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53 絶望のあとの幸せ

 処女王カリマは、自らの妊娠を大臣たちに告白した。


「あたしの一番の務めは跡継ぎを産むことって言ったよね? だから、しばらく女王はお休みするよ」


 女王は、マルセルに裏庭の空き小屋を修理させ、侍女と二人で引き籠る。

 すでに日は落ちていた。

 エリオンは、女王と二人きりになった途端、目を吊り上げた。


「カリマ様! 今なら間に合います! 取り消してください!」


「ごめん。でもみんな、赤ちゃんができて喜んでるよ」


 女王はへらへらと笑って、白髪の侍女を宥める。

 エリオンは、かっと目を見開いた。


「ならぬぞカリマ! 子供の血筋を偽るなど女王として言語道断の所業ではないか! 次の王に勇者の血が流れてないと知れれば、お前はラテーヌにいられなくなるぞ!」


 凛々しい眉に、真っすぐな瞳。髪は白く頬のあざは痛々しいが、目の前にいるのは、女王の侍女ではなく、かつての師匠に間違いない。

 勇者の指導者エリオンが戻ってきた。


「エ……エリオン様……で、でも……あたし。これしかないんだ」


「まだお前は若い。根気よくマルセルに愛を示せば、いずれ応えてくれよう。マルセルが応えなくとも、お前は美しい女王だ。ラテーヌ中の若い男は、心の底からお前の夫になりたいはずだ」


 処女王は涙をこらえて首を振った。


「だって……マルセルはずっと姉ちゃんの帽子を被っている。姉ちゃんのこと、忘れてはいけないって言ってる……あたしが結婚を押し付けたら、マルセルは悩んで苦しむ……でも他の男と子供を作るなんて絶対できない……」


 カリマはエリオンの肩に縋りついた。


「お願い! あたしを助けると思って、その子をください!」


 かつての勇者の師匠は、緑色の眼を閉ざす。


「もう私の力は効かないのだな……」


「あの不思議な力ね。エリオン様の目を見ていると迷いが吹っ切れる」


 かつての史師は力なく笑う。


「お前だけではなく、私の力が効かない者がいる。そして……人の真の想いも動かすことはできない」


 エリオンは居住まいを正し、息を整えた。


「カリマ様……申し訳もありません。今の私は、女王様のお心に縋る身。この子もそれは同じでしょう」


 史師は、侍女オレーニアに戻り、まだ膨らみが目立たない腹をそっと撫でる。


「ですがこの子は王者にならなくとも、ただ幸せになってほしい……愛する者と家族を成して、穏やかに生きていってほしいのです……」


 カリマは極上の笑顔を見せ、エリオンの手を取った。


「大丈夫! あたしがちゃんと、赤ちゃんを幸せにするよ!」



 カリマは、エリオンと二人で出産準備を着々と進めた。

 聖王と聖妃がカリマの夢で『出産まで人に会ってはならない』と告げたとして、二人で小屋に籠る。

 お腹に布や綿を巻いて、妊娠を偽装する。

 食料や日用品の受け渡しは、マルセルに頼んだ。


 マルセルは、カリマの幼馴染という縁で女王の側近となったが、ラサ村を長年魔王軍から守っただけあり、ラテーヌ国でも力を発揮した。すでに国の要として働く彼に、このような小間使いを頼むのは女王として気が引けたが、他に選択肢はなかった。

 侍女クロエのような老女は、カリマの妊娠偽装を見破るかもしれない。女性に慣れていない独身のマルセルなら、見抜けないだろう。


(ごめんね、マルセル。嘘ついて)


 マルセルが寂しそうな顔を見せるたびに、カリマは胸の痛みを覚える。ずっと一緒だった幼馴染が、妊娠出産について一言も相談なく勝手に決めたのだ。

 彼にしてみれば、カリマに裏切られた気持ちだろう。


(それでもあたしは、エリオン様の子が欲しい……ごめんね、ラテーヌのみんな。嘘ついて)



 カリマとエリオンの二人は、昼間は小屋に籠っていたが、夜になると大きなマントを頭から被り、一言も発さず散策した。とはいえ女王の周りには、護衛が着いてくる。

 小屋に戻ったカリマは、ほっと息を吐く。


「それにしても、みんな疑わないもんだね。もしかしてエリオン様、不思議な力を使っている?」


 小屋に二人で籠るようになってから、カリマは以前と同じように「エリオン様」と呼ぶようになった。

 師匠の腹は、日に日に大きくなる。


「私に力は、もう残されておりません。女王様が皆様に信頼されている証でしょう」


 当初エリオンはカリマの出産工作に反対していたが、女王の強い願いに根負けし、今は受け入れている。

 かつての史師は椅子に腰かけ、縫い物を始めた。


「なに作っているの?」


「産着です。布を取り揃えてくださり、ありがとうございます」


「なんか……姉ちゃん思い出す」


「シャルロット様ですか?」


 エリオンはシャルロットに会ったことはなく、ラサ村を魔王軍から取り返したとき、弔いの儀式で名を唱えたに過ぎない。しかし彼女は、カリマの姉の名を覚えていた。


「姉ちゃんもね、よく産着を縫ったり、帽子を編んだりしてた。きれいな声で歌って……すごくすごく幸せにしてた……」


 女王の侍女は顔を曇らせる。


「申し訳もありません。カリマ様が悲しい想いをされたのに、私ひとりだけが幸せになって」


「そんなこと……あ、エリオン様、今、幸せって言った?」


 再びエリオンは俯いた。


「そんな顔しないで! エリオン様、昔はいつも怖い顔してた。だからあたし、嬉しいんだ。あのエリオン様が幸せになれたんだよ」


「女王様……ありがとうございます。私はあのとき、すべてに絶望していました」


 エリオンは膨れた腹をゆっくりとさすった。


「でも、この子が私を絶望から救ってくれたのです」


 魔王討伐の旅では、この女性は眉を吊り上げ、目をギラギラと輝かせていた。

 が、目の前の女は、まるでこの世の命すべての母であるかのような慈愛に満ちた微笑を湛えている。

 カリマは眩しそうに、師匠を見つめた。


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