9
ウィリアムは西へ向かう準備をしていた。
Aランクの魔獣素材で作られた強力な装備は、すべてクランに返却してしまった。
黎明の剣では、装備品はメンバーの共有財産として管理されるからだ。
冒険者は初期の頃、活動資金も少なく、装備も貧弱だ。
そのため、弱い魔物相手にさえ大ケガを負うケースが多い。
しかし黎明の剣では新メンバーに最初から強力な装備を提供することで、そういった事故を防ぎ、安心して成長できる環境を整えていた。
黎明の剣は、この教育体制を売り文句にし、才能のある新人冒険者を積極的に採用してきた。
新人はEランク冒険者から採用され、ベテラン冒険者を中途で採用することは避けられていた。
ベテランはクランの文化へ馴染みにくかったり、運営方針と衝突しトラブルを引き起こすことが多いからだ。
クランが大きくなるにつれ、内部で派閥が生まれ対立が生じることもある。
冒険者は荒くれ者が多く、衝突が殴り合いに発展することさえある。
その結果、多くのクランは中小規模にとどまり、大規模クランになるのは難しい。
黎明の剣が100人を超える大手クランに成長できたのは、フラットな新人を採用し、クランの風土や文化に馴染ませたからだ。
黎明の剣では新人冒険者を入団させる際、条件や同意書を提示し、正式な契約書を作成する。
討伐で得た素材や装備、報酬などはクランの資産として管理され、メンバー個人には所有権が認められない。
代わりに毎月給料が支給され、定期的な査定により活躍度合いに応じてボーナスが上乗せされる。
新人にとっては生活が安定し、良質な装備とベテランの指導が受けられるメリットがある。
ウィリアムの強力な装備は、クラン設立前から持っていたものだ。
そのため厳密には返却の義務はなかったが、余計な借りを作りたくなかった彼は、すべてをクランに預けてしまった。
今、彼はワイバーンの素材で作られた装備に身を包んでいる。
この装備には深い思い入れがあった。
初めてワイバーンを討伐し、祝勝会で仲間と朝まで飲み明かした日を思い出す。
ストームヘイブンを拠点にして、魔領域へ初めて挑んだあの頃の希望と不安も蘇る。
---
「来ないねえ...。」
少女がつぶやいた。
情報収集の結果、衝撃の事実が判明した。
ウィリアムがクランを脱退したのだ。
理由は分からないが、冒険者にトラブルは付きものということか。
少女はウィリアムが西へ向かう定期便を待っていた。
事前準備から考えて、そろそろのタイミングだと思っていたが、なかなか現れない。
アテが外れたかな?
思案にふけっていると、不意に声をかけられた。
「なあ、お嬢ちゃん。あんたも西へ向かうのか?」
ニヤニヤと笑いながら男たちが近づいてきた。
そのリーダーはBクラス冒険者のサイラスだ。取り巻きは彼のパーティーメンバーだろう。
ストームヘイブンで活動するBクラス以上の冒険者の名前と顔は、すべて頭に入っている。
サイラスは悪い意味で有名人だ。
冒険者は荒くれ者の集まりで、善人ばかりではない。
中には、その力を背景に商店や弱小商会などに対して自身を用心棒として強引に売り込み、みかじめ料を取る者もいる。
サイラスもその1人だ。
権威には媚びへつらい、弱者に対しては強気に出る。
時には犯罪組織との繋がりをほのめかし、恐喝を繰り返しているという噂もある。
冒険者はモンスターを狩る貴重な人材だ。
それにBランク以上の冒険者は強力で、当局が身柄を抑えることは難しい。
何より冒険者の管理監督はギルドの領分で、国家が介入する事は慎重にならざるを得ない。
結果として、よっぽどの犯罪行為に手を染めない限りは、多少の悪事は目を瞑っているのが現状だ。
そのような現状から、冒険者は悪知恵を手に入れる。
力さえあれば、少々の悪事なら手を染めても許されると。
中には「当局に処分されない悪事のやり方」なんてガイドブックを配ってる大バカ者も存在する。
私もあるツテから入手して、興味本位で読んだ事がある。
内容はAランク冒険者編、Bランク冒険者編、Cランク冒険者編...と段階に応じて丁寧な解説がされており、具体的な処分事例を元に詳細にまとめられていた。
どのラインまでなら安全か、逆に超えてはいけないラインはどこか。
作ったヤツは相当頭が良いんだろうけれど、大バカ者だ。
道徳心と倫理観を母親の子宮に置いてきてしまったらしい。
こういう手合いは、プライドだけは高い。
私の事を下に見ているから、やすやす声をかけてきたのだろう。
軽くあしらってもいいが、ここにいるという事は、恐らく彼も定期便に相乗りするつもりだろう。
面倒ごとは避けたい。
「なあお嬢ちゃん、ここらじゃ見ない顔だな。この辺は怖い人達がいっぱいいるんだ。もしよければ特別に俺が守ってやってもいいんだぜ?」
どの口が言うか。
さっきから私の胸をチラチラ見ているのは分かっているぞ。
もう私の間合に入っている。
今ここで黒焦げにしてしまおうかと思った矢先、待ち侘びた人物が現れた。