84 竜たちのつぶやき
遥か昔、地上は竜たちの楽園だった。
彼らは巨大な翼を広げ、ゆったりと空を舞う。
竜たちは争うことなく、空と地を行き来し、長い時の海で深遠な思索に浸っていた。
しかし、地上に四つ足の獣たちが現れ、竜たちの楽園は奪われた。
獣たちは瞬きのような短い命を、浅ましい争いで潰していった。
しかし、か弱いはずの獣たちは、瞬く間に地上を埋め尽くした。
竜たちの多くはこの地の変貌を疎んじ、星の光となり別の世界へ旅立った。
やがて獣たちの中から「人」が現れた。
地上に留まった竜たちは、人の営みに感心を示した。
人は、竜のごとく深い思索はできないが、彼らの思考の断片は、竜たちの好奇心を大いに刺激した。
竜は戯れに人に姿を現し、神のごとく崇められた。人の崇拝は、竜たちの誇りを大いに満たした。
時に竜は、気まぐれに人に力を貸し与えた。人の世界で劣った者に力を与えて、その変わりようを楽しむこともあった。
竜と語り、力を操る者は魔法使いと呼ばれ、人々に尊ばれた。
それでも人は弱かった。竜は人が滅びないように守り、力を貸し与えた。
力の代償として贄を求めるのは当然であった。人は竜の誇りを満たすために存在したのだから。
竜たちは地上の獣たちを眺め、あれこれを呟く。
――不思議なものだ。獣は、なぜつがいを求めるのか?
年若い竜が眼を輝かせ、年嵩の竜に問う。
――獣は、我らよりか弱く、はかない命だ。命をつなぐため、つがいとなる。
――我らの命とて無限ではない。終わりの時に、卵をひとつ生む。我も今、親より生まれた。
――獣はか弱さゆえ、己の半身とつがいの半身を重ね、新たな命を産む。
――なんたる不可解! つがいとは、己の半身を殺すことなのか。
――この地は目まぐるしく姿を変える。それゆえ獣たちは、己の半身を捨ててでも新たな形を求め、生き延びるのだ。
――獣とは哀れなものだ。我には理解できぬ。己の半身を失ってまで生へ執着するとは。
――若きものよ。いくらでも思索に浸るがよい。思索こそ、我らがこの地に留まる意義なのだから。
竜たちは、悠久の空を渡り、獣たちを眺め続ける。
その下の人々は、火の山の怒りが静まることを、竜に祈り続けていた。




