48 伝説の終わりと始まり
ゴンドレシアを三十年近い圧政で苦しめてきた魔王ネクロザール。
彼はたった今、勇者セオドアの剣の一振りで絶命した。
セオドアは、床に転がる首を掴み、高く掲げた。
「魔王の血も、普通に赤いな」
カリマは、セオドアが手にする大きな塊を凝視した。
「え……セオドアが? 本当に? 魔王を?」
剣士は無言で大きく頷く。
勇者たちは、セオドアに駆け寄って取り囲んだ。
「あたしたち、あいつを倒したの?」
「そうだよカリマちゃん! やったんだよ!」
自然にカリマとホアキンは肩を組む。次々と歓喜の声が湧き上がった。
が、ただ一人ジュゼッペが、宿敵を倒した男を睨みつけた。
「僕が、とどめを刺すはずだった」
少年は、セオドアから魔王の首を奪い取って床に叩きつける。それだけでは飽き足らず、頭を勢いよく蹴とばした。
「ジュゼッペすまぬ。ネクロザールの隙を伺って……身体が自然に反応した……」
剣士は、勇者たちの輪から外れた。
ネクロザールが広間に雷を落としてから、セオドアは剣を構え、雷が直撃しようがまったく動かなかった。カリマの呼びかけに一切反応を示さず、気配を消していた。戦いの途中から、カリマはセオドアの存在を忘れていた。
彼は、一切無駄な動きをせず、相手が油断した隙に一撃を振るってとどめを刺す。
ネクロザールとの戦いでも、遺憾なくその能力を発揮した。
「ホアキン、あたし、セオドアと友達にはなれないけど、勇者としては尊敬するよ」
「あたしも同じよ。それよりカリマちゃん、本当に怖かったんでしょ? エリオン様とジュゼッペが揉めて、魔王がエリオン様に襲いかかったとき、すごい悲鳴を上げてたじゃない」
「え? あれは……いや……ま、まあね」
咄嗟にカリマは口を濁す。
魔王が倒される直前、確かに女の強烈な悲鳴が耳を突いた。
しかしそれは、カリマの悲鳴ではない。彼女はエリオンに近づくネクロザールに向けて、矢を放とうとしていた。
(エリオン様が自分を忘れて女の悲鳴をあげるなんて……よっぽど魔王が怖かったんだ。あの人も、女の人なんだ)
セオドアが、魔王の首を掴み戻ってきた。
「ジュゼッペ。今からでは気が済まないだろうが、魔王の首でも体でも、好きに燃やすがいい」
「魔王城、丸ごと燃やしていい?」
フランツが割り込む。
「いやいや、この魔王城の仕掛けはすごいものじゃ。椅子が床の下に勝手に隠れ、人のいないオルガンが鳴り、雷まで落ちる……わしは、この仕組みを明かしたい」
セオドアが「もっともだが、ジュゼッペの無念もわかる」と続ける。
「とどめを刺したのは私の剣だが、これは皆の勝利だ。気のすむまま、それぞれの刃でもって、ネクロザールの身体を切り刻むのはどうだ?」
槍のニコスが付け加えた。
「我らだけではない。ゴンドレシアの全てが魔王に恨みを抱いている。この骸は、市場に晒すのがよいかと」
カリマは、勇者たちの言動に身を震わせた。
姉の仇を討ちたかった。みんなで力を合わせて魔王城にたどり着き、セオドアがネクロザールの息の根を止めたことは、実に喜ばしいことだ。
が、死んだ魔王の身体を刻み晒したいとは、まったく思わない。
そんなことより、一刻も早くこんな城を出て、ラサ村に戻り、姉とリュシアンの墓参りをして……マルセルに会いたい。
セルゲイが斧を振り回した。
「おいら、こいつ、バラバラにする」
男たちがネクロザールの切り離された首と胴体を囲んでいるところ、鋭い声が議論を中断した。
「ならぬ! 魔王に近づくな!」
勇者たちの師エリオンは眼を吊り上げ、魔王の遺骸の前に立ちはだかった。
「見よ! 流れる魔王の血を! お前たち、既に魔王の血から発する邪気に侵されている! だから遺骸を汚そうと考えるのだ」
セオドアが訴えた。
「史師よ。教えに反し私がとどめを刺したことは、幾重にもお詫び申し上げます。しかし、ゴンドレシアの民にも、魔王への恨みを晴らさせるべきです」
「やめないかセオドア! 魔王の身体を晒せば、大陸中にこの邪悪な気が広まるぞ! よいのか? ゴンドレシアが災厄に見舞われても」
カリマは、エリオンの介入に安堵するも、師の険しい言動に怯える。
「お前たちの役目は変わったのだ! もう魔王に関わってはならぬ! これからは、民に至福をもたらすことこそ、お前たちの役割だ」
男たちは戸惑いつつも、ニコスが真っ先に「師匠がそうおっしゃるなら」と魔王の死骸から離れた。
セオドアも「そうだ。私たちがゴンドレシアを治めるべきだ」と頷いた。
カリマは、師の元に駆け寄る。
「じゃあ、エリオン様も一緒に城を出ましょう」
女勇者は師の手を取った。が、勇者たちの師は、最も心許す女の手を振り払う。
「私はここに残る」
師匠の静かな宣言に、男たちは足を止め振り返る。口々に「何をおっしゃる!」「一緒に帰ろう!」と訴える。
「よいか? 聖王アトレウスの生まれ変わりと称する者を、二度とゴンドレシアに出してはならない。私は、この者が復活せぬよう封印をほどこす」
勇者たちは「それでは、さっそく封印の儀式にとりかかりましょう」と、再びエリオンを取り囲んだ。
「いや、魔王の凶悪な魂は、私の生涯をかけて封じ込めなければならない。皆は故郷へ帰り、ゴンドレシア再生に尽くすように」
当然、勇者たちは納得しない。「せめて儀式の祭壇ぐらい、わしに作らせてくれ」など提案する。
エリオンは、抵抗する勇者たちを緑色の眼で睨みつけ、両腕を掲げた。
「早く立ち去れ! これ以上魔王の邪気に晒されれば、お前たちの中から第二の魔王が生まれようぞ!」
カリマは(また、エリオン様、不思議な力を使っている)と首を傾げた。
しかし男たちは、エリオンの気迫に圧されたのか、大きく頷いた。
セオドアが呼びかけた。
「この場は師匠に託そうではないか」
男たちは「そうだ」と同意し、玉座の間から立ち去ろうとする。
ひとりカリマは、叫んだ。
「待ってよ! エリオン様を置いていけないよ!」
ホアキンがカリマの手を取った。
「カリマちゃん、エリオン様と結婚したいぐらい好きだから、気持ちはわかるけど、あたしらができることは、もうないからさ」
「そ、そうじゃなくて……エリオン様あ!!」
女勇者は、男たちに引っ張られながら、史師に手を振った。
「エリオン様! あたしすぐ戻るから待ってて! それまで絶対元気でいるんだよ!」
黒焦げのローブをまとった史師エリオンは、眉を吊り上げたまま勇者たちを見送った。




