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「……すごい。」
思わず声が漏れた。
魔力探知網に人間らしい反応が引っかかったので、私は遠くから様子をうかがっていた。
数キロ先の距離から、望遠魔術を何重にも重ねがけし、こっそり彼を観察していたのだ。
彼はウィリアム。
黎明の剣の初期メンバーだ。
冒険者界隈は意外と狭い。
特にBランク以上の冒険者の名前は、同じギルドに所属していれば誰もが知っている。
Aランク冒険者ともなれば、その名は冒険者に限らず都市の人々にも広く知られている。
だが、彼は特に有名だ――悪い意味で。
彼には「金魚のフン」「腰巾着」「ラッキーボーイ」など、数えきれないほどのあだ名がつけられている。
付与術師としてAランクに到達するのは非常に稀なケースだが、彼が黎明の剣の幹部を務めていることが、多くの冒険者の嫉妬を集めていた。
「荷物運び要員」「パーティーのおこぼれに預かるだけ」「伯爵の裏工作でAランクに推薦された」など、噂は尽きない。
彼の実力はBランクどころか、Cランク程度だろうというのが大方の評価だった。
でも、今見てわかった。
彼は間違いなくAランクの冒険者だ。
私は彼の武器にフォーカスを合わせる。
見た目からして特に強力なものではなく、安価な量産品であることがわかる。
それにもかかわらず、彼はBランクの脅威度を持つレッサードラゴンを一撃で仕留めたのだ。
付与術師は単なる後方支援ではない?
彼の実力はまだ計り知れない。
ん? 彼が何かつぶやいている。
私は口元にフォーカスを合わせ、読唇術で母音を読み取る。「にしへ行こう……?」
彼はストームヘイブンを拠点にしているはず。
なぜ西へ?
彼の実力なら大陸西部へ向かうことは可能だろうが、それはクランを離れることを意味する。
クラン内部で何かあったのだろうか?
……まあ、いいか。
私も西の魔領域に用事がある。
網を張ってみる価値はありそうだ。
彼が西に向かうなら、クリムゾン・シンジケート商会の定期便に相乗りするだろう。
定期便は5日に1回、ストームヘイブンから西の前哨基地へ向けて出発する。
帰ったら、黎明の剣についての情報を集めよう。
彼が発つタイミングを見計らって接触するのも悪くない。
準備を急がなくては。
「よーし、忙しくなるぞ」
私は伸びをし、戦闘で疲れた体をほぐした。
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背後にはワイバーンの死体の山が築かれていた。
丸焦げになったもの、全身に穴が空いたもの、原型を留めずぐちゃぐちゃに引き裂かれたもの――その数は50体ほどだ。
ワイバーンの単体脅威度はCランクだが、群れで活動することを考慮すれば総合脅威度はBランクに匹敵する。
この規模の事案に対応できるのは、Bランク以上の冒険者でなければならない。
彼女は魔術の試し撃ちのためにストームヘイブンの外に出ていた。
運悪く、ワイバーンの群れが彼女に遭遇してしまったのだ。
群れのリーダーを逃がすため、ワイバーンたちはその身を盾にして必死の足止めを図ったが、彼女には全く通用しなかった。
気づけば群れの長であるレッサードラゴンを仕留め損なっていたが、心配はない。
すでに長は死んでいるのだから。