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51 再会

 カリマがラテーヌの女王に即位してから、二か月が過ぎた。


 大臣たちは「政は我らに任せてください! それより一刻も早く王配を!」と、毎日のように押し付ける。

 カリマは、史師エリオンに選ばれ魔王ネクロザールを倒した勇者のひとり。彼女の即位には正当性がある。カリマに子供が産まれれば、その子が次の王で問題はない。

 しかし、子供が産まれなければ?


 カリマは若いときに両親を亡くし、唯一の肉親だった姉夫婦は魔王軍に殺された。少なくともカリマが把握する血縁の者はいない。

 大臣たちはことあるごとに、カリマを脅す。


「このまま女王様にお子が産まれなければ、女王の血縁だと主張する怪しい輩が、王位を要求してきますぞ」


 ラテーヌの女王としては、結婚し子を産むことの大切さはよくわかる。

 しかし。


「マルセルがあれじゃな~」


 先ほど、ワインを酌み交わした幼馴染の男は「無理に結婚することはない」とカリマを励まし、去っていった。

 女王は、天蓋付きのベッドで手足を伸ばし、刺繍が施されたカーテンを見つめる。始めカリマは「このベッド、まるでお姫様みたい」とおよそ女王らしからぬ感想を抱いたが、三か月経ち、大分、女王の暮らしに慣れてきた。

 今は、マルセルとの対話を、頭の中で反芻する。


(あたし、どこかで期待してた。マルセルが「仕方ねえな。そんなに困ってるなら俺が結婚してやるよ」って言ってくれることを)


 しかし幼馴染は、エリオンにずっと付き従っていたカリマよりも、エリオンの教えに忠実だった。彼は、愛のない結婚は教えに反すると、断言した。

 彼が姉シャルロットを忘れるには、何年かかる? 彼が恋を忘れるころには、カリマが子を産める年は過ぎているだろう。


(子供が必要なのはわかる。でもあたしは……他の男とは絶対に結婚したくない!)


 翌日カリマは、跡継ぎのための結婚はしないと、大臣たちに宣言した。

 それでも大臣たちは食い下がる。

 当のカリマも揺れていた。マルセルは「お前が跡継ぎを選べばいい」と言ってくれたが、カリマ自身、女王とはなにか未だにわからないのに、次代の王を選ぶなど、可能なのか?


(いっそマルセルに、結婚してって頭を下げる?)


 女王である幼馴染が泣きながら頼めば、彼は結婚してくれるかもしれない。しかし生真面目な彼のことだ。愛のない結婚に悩み苦しむに違いない。


 問題解決の糸口が見えないまま時が過ぎる。

 カリマはワイン蔵の調査に出かけていたが、城に戻ると当のマルセルに声をかけられた。


「カリマ……いや女王様。お客さん……です。今度はお婆さんだ……じゃない、です」


 マルセルは、カリマが幼馴染だったときの口癖が抜けず、言葉遣いに苦労をしていた。


「へえ、またかあ。あたし顔を覚えられないから、会ってもわからないだろうなあ」


「門番がおばあさんを追い返そうとしたので、俺が見つけ……ましたよ。注意しと……きました。おばあさんには優しくしろって」


「ありがと。へへ、マルセル、わかってるじゃないか」


 幼馴染は、カリマを客人の老婆の元に連れて行った。

 修理したばかりの城には、客間といっても粗末な椅子とテーブルしかない。

 白髪の巻き毛を伸ばした女は、全身を薄汚れた布で覆い、フードを被っている。


「ご無沙汰しております。女王様」


 見た目とは反した透き通る声に、カリマは首を傾げた。なぜか懐かしさが込み上げてくる。

 老婆はカリマに頭を垂れた。


「女王様、お人払いを」


 女王カリマの周りには、いつも護衛がつく。カリマが、自分は魔王を倒した勇者だから護衛はいらないと主張しても、周囲は一人にしてはくれない。


「わかった。怖いおっさんたちの前では、話せないことあるよね」


 カリマは、護衛とマルセルに退出を命じた。


「おい、お前……いや、女王様がいくら強くても一人じゃ……」


「あたしが、か弱そうなおばあちゃんに、やられると思うか?」


 マルセルは渋々同意する。


「じゃ、なにかあったら叫ぶ……叫んでください。俺たちは外で待ってますよ」


 男らが出ていくと、カリマは身をかがめ、椅子に座る老婆に笑いかけた。


「さあ、おばあちゃん。これであたしだけだ。やってほしいこと、足りないこと、なんでも話していいんだよ」


「その前にカリマ様。お口をご自身で塞いでいただけませんか?」


「へ? 別にいいけど、なんで?」


「今の私には力がないため、カリマ様が大声を出しても、止めることができませんので」


 声を出しても止められない? どこか懐かしい透き通る声。


「ま、ま、まさか……」


「どうか、お口を」


 女王は老婆の指示通りに、自分の口を抑える。

 白髪の老婆はゆっくりとフードを外した。


「カリマ様、息災で何よりでございます」


 フードの下から、肩にかかった白髪の巻き毛が表れた。

 左頬の痛々しい紫色のあざが目立つ。皺は刻まれていないが、肌はくすみ、目元はたるんでいる。

 女を老婆と呼ぶにはまだ早く、三十歳から四十歳といったところか。

 平凡な中年女に見えるが、緑色に輝く大きな眼は、忘れようと思っても忘れられない。


「エ、エリオン様?」


 カリマは小声で女に確認を求める。

 豊かなブルネットの髪は、たった二か月で白くなった。白く艶やかな肌に残された大きな染みは、ジュゼッペの火の魔法攻撃を受けてできた火傷の痕だろう。


「女王様。史師エリオンは、もうおりません。どうか私をオレーニアとお呼びください」


「あ、うん。それはいいけど……オレーニアって元の名前?」


「エリオンとは、オレーニアの男名です。旅に出たときに名を変えました」


 二度と会えないと諦めていた恩師。彼女に出会えなければ、姉の仇は討てなかった。きっと、今でも故郷のラサ村は魔王軍に苦しめられ、カリマは洞窟で明けない夜を嘆き、マルセルは不本意ながらも孤立したまま魔王軍に仕えていただろう。


 エリオンが元の名に戻り、男装を解いたということは、彼女はようやく普通の女になれたのか。

 じわじわとカリマの胸に思いがこみ上げ、目から涙が溢れた。


「あああ! エリオン様。よく、よくあたしのところに戻ってきて……」


 女王は、椅子に腰かけるエリオンの膝に縋りついた。


「私はもう、エリオンではございません」


「ごめん、オレーニアだったね。嬉しいなあ。ずっとここにいるよね? あんな別れ、二度と嫌だよ!」


「どうか頭を上げてください。カリマ様は女王様なのですから」


 かつての師匠に肩をさすられ、女王は頭を上げた。椅子を運び、エリオンにくっつくように座る。

 彼女は史師であったときから、明らかに態度を変えた。

 かつてはカリマを導く師匠であったが、オレーニアとなったただの女は、女王であるカリマにへりくだる。


「こっちに来たってことは、魔王の封印は上手くいったんだね? 髪が白くなったのは、封印に力を使ったから?」


 エリオンは寂しげに自分の白髪を手に取った。


「おっしゃる通り、この髪は封印に力を注いだためです。残念ながら、魔王は私の生涯をかけて、封じ込めなければなりません」


 師匠と再会した喜びが半減した。エリオンは普通の女に戻れないのか。


「そうか。残念だね。でもこっちに来られたってことは、封印は大丈夫なんじゃない?」


 かつての師匠は目を伏せて首をゆっくり横に振る。


「いえ、今の封印は一時的なもので、三年経ったら、私は魔王城に戻ります」


「そうか。できればその三年間ここにいてほしいけど、他のみんなにも会いたいよね? あ、みんなエリオン様が女って知らないから、びっくりするか」


「他の勇者様に会うつもりはございません。勝手ではございますが、私はカリマ様に助けていただきたく、こちらに参りました」


「エリオン様にはいっぱい助けてもらったもの。なんだってするよ」


 中年女は、極上の笑みを女王に見せた。


「カリマ様。ありがとうございます。また驚かれると思いますので……」


「わかった。口を塞ぐんだね」


 今は力を失ったとはいえ、万能の史師だった女が何に困っているのだろう? まさか、魔王が復活したのか? いや、あの魔王は首を斬られて死んだはず……カリマは頭をグルグル回転させるが、エリオンの告白は、まったくの予想外だった。


「子を授かりました」


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