50 別れ
七人の勇者たちはエレア領主代理の館で幾日も話し合いを重ねたが、いつまでも留まるわけにはいかない。故郷の人々が、新たな国王を待っているのだ。
別れの日がやって来た。
館の中庭で、カリマは最後の宴を楽しむ。
ホアキンに強く抱きしめられた。
「カリマちゃーん、あたしさあ、本当にカリマちゃん、好きだったんだよ」
「へへ、ありがと。あたしにそんなこと言ってくれるの、ホアキンだけだよ」
「もう! カリマちゃんにはエリオン様がいるじゃない」
「ま、まあね」
もともとエリオンの正体を隠すために、恋仲を演じていた。もう真実を打ち明けてもいいかもしれない。
抱き合う二人に、ニコスが厳しい視線を注ぐ。
「カリマ殿。いくら史師と別れたとはいえ、すぐ他の男と馴れ馴れしく振舞うのはいかがなものか?」
「ニコス! カリマちゃんを虐めないで! あたしの片想いなんだから」
槍使いの中年男はため息を吐く。
「すまぬ……本当はただ、カリマ殿に嫉妬していたのだ」
女勇者は頭を掻く。
「ごめん。ニコスはエリオン様に初めから仕えていたのに、最後に仲間になったあたしがベタベタしたら、腹立つよね」
「そうではないのだ!」
中年男は拳を握りしめる。お調子者の短剣使いが男の背中を軽く叩いた。
「ニコス、エリオン様に惚れてたでしょ?」
「言うな! 私は……私は……ああ、わかっておる。私が汚らわしいことは……」
カリマはニコスに手を伸ばすが引っ込める。
(そうか。男であるエリオン様に恋したから、ニコスは苦しいのか。じゃあ……)
ホアキンがカラカラと笑った。
「わっかるー! あたしも同じ。エリオン様ってむさ苦しくないし、唇は色っぽいし、なによりもあの目、ゾクゾクする」
「ホアキン。お主はカリマ殿を好いているのでは?」
「カリマちゃんは可愛いけど、エリオン様は別。美しさに男も女もないもの!」
ニコスは短剣使いに悲し気に笑う。
「ホアキンよ。私を気遣ってくれるのだな。すまない……」
エリオンが女性であることを打ち明ければ、少しはこの男の気持ちが楽になるのでは? とカリマは口を開く。
「あ、あのさあニコス。あたし、男でも女でも、人を好きになるって素敵なことだと思うんだ」
が、どういうわけか、口からは、思ったことと別の言葉が飛び出した。
カリマは、向こうの木陰でエレアの重鎮と言葉を交わすセオドアを、指さした。
「あいつが誰かを好きなるってありえないもん。ニコスの方が人間らしくて、いいよ」
中年男は、目を見開いた。
「恋人に邪な気持ちを抱く男など、女にとって汚らわしい獣のはずなのに、カリマ殿はなんと温かい……史師が貴殿と親しくされた理由が、よくわかる」
「あ、いや、てへへ……」
カリマは頭を掻くばかり。確かに、もしマルセルを好きな男がいたら……優しく励ましはしないだろう。
当のセオドアは話が終わったのか、こちらに近づき会話に割り込んだ。
「女よ。私が人を好きになるのは、それほどおかしいことか?」
「ちょっ! まさか聞いてたの? あんた、どれほど耳がいいんだよ!」
「お前の声が大きすぎるだけだ。戦いでは、敵の気配を察するのが肝要。私は、どんな音も聞き洩らさない」
「げっ……あはは、変なこと言ってごめんね」
とりあえず謝ったが、この剣士が女を好きになるとは考えられない。
「カリマよ」
最後までこの男は嫌味を言うのだろう。カリマは「なんです?」と目を細め首を傾げる。
「お前のおかげで大願を果たせた。感謝する」
「ひょえ?」
思わずカリマはのけ反った。感謝? 何かの聞き間違いか?
「お前は史師の心の支えとなった。史師が魔王から王位を譲られたとき、お前の反対によって事なきを得た」
「い、いや、エリオン様なら、すぐ自分で間違ってるって気づいたよ」
思い返すに、なぜエリオンは、一時的とはいえ魔王の誘いに乗ったのか? あれは、およそエリオンらしからぬ選択だった。
「それにしても、セオドアは強いね。魔王が油断した隙に一撃だもん」
剣士は目を背けた。
「いや、私は史師の指示に背き、勝手に魔王にとどめを刺した。それに魔王が隙を見せたのは、史師とジュゼッペが攻撃方法で揉めていたからだ。私の手柄ではない。全ては史師のお導きだ」
「へー、セオドアって案外、謙虚なんだね」
「……お前は力も知恵も勇気もある。それは認めよう。しかし」
男の眉間に皺が刻まれた。
「女王となるにはあまりに正直すぎる。少しは礼を学べ」
「礼って嘘をつくことなの?」
剣士は、頭を抱えて大きなため息を吐く。
「全くこの女は……もういい。私は失礼する。これ以上、女を待たせたくないので」
セオドアは頭を垂れてカリマに背中を向け、立ち去った。
「……女? ええ! あいつ、好きな女いたんだ」
不愛想な剣士にも、恋人がいるらしい。どんな女性なのか、カリマには、エリオンの恋人となる男よりもさらに想像ができない。
呆然とするカリマに、エレアの王ジュゼッペ少年が笑いかけた。
「カリマ姉ちゃん、ありがとう」
「ジュゼッペ、困ったら竜に相談すればいいよ」
少年は目を伏せて首を振った。
「人が増えると、竜の住処が減るんだ。でも僕は人間の王だから、竜がいなくなっても人を増やさないと……」
伝説によると、人が生まれる前、竜たちが大地を支配していた。が、人の誕生と共に、多くの竜が天に昇る。一部、地上に残った竜は、自ら選んだ者にのみ姿を見せ、竜の力を貸し与える……。
「じゃあ、人間が増えたら魔法は使えなくなるの? そ、それって……」
「大丈夫。竜たちは、僕が生きてる間は助けてくれるって。あと竜たちは、先生が心配だって言ってる。すごく苦しんでるって……」
エリオンは竜に心配される存在……前もジュゼッペから聞いた。
「先生が苦しいのは、僕のせいだ……僕が先生の言う通りに氷の魔法でネクロザールを封じ込めれば、先生は封印のために城に残る必要はなかった……」
魔王のために苦しみ、そのため魔王を倒したのに、なぜこの少年は未だに苦しまなければならないのだろう。
「ジュゼッペがあいつを炎で黒焦げにしてやりたいのは当然だよ! あの時エリオン様に魔王が近づいてきたけど、セオドアが倒したから、みんなも助かった。何も間違ってない!」
カリマは、とっくに自分の身長を越した少年を抱きしめた。
「カリマ姉ちゃんやめて! 僕は子供じゃない! エレアの王なんだよ!」
少年王は、女勇者の腕から逃れた。真っ赤な顔が愛らしいので、カリマは笑いをこぼす。
「だったら王様らしく、エレアのみんなを元気にしていこうよ。エリオン様の心配は竜たちに任せればいいさ」
ジュゼッペもカリマの笑顔に微笑みを返した。
力持ちのセルゲイがやってきて「ジュゼッペ強い。カリマ、ありがと」と、二人の背中をバンバンと叩く。
フランツが若者たちの輪に加わった。
「なーに、お前たちの人生もゴンドレシアも、これから始まりじゃ」
七年も旅をしてきた仲間との別れは名残惜しい。
しかしラサ村、いや領地ラテーヌは、カリマの帰還を待っている。
「じゃあね、王様たち! 五年後、ここで会おうな!」
カリマは極上の笑みをもって、大きく手を振った。
ひとりになると、故郷ラサ村が懐かしくなる。もう三年も帰っていない。
「マルセル、元気にやってるよなあ」
が、感傷に浸る暇はなかった。
館を出た途端「カリマ様!」「勇者様、ぜひ見送らせてください」「女王様、私もラテーヌに連れてってください」と、何十人もの老若男女が詰めかけた。
魔王討伐の時とは全く違い、ラサ村までの旅は至れり尽くせりの大行列となった。
大行列の旅で、カリマはエリオンとの別れを思い出す。
エリオンは、魔王討伐に浮かれる勇者たちを戒め、玉座の間から追い出し、魔王城に封印をかけた。首を切断された魔王の身体は、それほど危険な存在なのだろう。
エリオンは、生涯魔王城に残ると宣言した。
もう彼女に二度と会えないのか……師に別れを告げる暇がなかった。一言もお礼を言えなかった。魔王を倒した喜びを分かち合う時もなかった……。
わずか三か月後にエリオンと再会するなど、この時のカリマは知る由もなかった。




