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彼女の前世がニホンジン? 2 聖妃二千年の愛  作者: さんかくひかる
5章 ロバート(二つの薔薇園)
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60 恐ろしい兵器

 原子論学会のパーティーは立食形式で開かれた。学者と夫人たちが、原子論に限らず、世界で初めて行われた陸上国際大会や、隣国ラテーヌの情勢など、雑多な話題で盛り上がっていた。

 ロバートとメアリが会場に入ると、一同は背筋を正し、男性は頭を下げ女性はカーテシーで二人を迎える。

 メアリはダークグリーンのドレスに身を包んでいる。肩と胸元はシースルーの生地で覆われ白い肌とあいまって、妖艶さを漂わせている。


 最近、宮殿に務めるメアリの元に、キャロライン王妃付きのファッションデザイナーが訪ねてくる。

 王妃が直接メアリに会って助言することはない。が、ロバートは何度も母妃から「王族になる女性が、百年前の骨董ドレスを着けるなんて」と愚痴を聞かされていた。

 メアリは「私、太っているから肌を見せたくないのですが……でもがんばりますね」と、王妃のデザイナーの助言に従っているようだ。

 ロバートは戸惑うばかりだった。このように色香を漂わせるメアリは好きだが、自分以外の男の視線に、メアリの美しさを晒したくない。しかし一方、婚約者の美しさを見せつけたくもある。



「本当に四元素論が復活するのか?」


 ロバートは、メアリとワルツを踊った後、新進気鋭の学者たちの話に耳を傾けていた。


「いえいえ殿下。原子には四つの性質があるんですよ。それを便宜上、風・火・水・土と名付けたら、親しみやすいかと思いましてね」


「うむ。それは誤解を招くのではないか? 原子の『風』の性質と、僕たちが感じる風とはなにも関係がないのだろう?」


「そこが問題なんですよねえ。が、古代の人も現代の我々も、物質を四つの性質で捉えていたことは変わらないわけで」


「博士。五つ目の性質が発見される可能性はないのか?」


「殿下の慧眼には、恐れ入るばかりです。実験装置が開発されれば、見つかるかもしれませんね」


 例によってロバートはメアリのことを忘れて、学者たちとの話に興じていた。

 と、彼の背後で、ざわめきが沸き起こった。怒鳴り声が、ときおり混じる。

 しかしロバートは気に留めなかった。学者たちが議論に熱を上げ喧嘩腰になるのはよくあること。王太子である自分が割って入ったら、彼らの自由な言論活動に水を注す。


「殿下、よろしいのですか?」


 原子の性質を熱く語った学者が、ロバートを促す。


「いいことだ。それだけみな、科学に対して真剣なのだろう」


「しかし、あなたのプリンセスが……」


「なんだと!? メアリがどうした?」


 ロバートが振り返ると、伯爵令嬢が「やめてください!」と叫んでいた。



 喧騒の騒ぎの中心で、王太子の婚約者が目を吊り上げていた。


「なぜ、あなた方はそんな恐ろしいことを口にするのです!」


 初老の眼鏡の男が「まあまあ」と窘める。


「メアリ様、どうか落ち着いてください。ネールガンドを強国にするためには、科学力の強化が欠かせませんので」


 ロバートはメアリの肩を抱き寄せ囁いた。


「どうした? 君らしくない。この男が無礼を働いたのか?」


 ロバートは初老の男を良く知っていた。ネールガンド原子論学会の重鎮だ。


「グレンジャー教授、あなたは、僕の婚約者を侮ったのか?」


「と、とんでもない。私たちが我が国の未来を憂えていたところ、プリンセスがいきなりお怒りになられて」


 令嬢は目を吊り上げたまま、王太子に訴えた。


「殿下。この人たちは、原子論を利用した恐ろしい兵器を作ろうとしているんです!」


「教授、原子論で兵器だと?」


「いえ、仮定の話です。最近、新大陸の動きがきな臭く……特に大国カリンダが隣国に睨みを聞かせ、マラシア大陸全土を掌握しようとしております」


 グレンジャーを取り囲む若い男たちも頷いている。


「カリンダとは、大学の研究室にも留学生がいたな」


「はい。殿下の噂の恋人……うわ! すいません」


 グレンジャーのとなりの若い男が、余計な言葉を差しはさむ。ロバートはメアリがまた嫉妬するのではと気をもんだが、メアリはそれどころではないらしい。


「カリンダの連中は、蒸気機関も原子論も見つけられなかったくせに、自国の方が古いと鼻に掛け、いまごろになって我が国の技術を盗もうと躍起になっています」


「グレンジャー教授。世界中に我が国の科学技術が広まることこそ、ネールガンドの誉れではないか」


 が、初老の男は顔を歪める。


「これは失礼。しかし、マラシア大陸はわがゴンドレシアより人口が多く、資源も豊かです。今は産業技術が劣っているがゆえゴンドレシアが優位ですが、連中が力を着けてからでは遅い。かの聖王アトレウスの時代のように、ゴンドレシアをひとつにまとめて、マラシア大陸に対抗すべきです」


 ロバートは眉をひそめた。


「グレンジャー教授。ネールガンドを思う気持ちはよくわかる。しかし、今はそのような時代ではない」


「いいえ、今こそ我が国で始まった原子論の力を見せつける時。殿下、原子そのものに莫大なエネルギーが秘められていることは、ご存じかと」


「ま、まさかグレンジャー教授は、原子のエネルギーで……」


 王太子が懸念を示す前に、婚約者が割り込んできた。


「私は反対です! そんなエネルギーを使った兵器を開発して他国を従わせようなんて……あなたたちには人の心がないの! 一度作られた兵器が使われないなんて保障はどこにもないのよ!」


「メアリ! 静かにしろ!」


 ロバートは珍しくも人前で婚約者を叱責した。


「で、でも殿下! 本当に原子のエネルギーを使った兵器ができたら、恐ろしいことになります」


「いいから!」


 王太子は、婚約者の唇を奪った。場の者は呆気にとられ騒ぎ出す。

 ロバートは放心したメアリを抱き寄せたまま、参列者を見回した。


「さて、僕が邪魔してあなたがたの活発な議論を阻害してはいけない。そろそろ失礼しよう」


 ロバートは去り際、議論の元となった学者に声をかけた。


「グレンジャー教授。あなたの懸念もわかるが、科学の力は人類の幸福に資するべきと僕は考える。陛下が日頃おっしゃるように」


 グレンジャーは「肝に銘じます」と頭を下げた。



「申し訳もありません。ロバート様。私、大変なことをしてしまいました」


 ロバートの寝室で、ガウンを羽織ったメアリが頭を垂れている。


「湯に浸って、少しは落ち着いたかい?」


 ベッドに腰かけた男は、婚約者の腕を取り、となりに座らせた。


「君があのように感情を高ぶらせるとは……君の前世では、そのような兵器が開発されたのか?」


 メアリは大きく頷いた。


「ロバート様は何でもお見通しですね……日本は攻撃を受け、二つの都市で合せて二十万人以上の人が亡くなりました。二つの爆弾で」


 ロバートはメアリの肩を掴んだ。


「まさか君はその攻撃を受けたのか! その爆弾のせいで亡くなったのか?」


「いえ、私が生まれるより三十年以上前のことで、私も詳しくは知りません。強い関心を持ったわけではないので……でも、日本では学校で習います」


「そうだった。君は平和で豊かな時代で楽しく生きてきた」


 男は女をそっと抱きしめた。


「メアリ。君の不安はよくわかる。だが……君の前世の知識にまつわる不安は、僕にだけ知らせてほしい。あのような場で君の聞きたくない話が出たら、黙って去るんだ」


「ごめんなさい。そうすべきでした……つい我慢できなくて」


「君の不安は僕がいくらでも聞く。グレンジャー教授には、僕から上手く言って聞かせるよ」


 ロバートはメアリの濡れた巻き毛に指を絡ませた。

 と、巻き毛の女は男にしがみ付く。


「こ、こんなことをしたら、ロバート様に嫌われても仕方ない……私は転生者なのに、あなたの苦しみを除くこともできない……」


「落ち着くんだ。僕らは同じ星で生まれた者として結ばれる運命なんだよ」


 メアリは首を振った。


「本当に運命なのでしょうか?」


「い、言っただろ? 思い出せなくて本当に悪いが、僕は君に会う前から『ニホン』を知っている」


「……思い出さない方がよろしいかと……」


「な、なにを言っている?」


「ロバート様は、ネールガンドで王太子の責務を見事に果たされ、国民の尊敬を一心に受けています。ですから、前世など思い出さないに越したことはございません」


 男は婚約者を強く抱きしめる。これ以上メアリから、前世にまつわる話は聞きたくなかった。



(まさかメアリは、僕の嘘を見破ったか? いや、そんなはずはない……)


 メアリに前世の思い出を尋ねられても、ロバートは思い出せないと突っぱねるしかない。以前、彼女に謎の図形を見せつけられても、何も答えられなかった。


『オリオン座なら、世界中で見られるかと思いましたが……きっと殿下の前世は、星空を眺める余裕もなかったのでしょう』


 明らかに彼女は落胆していた。その図形は、チキュウのどこからでも見られた星座らしい。

 言葉も時代も違うとはいえ、同じ星の住民同士。なにか共通する話題はないかとメアリは、必死に考えたに違いない。

 いくら取り繕っても、このままではメアリの心は離れてしまうのではないか?

 今日のパーティーのメアリの様子から、同じニホンからの転生者なら何か勘づくのではないか?


 父王から、大史司長の説得に時間がかかると釘を刺された。

 最低五年はかかる?

 冗談ではない。

 一日も早く、正式な夫婦となり、共に暮らしたい。

 大史司長さえ説得すればいいのだ。


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