ダンが横に立ち、こちらを見ている。警戒されているようであまりジロジロと見る訳にもいかないが。
左の腰にソードを差しているということは聞き手は右手か。
とは言え、左手の杖の使い方も素早かった。もしかして両利き?
かなりの使い手であるはずなのに、まともな指導をしているように思えない。
(なぜ? 指導しない理由は?)
「やめい。そこまで。それぞれ座れぃ」
結局、何も分からないまま対決のときが来た。
棒切れを持つ俺の手は震えていた。
武者ぶるいなんかじゃない。完全にビビっていた。
白髪の老剣士が「これから1対1の模擬戦じゃ。儂がやめと言うまで続けて良い。」
そう言うと、ガキの名前を二人呼んだ。
一人はアニー、もう一人名前を呼ばれたガキが立ち上がる瞬間、シンが呟くのが聞こえた。
「痛めつけろ」
立ち上がったもう一人のガキは、軽くうなづいた。
「始めい!」
白髪の老人の掛け声とともに、アニーはあっという間に打ちのめされ、膝をついた。
体力の差もあるだろう。
攻撃はさらに続く。勝負はついているはずなのに、ストップはかからない。
(止めろよ。こんなのただのリンチじゃないか)
アニーは、防戦一方で亀のように丸まるだけだった。
(俺が関わったせいで。いや俺は関係ない、こいつらの問題だ。俺は関係ない、俺は・・・。)
「やめい、そこまで」
ようやく声がかかって、模擬戦が終わった。
可哀そうなくらいボロボロにされたアニーは俯きながら逃げるように座り込んだ。
「次はオットー」
シンは先程と同じようにオットーの相手に囁いている。
俺は恐怖でまともにシンを見ることが出来なかった。
「始めい!」
まるでデジャブのような光景が続いた。オットーは棒切れで打ち続けられている。
ダンの方を見たが無表情のままで、声を発する様子もない。
(ちくしょう、なんだよこの世界は。異世界でも、結局、力がない奴はいつもこうなるのかよ)
オットーが打ちのめされている姿を見ながら、悔しさが込み上げてきた。
前世でいつも感じていた、あの感情だ。
力を持たない奴は、痛みを抱え続けるしかない。
シンやダンたちに腹が立つとうよりは、無力な自分に腹が立った。
<「ユニークスキル正義感」を発動します>
そのとき、またあの声が聞こえた。
さっきと同じように、胸のあたりが急に暖かくなって光りにつつまれるような感じがした。
そして、またあの声が響いた。
<ユニークスキル正義感」の助言です>
「シンは君を舐めている。最初は上段から振り下ろしてくるから、全力で受け止めるんだ。両手でね。
この子たちは攻撃は得意だけど、防御は習っていないからね。
攻撃を受け止めたら、シンは驚くよ。その後、君はシンの右足を蹴るんだよ。良いね右足だよ。
さっき杖で打ち据えられた箇所だから、簡単にこける。
その後は、攻撃の手を止めないこと。「やめい」の声がかかるまで。
全力で打ち続けるんだ。」
(コイツ、ユニークスキル正義感の割りにエグイこと言いやがる。怪我している右足を狙えってか)
「次、シン。相手はブルー。」
俺は震えながら立ち上がった。
周囲のガキどもはまた盛り上がり、騒ぎ出した。
ボスであるシンの圧倒的な勝利を期待しているのだろう。
「ボコボコにしてやるよ、覚悟しな。」
シンは挑発的な目で俺を睨んできた。
シンの怒りに満ちた目を見た瞬間、何故だか昔の俺を思い出した。
その瞬間、不思議と恐怖は消え、心がすーっと落ち着く感じがした。
いつしか外野の声は聞こえなくなっていた。
(コイツはきっとフライング気味で仕掛けてくる。やってやる。戦うんだ。)
そう思った瞬間、「始めい!」と声が掛かった。
シンは掛け声とほぼ同時に上段から棒切れを振り下ろしてきた。
「ぐうう」
俺は、シンの攻撃を何とか受け止めることが出来た。
(なんて力なんだ。両手じゃなければあっという間にやられていた。殺す気かよ)
攻撃を受け止められ、一瞬ひるんだシンの虚を俺は突いた。
「おらー!」
両手で攻撃を受け止めつつ、左足でシンの右足に蹴りを入れた。
「ううう」
声を上げてシンが転ぶ。俺はすかさず棒切れを打ちおろした。
二撃目も手を止めず振り下ろす。
そのあたりから頭は真っ白で後は何も覚えていなかった。
気が付いたのは、白髪の老人に羽交い絞めにされ、「やめと言うとるじゃろ」と怒鳴られた後だった。
模擬戦の間の静寂が嘘のように、急に外野の声が戻ってきた。
ガキ共は喜んでいる。拍手喝采、指笛を鳴らす者。
シンに「負けるなー、立てー」とげきを飛ばす者。
俺を羽交い絞めにした白髪の老人が俺に呟く。
「犯罪者ギルド、フォーシーズンズでは、いやこの国では、
頭や口先だけで通用しない。力も必要なんじゃよ。
儂の名前はシューリ。明日から儂がお前を鍛えてやる。」
そう言ってシューリは、ニヤリと笑った。
(なるほどね、口先だけって見抜かれている訳か。力がなければ、シン以外にもやられる可能性がある。良いだろう。力をつけてやるさ。
アニーとオットーにも防御を教えてやるか、あいつらを手なずけるためにも)
俺がそう思った瞬間、またあの声がした。
<ユニークスキル『正義感』がレベルアップします。>
(レベルアップ! どういう仕組みんだよこれ。誰か教えてくれ)
そう思いながら、俺はその場に倒れこんだ。




