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ウィリアム英雄譚  作者: すしタマゴ
第1章 すべての始まり
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7

気づいた時には、既にストームヘイブンから遠く離れた郊外にいた。

当てもなく彷徨う(さまよう)

考え事をしているうちに、モンスターの領域に足を踏み入れてしまったらしい。

夢遊病患者のような気分だった。


都市には通常、モンスターを寄せ付けないための大規模な魔術結界が設置されている。

だから都市の中は安全だ。

しかし、結界の一歩外はモンスターのテリトリーである。


そろそろ戻ろうと思った矢先、地面に大きな影が横切った。

空から何かが飛来する風切り音が響き、その音がだんだんと近づいてくる。

突風が吹き付け、思わず吹き飛ばされそうになる。

同時に轟音が響き、目の前にモンスターが現れた。


それは全身が赤い鱗で覆われた飛竜――レッサードラゴンだ。

レッサードラゴンとは、ワイバーンの亜種である。

通常のワイバーンは大きくても全長10メートルほどだが、中には10メートルを超え、さらに成長し続ける個体が存在する。

それがレッサードラゴンだ。

ドラゴンよりは小型だが、ワイバーンよりもはるかに強力な存在で、単体脅威度はBランクに匹敵する。


目の前のレッサードラゴンは、およそ全長15メートルほど。

すでに火炎ブレスを吐く予備動作に入っていた。

数秒後には全身が炭化した死体が転がっているだろう。

だが、まだ死ぬわけにはいかない。

すかさず投げナイフを取り出し、強化した身体能力で全力で投擲する。


ナイフがレッサードラゴンの眼球に突き刺さる。

ブレスは止まった。

レッサードラゴンは苦痛に顔をのけぞらせた。


その隙をつき、脚力を強化し一瞬で20メートルほどの間合いを詰める。

レッサードラゴンの懐に飛び込むと同時に、地面を強く蹴って空中に舞う。

剣を取り出し、タイミングを合わせて首目掛けて振り上げた。


付与術師がモンスターを弱体化する時、全身にデバフをかけるのは効率が悪い。

特定の部位、特定の瞬間に集中させることで、防御力を大きく削ぐことができる。

さらに理想的なのは、攻撃がヒットする瞬間にデバフをかけることだ。


剣の軌道に合わせて、幅わずか数センチの幅にデバフをかける。

数瞬の間だけ、鱗、筋繊維、骨が非常に脆くなる。

これで剣の通り道ができた。

あとはその部位に正確に剣を通す技量があれば、Cランクの魔物の素材で作られた安価な剣でもレッサードラゴンの首を両断することができる。

レッサードラゴンは血飛沫を上げ、絶命する。

その体は轟音と共に地面に崩れ落ちた。

剣に付着した血を振り払い、鞘に収める。


モンスターとの戦闘は、まさに命懸けだ。

モンスターの体は人間よりはるかに大きく、リーチも長い。

軽く身じろぎしただけで、人間は簡単に吹き飛ばされるか圧死してしまう。

だからこそ、接近戦で攻撃を仕掛ける時は反撃されないよう致命傷を与えるか、一撃で倒すのが理想だ。


だが、これを一人で成し遂げるのは難しい。だから冒険者はパーティーを組む。

タンクがモンスターの注意を引き、その隙に剣士が攻撃し、魔術師が魔術で牽制してモンスターの追撃を防ぐ。

お互いにカバーし合うことで、生存率は飛躍的に高まる。


付与術師の場合も同様だ。だが、卓越した付与術師は自ら前線に立つ。

自らを強化し、攻撃の軌道に合わせてモンスターの肉体を弱体化させ、クリーンヒットを常に叩き出す。

真価を発揮するのは、サポートではなく剣を取って戦う時だ。


ウィリアムは超一流の冒険者の動きを間近で観察し、共に戦う中でノウハウを身につけてきた。

それは全て、ヴァルターの背中を見て学んだものだ。

ウィリアムは付与術師の極致に達していた。

もはやパーティーの支援がなくても、単独でモンスターを殲滅できる一人の軍隊となっていた。


「はぐれレッサードラゴンか、珍しいな」


名前に「ドラゴン」と付いているが、実際はワイバーンの延長線上にある魔物だ。

ワイバーンは群れを形成し、その中でもレッサードラゴンは長として君臨する。

だが、周囲には他のワイバーンの姿はない。


群れから追放されたのか?

ちらりと、切断され光を失った瞳を一瞥する。

その境遇に、一瞬、自分を重ねてしまった。

感傷的になっているのかもしれない。

いや、今はそれを捨て、気持ちを切り替えるべきだ。


「西へ行こう」

ウィリアムはつぶやいた。どこか決意を秘めた声だった。


大陸西部。それは忌み嫌われる地だ。

300年前に発生した魔獣のスタンピードが、この地を荒廃させた。


現在もなお、西部は大陸最大の魔領域と隣接しており強力な魔獣が頻繁に出現する。

人間が定住できない不毛の土地であり、開拓村や都市を建設しても、度重なる魔獣の襲撃で破壊されてしまう。

経済や税収が安定しないため、ここに国を建国することは不可能だ。

都市を守るコストが、得られる利益をはるかに上回ってしまうからだ。

そのため西部には固定した国は存在せず、ギルドなどの冒険者拠点が点在しているのみだ。


しかし、屈強な冒険者たちは大陸中からこの地に集まる。

魔獣が手強い分、未知の素材や資源の宝庫でもあるからだ。


特に強力な魔獣の素材は高値で取引され、その素材から作られる装備は最高級品だ。

魔術の触媒としても非常に貴重で、多くの魔術師が求める。


例えば、Aランクの魔獣であるドラゴン。

全身が硬い鱗で覆われ、高い魔素適合率を持つため、物理攻撃だけでなく魔術攻撃も弾いてしまう。


ドラゴンはワイバーンとは異なり、ブレスだけでなく魔術を使って大規模で多彩な攻撃を行う。

その知能の高さから、Aランク冒険者でも返り討ちに遭うことがある。


特に長年の経験を積んだ『歴戦個体』は、人間を学び、積極的に襲うようになる。

過去には、こうした歴戦個体が地方都市を襲い、多くの死者を出したこともあった。


だが、冒険者たちは魔領域への挑戦をやめない。

魔獣が莫大な富をもたらすからだ。


ドラゴンは全身が貴重な素材の塊だ。

鱗や牙、骨は武器や防具に、内臓は薬の原料に、血は魔術の触媒に。

眼球は宝石に加工され、肉は珍味として高値で取引される。

もしドラゴンを討伐できれば、その素材を売るだけで、豪華な邸宅を何軒も買えるほどの富を得られるだろう。

こうして手に入れた富で建てられた豪邸は「魔獣御殿」と呼ばれ、多くの冒険者の夢だ。

強力な魔獣を狩り、得た富で豪邸を建て、隠居生活を送る。それは冒険者たちの目標の一つである。


ただし、そんな成功は稀だ。

素材として活用できる魔獣は少なく、多くは「ハズレ」だ。

冒険者たちは「アタリ」を引くため、何度も魔領域に挑む。


さらに、この地には魔素を多分に含んだ土地特有の鉱石も多数存在する。

例えば、赤黒い「ドラゴニウム」。

硬く丈夫で加工しやすいこの鉱石は、最高級の武器や防具に用いられ、その需要は年々高まっている。

銀色に輝く「ルナリウム」は魔力との相性が非常に良く、これを使えば、剣士でも魔術を発動できる装備を作ることができる。


これらの鉱石は特に軍が大量に必要としている。

大規模な軍隊には統一された装備が必要で、安定した鉱石供給が重要なのだ。

ドラゴンなどの魔獣は貴重だが、供給は安定しない。

しかし鉱脈からは、安定した量が得られる。


稀に、これらの鉱石の大規模な鉱脈が発見されることがある。

その場合、冒険者には途方もない富がもたらされる。

鉱石の種類によっては、地方都市を一つ買い上げるほどの価値がある。


そのため魔領域では魔獣討伐ではなく、鉱脈探索を生業とする冒険者も存在する。

彼らは戦闘用ではなく、隠密に特化した装備や魔術を駆使し、危険を冒してまで一攫千金を夢見て活動している。

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