58 女王の決意
ゴンドレシアの王たちは、魔王城の前からジュゼッペの居城へ移動した。
魔王城から離れた丘の上にある領主の館が、そのままエレアの王城として使われている。
大広間のテーブルに、ワインやチーズに色とりどりの果物が並び、かつての勇者たちは思い思いに語らう。
カリマは、アルゴス王のニコスに近づいた。
「ニコス、前にあたしんとこで働いていた侍女がアルゴス生まれで、ティリンス村の教会で育ったって言ってたけど、知ってる?」
カリマは、エリオンから聞いた村が本当に存在するのか確かめたかった。
「ティリンス村か。あそこの教会は、昔から貧民救済に力を入れている。私が史師と出会ったのはピュロスの町だ。ティリンスからだと歩いて十日ほどだ」
エリオンが少女の時ネクロザールの王城に囲われていた可能性は、低いようだ。
「エリオン様かあ。そうだ、ニコスがあたしたちの中では、最初にエリオン様に会ったんだよね。ニコスに会う前、エリオン様はどうしてたのかな?」
途端、アルゴスの王は眼を見開いた。
「……そのようなこと、考えたこともなかった。私が出会った史師は十九歳で、少年のようだったが……年齢を超越した何かをもっていらした……神の使いに見えた」
(神の使い? それはない。一晩、ネクロザールに囁かれてあそこまで好きになれるのは……あたしと同じ普通の弱い女だ。どれほど特別の力を持っていても)
「神の使いか……ネクロザールは、自分がアトレウス様の生まれ変わりって思いこんでたけど、本当にアトレウス様が生まれ変わったら、ネクロザールみたいな奴をやっつけたよね……あ……」
ラテーヌの女王はいたずらっぽく笑い首を傾けた。
「本当のアトレウス様の生まれ変わりは、案外エリオン様だったりして」
カリマの口から、全く思っていない言葉が飛び出した。魔王の子を授かり幸せにしていたエリオン……オレーニアが聖王の生まれ変わりなど、絶対にありえない。
と、フランツと話していたはずのセオドアが聞きつけ、乗り込んできた。
「カリマよ! アトレウス様の生まれ変わりなど、言ってはならぬ! 史師の教えを忘れたか!」
「……相変わらず耳がいいね」
「セオドアよ。私もカリマも、ただ史師が普通の方ではないと言ったまでだ」
「史師は、魔王を倒したとき『聖王アトレウスの生まれ変わりと称する者を、二度とゴンドレシアに出してはならない』とおっしゃったではないか!」
カリマとしては冗談を口に出したまでだが、否定されるのは面白くない。
「あたし、エリオン様が、ネクロザールが偽物だとわかったのは、自分が本物だからだと思う」
三人の王は、エリオンが転生者か否か激論を戦わせた。議論は他の王たちを巻き込んだ。
セルゲイが加わり、一喝する。
「エリオン様すごい人! 魔王は嫌い! 嫌な奴出たら、おいらやっつける!」
ボーグ王の一声に誰もが圧倒され、口を閉ざした。
王たちは、各国が抱えている問題を話し合った。
セオドアのネールガンドとカリマのラテーヌは温暖な気候に恵まれ安定しているが、他の国は治安悪化や食糧問題などを抱えている。いまだに、勇者を王として認めない村が残っている。
(ラテーヌはかなり恵まれているのか。だったら、他の国を助けるべきだよね。戻ったら大臣たちに相談しよう)
セオドアが場を取り仕切る。
「今は、悪魔狩りが問題だな」
「なに? 悪魔狩りって?」
ネールガンド王は眉をひそめた。
「ネクロザールは三十年の治世で、多くの女を囲った……つまりネクロザールの血を引く者が、生まれた可能性が高いということだ。それも一人や二人ではないだろう」
カリマは無意識のうちに、コンスタンスを抱き寄せた。
「そうか……そういう女の人たちは、助けないとね」
「えっ!」
王たちはぎょっとカリマを見つめる。
ニコスが問いただす。
「助けるとはどういうことだ? ネクロザールの妾たちをか?」
「あたしも気がつかず悪かったけど、城を追いだされ女一人で子供を抱えていたら、大変でしょ?」
沈黙の後、ホアキンが口火を切った。
「……あたしすごく恥ずかしい。カリマちゃんの優しさを見習わないと」
セオドアが首を捻る。
「しかし……魔王の血を引く子供はどうしたらよいのだ。史師は、二度と魔王を復活させるなと言ってるではないか」
カリマは立ち上がった。
「……まさかセオドア……何の罪もない子を、ただネクロザールの血を引いてるってだけで殺そうとか、考えてないよね?」
「そうは言わぬ。が……あの魔王の血を引いているとなれば、警戒するに越したことはない。せめてどのような女が城にいたか、わかればよいが……」
ジュゼッペが顔を歪ませる。
「僕の国には魔王城があるから、夫がなく子を産んだ女はみんな、魔王の女と言われるよ。ここでは聖化団ってやつらが悪魔狩りをするけど、金の髪と青い目を持った子を見つけて拷問し、殺すこともある」
カリマは目を剥いた。
「冗談じゃないよ! そういう奴らこそ厳しく罰すべきだ!」
「僕も困っている、聖化団の悪魔狩りには。でもみんな、正しいと信じている。セオドアのように警戒する気持ちもわかるんだ」
「ふざけるな! 魔王の親は魔王だった? 違うだろ! あいつは自分で勝手に悪いことを始めた! でも女と子供は関係ない! 罪のない母子を殺すことこそ、魔王のやることだ! そいつらを罰しない王も、魔王と同じだ!」
カリマは、悪魔狩りの厳罰化を主張した。しかし賛同者はセルゲイだけだった。ホアキンですら、全面的には受け入れなかった。セオドアはむしろ、悪魔狩りを肯定的にとらえていた。他の王は「時間をかけて民を教育しないと難しい」と、尻込みをした。
王たちの話し合いは終わった。カリマは、ガウラに帰るホアキンに呼び止められた。
「カリマちゃん、元気出して。あなたは、あなたの優しさでラテーヌの人たちを守ればいいのよ」
「ありがとホアキン。あたしはやっぱり、ひとりで子供を抱えて困っている女の人を助けたい」
「カリマちゃんも女ひとりで王女様を産んだからかしら?」
カリマは無言で微笑む。先ほどの悪魔狩りの話に引きずられ、気が晴れない。
「それにしてもびっくりしたわよ。エリオン様とカリマちゃんがそんな仲だったとは……意外だったわ」
「……コンスタンスは尊い方から授かった。それだけだよ」
お調子者の短剣使いが、苦笑いを浮かべる。
「ごめんごめん、野暮だったわ。本当はカリマちゃん、あの故郷の幼馴染が好きかなって思ってたから」
カリマは身を震わせた。この男はなにを言っている?
「え……な、なんで? あ、あいつは本当にただの幼馴染だよ……」
「なんとなくそんな気がしただけ。気にしないでね。じゃあカリマちゃん、コンスタンスちゃんと仲良く元気でね。また五年後会いましょう」
女王はホアキンの背中に手を振りつつ、背中に流れる汗を感じた。
(……あたしとエリオン様の仲が疑われている? じゃあ、コンスタンスの父親も疑われる?)
カリマは王女コンスタンス手を取り、下働きの夫婦と共に、ラテーヌへ向かった。
「かあさまあ、へへへ、かあさまといっしょ」
小さな娘は母を独り占めして、はしゃぎ回っている。
(国に帰ったら、悪魔狩りが行われていないか、ひとりで子を抱えた女がひどい目に遭ってないか、調べないと!)
カリマは王女の巻き毛を見つめた。
多くの者が、エリオンが父と信じているが、疑う者もいるかもしれない……ホアキンのように。
しかも王女の右目は青く、髪のところどころに金色の房が混じっている。
青い目と金髪というだけで迫害される……。
カリマは王女の手を離した。
「かあさま?」
コンスタンスは、手を取ろうとする。が、カリマは跳ね除けた。
「あんたは、もう赤ん坊じゃない。いつまでも親の手にしがみつくな」
王女の目に涙があふれる。
「かあさま、ごめんなさい!」
「泣くな! みっともない!」
下働きの夫婦が見かねて「王女様。女王様は大変な話し合いで疲れてるんですよ」と、宥める。
「甘やかすな! この子はラテーヌの女王になるんだ!」
カリマは、泣きじゃくるコンスタンスの前を通り過ぎて、すたすたと進む。
そのあとをコンスタンスはのたのたと追いかけた。
カリマは振り返り「遅い!」と怒鳴りつけた。
(ごめんねコンスタンス。ようやくなついてくれたのに。抱っこして頬ずりしてあげたいよ……でも……)
王女に魔王の血が流れていることは、決して誰にも知られてはいけない。
(コンスタンスは、あたしの本当の娘にしてみせる! 魔王になんか絶対させない!)
女王は唇を噛み締め、青く輝く天を仰いだ。一筋の涙が頬を濡らした。
ゴンドレシアの七王国は、初代王の子供たちの代までは平和を維持していた。
しかし、三代目の時代から雲行きが怪しくなってくる。
ネールガンドとラテーヌは通婚関係にあったが、二大国はゴンドレシアの覇権を巡り、やがて戦争を繰り返すようになる。戦争の要因の一つには、エリオン教の解釈を巡る対立があった。
ネールガンドの開祖セオドアと、ラテーヌの開祖カリマが、史師エリオンが聖王アトレウスの転生であるか否かを論じたと、『聖王紀』に記されている。
現代にまで続く宗教上の対立の萌芽は、すでに『聖王紀』に見て取ることができる。
魔王討伐後、史師エリオンの姿を見た者は、誰もいない。彼は魔王城から出ることなく、ネクロザールの封印に生涯を捧げたと伝えられている。
女勇者カリマと史師エリオンの物語は、ここで終わる。次章、勇者セオドアが建国して千年後のネールガンド王国に舞台を戻し、王太子ロバートの物語を始める。




