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55 王女の父と母

 王女コンスタンスの実の父。

 カリマはずっと考えてきた。はじめその男の名が浮かんだ時、あまりに馬鹿げた思いつきに笑うしかなかった。

 その男とは、カリマたち七人の勇者、そして史師エリオンの不倶戴天の敵、ネクロザール。


「カリマ様……何をおっしゃるのです? 私はネクロザールを倒すため、ゴンドレシア大陸を十年かけて周ったのですよ」


 オレーニアの額から汗が流れ落ちる。カリマは確信を強めた。王女の実の父の正体を。嘘なら、激高するか笑い転げ呆れるかだろう。このように妙に落ち着いて理性的に反論するだろうか?


「この子、髪に金色が混じって、目が青くなってきた……ネクロザールも金髪で目が青かったね」


「そのような男はいくらでもおります」


「あたしたちがネクロザールの死体を汚そうとしたとき、エリオン様は止めたよね?」


「魔王の邪気の拡散を、防ぐためです」


 エリオンは冷静に返すが、声が震えている。


「ネクロザールを倒したとき、嬉しくなかった? 十年もかけて実現したのに? あたしたちすごい浮かれたよ」


「……嬉しい? あ……いえ……それより私は邪気が広がることを恐れたので」


 エリオンは一瞬戸惑いを見せるが、すぐに自分を取り戻す。


「エリオン様、玉座に閉じ込められて、なかなか出られなかった。でも、ジュゼッペが火の魔法を魔王にぶつけようとしたとき、透明な板を壊して脱出して、魔法を止めたよね? 服が黒焦げになって火傷までして……そこまでして、ネクロザールを守りたかったんだね」


「違う! 何度も私は言っているではないか! 魔王の邪気を封じ込めるためだと!」


 緑色の目が輝きだした。乳母は史師エリオンの顔を取り戻す。


「それならどうして、ネクロザールから王様の杖を受け取ったの? 明らかにエリオン様らしくなかったよ」


「浅はかだったが、ネクロザールを改心させられると考えた」


 カリマは、眠るコンスタンスの頬に、指をそっと這わせる。


「エリオン様がこの子を授かったのは、魔王討伐のときだよね。あたし、この子のお父さんのこと、ずっと考えていた」


 エリオンは無言で首を振る。カリマは言葉を続けた。


「最初、仲間の誰かがお父さんかな? って思ったけど、みんなエリオン様が男だと信じているし、第一、エリオン様のことを尊敬しすぎているから、子供を作る関係なんて考えられないよ」


 槍のニコスは、エリオンに特別な感情を抱いていたが、男だと信じている。いや、エリオンが女とわかっても、ニコスは恋愛関係を持ちかけないだろう。


「エリオン様、ジュゼッペに氷の魔法でとどめを刺すように指示したよね? 邪気を封じ込めるためって言ってたけど……思い出したよ。エリオン様は、ジュゼッペの氷の魔法を解くことができるんだ」


 旅の最中、ジュゼッペは野のアザミの花を凍らせてカリマに渡した。そしてエリオンは、氷の花をあっという間に融かして元に戻した。


「エリオン様の本当の目的は、ネクロザールを倒すことじゃなかった。ジュゼッペに魔王を氷漬けにさせ、あたしたちを城から追い出した後、ネクロザールを復活させるつもりだったんだね」


「私が魔王を復活させる? 馬鹿なことを! 私は大陸中の人々を魔王から救ったのだぞ!」


「それは知ってる……でも、一日で変わったんだね。あたしたちが魔王城に乗り込む前、エリオン様はひとりで魔王の元に乗り込んだ。戻ってきたのは次の日だ」


「長いこと魔王の説得に時間を費やしていただけだ。叶わなかったが」


「魔王はひどい奴だけど、声も顔も渋くていい男だった。悔しいけれど。あんなおじさんに一日中甘い言葉をささやかれたら好きになるよ。あたしも危なかったもん」


 玉座の間の戦いで、カリマも魔王に「攻撃」され、危うく身を任せそうになった。


「やめてくれないか! 私はそういう女ではない!」


 エリオンは白髪を振り乱して、拳を握りしめた。


「お前は先ほどから勝手なことを言っているが、コンスタンスに父はいない。私がひとりで産んだ!」


 カリマはその可能性も考えた。人々を癒し心を自在に操る彼女のことだ。父親などいなくても、ひとりで子を成せるかもしれない。

 しかし、どうしても理解できない言葉がある。


「エリオン様、この子が絶望から救ってくれたって言ったよね? 何に絶望したの? 十年かけて魔王を倒して、大陸の人たちを救ったのに?」


 尊敬する史師は、輝く緑の眼を見開いたまま、動けなくなった。

 子供部屋らしくない緊張感が、二人の女を支配する。

 やがてエリオンは、悲し気に眉を寄せて、唇をゆっくりと開いた。

 

「カリマ……お前は本当に賢い。賢すぎる……だから私の力はお前に効かなかった」


 王女の実母は、寂しげな笑みを浮かべている。今度はカリマが動けなくなった。


 子供の産着を縫っていたエリオンは、姉シャルロットと同じ笑みを浮かべていた。愛する人の子を産み育てる女の笑み……世界を救った史師が、なぜ人々を苦しめた魔王を愛し子を成した?

 確かにネクロザールは、いかにも魅力的な男ではあるが、それでもカリマは、エリオンという人間が理解できない。

 女二人は無言で睨み合っていたが、沈黙を破る者が現れた。


「ん? あれ? まーま?」


 エリオンは強張らせた顔を崩し乳母オレーニアに戻り、王女のゆりかごに近づく。


「失礼します。コンスタンス様……うるさくして起こしてしまいましたね」


 乳母は小さな王女を抱きかかえて、揺すりだした。


「きゃはは、まーまー、きゃはは」


 産みの母に抱かれたコンスタンスは、首にしがみ付き、はしゃぎだした。


「女王様。コンスタンス様がお休みされるまで、外の風に当たってまいりますね」


 エリオンが子供を抱えて、カリマに背中を向けた。


「駄目だよオレーニア!」


 女王は乳母の目の前に、短剣の刃を突きつけた。


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