【第10話】
シューリがドアをノックして頭領の部屋に入った。続けて、シン、そして俺。
最後に部屋に入ろうとしたダンは小声で俺に囁いた。
「嘘だけはつくな。刻印が発動する姿は見たくない。」
誰にも聞こえないようにダンは言った。
俺はダンの言葉を反芻しながら、無性に腹が立っていた。
隷属の刻印という力で押さえつけようとする頭領に。
シンはまだ震えている。
頭領が、じろりと周囲を見渡した。
シューリが「席を外しましょうか?」と尋ねたが、
「いや構わない。お前たちにブルーの世話を頼んだのだからな。」
シューリは声を出さずうなづいた。
シューリすら緊張しているようで、空気が張り詰めた。
「シンよ、そこまで怯える必要があるか? いつも言っているだろう俺たちは仲間だ。
掟さえ守るなら・・・。」
シンは頭領の言葉に余計怯えたようで返事もできない。
「シンよ、俺がいつも言っている言葉を繰り換えしてみろ。」
シンは怯えながらも、声を絞り出そうと小さく息を吸った。
「俺たちグレーシーズンズはただの悪党集団じゃない。俺たちは義賊だ。俺たちは悪党からしか奪わない。」
頭領がかすかに笑うと、ダンに向かって
「ダンよ、もう少しコイツの座学を増やせ。
シンだけではない、ブルーもよく聞け。
『俺たちは悪党だ』それは間違いない。『俺たちは悪党からしか奪わない』それも正解だ。
ただシンよ、『俺たちは義賊だ』と言ったな?」
シンは無言でうなづいた。
「我らが義賊を目指していることは確かだ。人様がそれを義賊と呼ぶならば、それはそれで良い。
しかし、自分で義賊と語るなら、その時点でそいつらは義賊じゃない。ただの小悪党だ。分かったか。」
「分かった! いや分かりました!」
シンは目を潤ませながら、直立不動で頭領に答えた。
「お前は先輩として、それをブルーにも正しく伝えよ。」
これはコイツの哲学だな。
悪党にも悪党なりのポリシーがあるって言いたい訳か。
立派なことで。
俺は心の中で毒づきながら臨戦態勢に入っていた。
「ところでブルーよ、たった二日でまあまあの騒動を起こしているそうじゃないか?」
(騒動を起こしている俺を罰したいのか。どいつもこいつも俺のせいにしやがって)
頭領は無言で俺をジッと見続けた。嫌な沈黙が続いた後、
「ほー。」と呟き、大げさに肩をすくめた。
俺は主導権を取れるチャンスと思い、
「お前、見ているな。」と言ってみた。
「はっははっはは。初日の言葉か。俺が見ているかどうかも分りもしないのに、よくそんなハッタリをかますとは。良い度胸だ。」
横で明らかにダンがオロオロしている。
シンは阿保みたいに口をポカンと開けている。
シューリは姿勢を崩さない。
「ずいぶんレベルが上がった、しかもたった2日で。思っていた以上だ。」
「座学は思っていたより、悪くない。周りのレベルが低いから、賢くなった気分だ。」
「では、剣術・格闘はどうだった?」
「体力が低すぎる。次やったらシンには勝てない。」
シンは口をさらに大きく開けて、より間抜けな顔になっていた。
「ならばどうする?」
「食べて食べて体力をつけるしかない。」
「それで串焼きリンゴか? なぜ皆にも食わせた?」
俺は無言になった。結局、串焼きリンゴの話になるんだな。
(「正義感」答えてくれよ。俺に説明したみたいに、こいつに説明できるよう教えてくれ)
俺は一縷の望みをかけてユニークスキル「正義感」に語り掛けた。
「・・・。」
無情にも、答えは返ってこなかった。
沈黙を破るように、ダンが俺に声をかける。
「頭領に害をなせば、刻印が発動する。嘘も無しだ。答えるんだ。」
(何が「正義感」だよ、助けろよ俺を)
「正義感」に見放された俺は、次の手に打って出るしかなかった。
ポイントは頭領に害をなさない。嘘はつかないだ。
(悪いな、シン。)
「ああ、正直に言うよ。あのリンゴは酸っぱすぎて食えたもんじゃない。
シンなんて『酸っぱリンゴ』って名前を付けてるんだからな。」
皆が、シンに注目した。
さっきまで口を開けて阿保みたいな顔をしていたシンが、急に我に返って首を横にブンブンと振り回した。
シンは可哀そうなくらい動揺していた。
「皆に食わせてやりたいと言ったのはシンだ。そうだよな?」
シンは驚きというより怯えに近い表情で、俺を見た。
(嘘は言っていない。仕方がないだろ。俺は今までもこうやって生きてきた。
自分の心を殺すことは簡単だ。何度も繰り返せば平気になる。)
俺は前世で繰り返してきたように自分を説得していた。
シンはあきらめたように、頭領に向かって呟いた。
「串焼きリンゴを皆に食わせようと言ったのは俺です。」
最後は消え入りそうなくらい小さい声だった。
隷属の刻印は余程、恐ろしいのだろう。
あとは、このまま、リンゴ事件の首謀者であるシンに
ある程度の罰が与えられる方向に持っていけば、そう思った瞬間、頭領が突然、声を上げた。
「仲間想いで素晴らしいことじゃないか!」
皆が頭領の迫力に飲み込まれた。言葉通り褒めているのではないことは容易に分かった。
頭領は間髪入れず、俺の方を向き問うてきた。
「ブルー。それで、リンゴを焼くと何故甘くなると知っていた?」
思わぬ方向に流れが変わり、俺は一瞬呼吸することを忘れた。
(どう答える? 嘘はつけない)
「答える気がないのか?」
完全に呑まれてしまった俺は思考停止に陥った。
頭領は、
「ダン。騒動を起こしたシンに罰は必要か。」
「仲間想いは良いことですが、騒動を起こした責任はあります。」
「シューリ!」
頭領が声を掛けると、シューリは躊躇なく、シンを杖で打ち据えた。
「ううう。」
打ち据えられたシンは痛みでうずくまった。
頭領はシンの方を見ず、俺を見据えたまま、言葉を続けた。
「早く答えろ。仲間想いのシンがこれ以上、打ち据えられても良いのならばな。」
頭領のニヤリとした表情を見た俺は、メラメラと炎に近い感情が沸き上がってきたのを感じた。
それは、前世何度も経験した理不尽に対する怒りの感情だった。
不条理で、慈悲がなく、力なきものが痛い思いをする。
前世の俺はその感情を押し殺して生きてきた。
異世界。ここにも慈悲はない。




