47 最後の戦い
魔王ネクロザールの腕の動きに合わせ、いくつもの稲妻が広間を踊る。
「うぎゃあああ!」
光がカリマの背中を直撃した。衝撃で思わず弓を取り落とす。
「カリマちゃん!」
短剣使いのホアキンが、駈けつけた。
「いてててて、ありがと、それより」
カリマは苦痛に顔を歪めながらも、立ち上がろうとする。
「エリオン様、閉じ込められると力使えないんだね」
頼みの史師は、玉座のクリスタルに閉じ込められ、もがいている。
いつもの戦闘では、エリオンの力で痛みも傷も瞬く間に回復するが、この戦いでは回復する兆しがまったく見られない。
隙を見てカリマは弓を引き絞るが、ネクロザールが足を踏み鳴らすと、床から大理石の大きな板が出現し、矢を弾き飛ばす。
鍛冶屋のフランツ老人が、ホアキンに声をかけた。
「この仕掛けを壊さないとどうにもならんのう。行くぞ、お前さんと二人で」
老人は短剣使いを引っ張り広間から出ていく。
二人もいなくなり心細くなったカリマは弓を構えつつ、剣士に近づいた。
「ねえ、セオドア……駄目か」
最強の勇者は剣を構え、ネクロザールを凝視している。稲光が直撃しても微動だにしない。
カリマのことなど、視界に入らないようだ。
先ほどセオドアは、ネクロザールの隙を狙うしかないと、言っていた。
縦横無尽に広間の仕掛けを操る魔王に、どうやったら隙が出る?
女狩人は、もうひとりの強力な勇者に声をかけた。
「ジュゼッペ、ねえ……こっちも駄目か」
魔法使いの少年は、床に座り込んだまま、まったく言葉を発さない。
かつて彼は、魔王軍の魔法戦士だった。魔王城に入り、過去の嫌な記憶か蘇ったようだ。記憶が作用しているのか、ジュゼッペは魔王の演奏を耳にしてから、幻の世界に取り込まれたようだ。
カリマは、残った三人の仲間と顔を見合わせる。
「セルゲイは、ジュゼッペがやられないように守って。あたしとニコスで、魔王の気を引きつけよう」
斧使いの青年はにこやかに頷き、座り込む魔法使いの少年を庇うように立った。
カリマは、槍の中年ニコスと共に、ネクロザールに立ち向かった。
フランツとホアキンの働きのおかげか、少しずつ仕掛けによる攻撃が収まってきた。
が、肝心の魔王は、まったく疲れる様子を見せない。
カリマの矢も、ニコスの槍も難なくかわす。トーガは優雅に波を打ち、王笏は完璧な円弧を描く。
魔王の年齢は、ニコスとフランツの間ぐらいだろうか。この老人は本当に竜の化身ではないのか? 疲労が蓄積するごとに、カリマは疑いを強める。
弓を掲げることも辛くなってきたカリマを、気のいい老人の声が救ってくれた。
「どうじゃ? 見える仕掛けは壊したが」
「カリマちゃん、よかった~生きてて」
「フランツ! ホアキン!」
戻ってきた二人の男が、戦闘に加わった。
しかし、ネクロザールは疲れを知らないのか、攻撃者が四人に増えても、するりとかわす。
堪え切れずカリマは、もっとも強力な二人の勇者に呼びかける。
「ねえ! セオドア! まだ?」
「ジュゼッペ! 起きてよ!」
カリマの気力も体力も限界に達したときだった。
「ごめん、カリマ姉ちゃん」
魔法使いの少年が立ち上がった。
「ジュゼッペ~! 待ってたよ! よし、エリオン様の言う通り、氷の魔法を頼むよ!」
泣きつくカリマに、少年は不敵な笑みを見せた。
「いや、僕は火の魔法で倒す」
「え? でもエリオン様は火の魔法は駄目って……」
「どいてくれるかな?」
少年は、これまでカリマに見せたことのない凍りついた瞳を向けた。その気迫に押され、カリマはそのまま譲った。
魔法使いは杖を強く握りしめ、魔王を睨み付けた。
「ネクロザール、お前だけは許さない!」
ジュゼッペの杖から、炎がめらめらと燃え上がる。
巨大な火柱が魔王を襲った。
その時。
パリンと乾いた音が、広間に響いた。
エリオンが両腕を前に伸ばし、火柱の前に立ちはだかっていた。
カリマは絶叫する。
「エリオン様、危ない!!」
史師のローブの両袖が、ジュゼッペの火の魔法を受け、燃えている。
「先生! 僕を邪魔しないで!」
「ジュゼッペ! 私の教えを忘れたのか!」
ローブの袖は灰となり崩れる。エリオンはむき出しになった両腕を振り回す。
「先生がなぜ僕に火の魔法を禁止したのか、わかったよ」
「やめるのだジュゼッペ! 今すぐ忘れさせてやろう」
エリオンは、少年をひしと抱きしめた。
「先生は本当に優しいね。でも僕には、優しくされる価値はないんだよ」
「それ以上、言ってはならぬ!」
ジュゼッペは天を仰ぐ。大きな眼が揺れた。
「父ちゃんと母ちゃんを焼いたのは、僕なんだ」
魔法使いの少年の告白は、きらびやかな広間を凍りつかせた。
ジュゼッペは幼い時、魔王軍の魔法戦士だった。幼い魔法使いは、王軍に言われるがまま炎の魔法使いとして各地の村々を燃やしてきた。
彼はそんな自分が嫌になり、魔王軍を脱走したのではなかったのか? 彼が戻ったら、故郷はすでに炎に包まれていたと、以前、ジュゼッペは教えてくれた。
エリオンとジュゼッペの様子からすると、どうやら、今ジュゼッペが話したことが真実のようだ。そもそも、いくら天才魔法使いでも、幼い子供が魔王軍を一人で脱走して故郷に帰るというのは、無理があろう。
カリマは仲間と顔を見合わせた。みな首を振っている。ジュゼッペの告白は、エリオン以外、誰も知らないらしい。
いや、もうひとりジュゼッペを知る者が、ここにいた。
「ジュゼッペ、成長したな。幼いながらお前は、素晴らしい魔法戦士だった」
魔王が笑っている。
カリマは怒りで体を震わせた。
「あんた、小さい子に、自分の故郷を攻撃させ、お父さんとお母さんを手にかけさせたのか?」
「乙女よ。仕方ないではないか。これほどの魔術使い、万が一父母を人質に取られ敵の手に渡れば、大きな損失だ」
「冗談じゃない! あんただって、親はいただろ!」
「物心ついたときから、余は暗殺ギルドの奴隷だった。残念ながら、余を生んだ者の記憶はない」
エリオンが魔王を睨みつけた。
「ネクロザール! お前の生まれには同情するが、幼い子を苦しめていい理由にはならぬ」
「エリオン殿。危険だから中で待てと言ったのに、なぜ勝手に出てきた?」
史師は魔王に取り合わず、少年の背中をさすりだした。
カリマは、エリオンが閉じ込められた玉座に視線を移した。椅子を覆っていた結晶が、ボロボロに崩れている。
「あれも、フランツじいさんが壊したの?」
「うーむ、わからん。目についた仕掛けを片端から壊したが、どの仕掛けに繋がるのか、見当もつかん」
「じゃあもしかして、エリオン様の不思議な力?」
「わしはそう思うぞ。ジュゼッペの杖から炎が出た途端、エリオン様が現れたからな」
ジュゼッペは気の毒だが、エリオンが復活した。戦いに終わりが見え、カリマはようやく息をつく。
エリオンはそのジュゼッペに、根気強く説得を試みている。
「わかっておくれ。あの者の気を、氷で封じ込めるのだ」
「でも竜たちは僕に火の力を貸してくれる。竜もあいつが嫌いだってさ」
「な、なぜ竜がネクロザールを?」
「当然だ! 僕は、あいつを炎で焼き殺してやる! 僕が父ちゃんと母ちゃんを殺したの同じ方法で」
「魔王を憎む気持ちはよくわかる。しかしそれでは、お前がますます苦しむだけだ」
幼いジュゼッペは、父母の記憶がほとんど薄れたところ、魔王軍に命ぜられるまま村を焼いたのだろう。
エリオンは、哀れな子供のため、惨い記憶を偽りの記憶で封じ込めたに違いない。
カリマは、少年魔法使いの凄惨な過去に思いを馳せ、胸が痛くなってきた。
「エリオン様! ジュゼッペの好きにさせてあげて!」
「ならぬ! 魔王の気が炎で広がったら、ゴンドレシアは災厄に見舞われる!」
「じゃあ、火の魔法でとどめを刺してから、すぐ氷の魔法で閉じ込めれば?」
「カリマ! 余計な口を挟むな!」
カラン。
静寂が訪れる。
魔王の王笏が床に転がった。
「お前……もしや……」
ネクロザールが両手を広げ、エリオンにゆっくりと近づいていった。
(まずい! エリオン様がまた閉じ込められる!)
とっさにカリマとニコスは、エリオンに駆け寄る。
史師は顔を覆い緑色の目を輝かせた。
「いやああああ!!」
悲鳴が玉座の間を震わせる。
ドサッと鈍い音が悲鳴に覆いかぶさる。
エリオンの足元に、金の髪で輝く首が転がった。
「終わった」
最強の剣士が、血塗られた剣を振りかざす。
ゴンドレシア大陸を長年苦しめた魔王ネクロザールは、勇者セオドアによって生涯を絶たれた。




