45 大陸を受け継ぐ者
カリマがあたりを見回すと、男の勇者たちがみな、床に沈み込み頭を抱えている。
みなネクロザールの演奏によって、先ほどのカリマと同じように苦しんでいるらしい。
彼女は師に救いを求めて探し回った。
「ど、どうしよう、エリオン様……あ……」
エリオンは、広間入口にうずくまるジュゼッペの背中をさすっていた。
氷の魔法で魔王の息の根を止めるためには、ジュゼッペの回復が優先だろう。
「あ、あたしにできること……」
カリマの近くで、最強の勇者セオドアがしゃがみ込んでいた。うつろな表情でなにか小さく呟いている。
「ちょっとあんた! しっかりしろ!」
セオドアはカリマにとって、腹が立つほど傲慢な剣士だ。どんな強敵も、顔色一つ変えずなぎ倒す。
女ゆえエリオンに愛でられるカリマを、彼は仲間と認めず、いつも辛くあたる。
が、今のセオドアは、カリマの嫌いな誇り高い勇者ではない。青ざめた額から脂汗を流し目を泳がせている。
「ち、違う……私こそ、聖王の威光を復活させるべく生まれた……」
「セオドア、いいから立て! このままじゃ魔王にやられるよ!」
カリマは剣士の脇に腕を差し込み立たせようとするが、男は岩のようにびくともしない。
遠くでパイプオルガンがまた鳴りだした。
カリマはハッとオルガンの方を向く。が、奏者であるはずの魔王が、いつの間にか目の前に立っている。
「ネクロザール! あんた、あたしたちと話したいんじゃなかったのか!」
「麗しい乙女よ。余は上辺を飾る言葉より、お前たちの真実を知りたい」
ネクロザールは、セオドアの背中をさするカリマの肩に王笏の先を当てた。途端、カリマの体は中に投げ出される。大理石の床が鈍い音を立てた。
尻をしたたか打ち付けたカリマは、腰をさすり身を起こす。
(今の何? あいつに杖で突かれただけなのに、すごい勢いで飛ばされた)
魔王は、近づくカリマに王笏を突きつける。
「乙女よ。手荒な真似をしてすまぬ。しかし余は、この愚かな男に道理を説いているのだ。余の仕業に干渉するなら、美しいそなたとて容赦せぬ」
カリマは悔しさに唇をかみ、魔王から離れた。
(ごめんセオドア。あんたは強い! 仲間を連れて戻るから、それまで待ってて)
ネクロザールは王笏の宝石をセオドアの額に押し当てた。
剣士は弱々しくも言葉を振り絞る。
「真の聖王の末である私の前で、聖王を騙るな! お前は所詮、奴隷の生まれではないか!」
「これが余の末とは、嘆かわしい……お前の家が滅ぼされたのは、弱いゆえ。お前たちは血筋に驕るあまり、奴隷に過ぎぬ余に負けた。余を恨むでない。己の弱さを恨め!」
オルガンの前には誰もいないのに、心細い旋律が聴こえる。
見渡すと、槍のニコス、短剣のホアキン、斧のセルゲイが固まり、同じように頭を抱えている。
「ねえみんな! セオドアが魔王に捕まってるの! 助けよう!」
カリマはうずくまる男たちの背中を叩いて励ました。
ニコスは「セオドアが?」と呟き、ゆらりと立ち上がり、カリマの指す方にゆっくりと向かった。
ホアキンは苦笑いを浮かべる。
「カリマちゃん、優しいねえ。セオドアにいっつもいじめられてるのに?」
「そんなの関係ないよ!」
お調子者の短剣使いは「ふーん、まあいいけどさあ」と吐き捨て、のろのろと歩き出した。
セルゲイは、巨体を揺らし、赤子のように駄々をこねる。
「おいら、あいつ嫌い」
「え! セルゲイにも嫌いってあるんだ?」
セオドアはしばしば、言葉少なく気のいい斧使いにきつく当たり散らしていた。
しかしセルゲイは、何を言われても笑顔を崩さなかった。
「カリマもおいらを馬鹿にするんだ」
「ば、馬鹿になんかしてない! ただ今までセルゲイ、そういうこと言わなかったから驚いただけで……」
「おいらがいくら馬鹿でも、好きと嫌いはわかる」
カリマは、これほど厳しい顔つきの斧使いを見たことがない。
「あのさあ、あたしもセオドア嫌いだよ。でも、魔王を倒すには、一番強いあいつを助けないと」
セルゲイは「やっぱ、おいら馬鹿だからわからない」と言い残し、セオドアのもとに向かった。
「えーと、あとはフランツのじいさん……いない! まさか逃げたのかよ!」
カリマは頭を抱えつつも、セオドアを助けるために戻った。
そこで、信じがたい光景を目の当たりにした。
「あ、あんたら何やってんだよ!」
セオドアを助けるために向かったはずの男たちは、最強の剣士に戦いを挑んでいた。
ニコスは槍を、一番の勇者に突き出す。
「師匠の前にはみな等しい! しかしセオドア、なぜお前は聖王の末裔だと鼻にかけ、他の勇者を見下すのだ!」
ホアキンが短剣を振り回す。
「セオドア! あたしのカリマちゃんに、なんで意地悪するのよ!」
セルゲイが斧で殴りかかる。
「おいらは人間だ! 牛じゃない! 豚じゃない!」
最強の剣士セオドアは、三人の勇者を相手に小刻みに剣を振り、攻撃をかわす。
「誇りも使命も負わずにすむ平民のお前たちに、私の何がわかる!」
振り返ると魔王が薄ら笑いを浮かべていた。
「これ、あんたがやらせてるのか!」
「余はただ、勇者とやらの真の姿を暴いたまで」
カリマは「いい加減にしろ!」と男たちに叫ぶが、彼女の訴えは届かず、彼らは同士討ちに明け暮れている。
広間入口では相変わらず、エリオンがジュゼッペの背中をさすっている。
女勇者が史師に救いを求めようと、足を向けた時。
オルガンの音が止まった。
途端、男たちは武器をおろし、「なにごとだ?」「ど、どーして?」と、顔を見合わせた。
ネクロザールが振りかえる。魔王の視線の先に、無人のオルガンがそこにあった。
トーガの男は「少しは知恵ある者がいるのだな」と不敵な笑みを浮かべる。
カリマが幻の世界に連れていかれたのも、男たちが斬り合い出したのも、あのオルガンの作用らしい。
誰かが演奏を止めて、この窮地を救ってくれたようだ。
「おお、みんな元に戻ったようじゃな」
玉座の間に老人の声が響く。広間の入り口で、フランツがエリオンと言葉を交わしている。
カリマが駆け付けると、老人は鎚を振り回した。
「じいさん! どこ行ってたんだよ!」
「あのオルガンの裏側に回って、止めたんじゃ」
「なんだ、逃げたんじゃなかったんだ」
女は笑顔で老人の両肩をさすった。
「ここまで来たわしが逃げるわけなかろ……まあ、エリオン様に言われたんじゃがな」
フランツは、ジュゼッペと共に床に座るエリオンと微笑みを交わす。
ジュゼッペは心ここにあらずか、一言も口を聞かない。
カリマも二人の傍に坐り、ジュゼッペに手を振って「ねえ! もう大丈夫だよ!」と剥げますが、何の反応もせず、焦点のない目を磨かれた床に向けている。
エリオンがカリマの頬をさすった。
「カリマすまぬ。ジュゼッペを見てくれぬか?」
史師は立ち上がり、魔王につかつかと歩み寄る。先ほど斬り合った四人の男たちを庇うように立った。
勇者たちはエリオンに縋り「申し訳ありません」と次々に詫びる。
エリオンはひとりひとりの背中をさすり、悲し気に微笑みかける。
「人は誰しも、悪しき心を抱えるものだ。私はそれを責めはしない」
史師の声が、クリスタルの柱を震わせる。
「しかしお前たちは、己の悪しき心を見つめて闘い、善なる心をもって、ゴンドレシアの民の苦しみを救ってきたではないか。私は、お前たちを誇りに思う」
先ほどまで斬り合っていた四人の男たちは、静かな涙を流す。
「だがネクロザール!」
エリオンは魔王を睨み、指を突きつけた。
「お前は、人なら誰もが持つ隠しておきたい心を、無理矢理暴いた! 私はそのような卑怯を許さない!」
魔王は、ゆっくりと玉座に歩み、史師に笑いかける。
「卑怯とは心外である。余は、この者たちがゴンドレシアを託すに値するか、試したまで」
「試すまでもない! 私は十年近く、みなと共に戦ってきた! この勇者たちこそ、ゴンドレシアを託すに相応しい!」
「余はそう思わぬ。この者たちはいずれ、領地をめぐり、相争うであろう。大陸の民は、さらなる艱難辛苦に見舞われるに違いない」
ネクロザールは、王妃アタランテのために空けてあった椅子の背を、王笏にはめ込まれた宝石で照らした。
「愛しい王妃はついに現れなかった」
カチッと音が鳴った。王妃の椅子がゆっくりと沈み込んだ。床に空いた空洞は、大理石で覆われた。
魔王は重々しく振り返り、史師を見つめる。
「エリオン殿。残った座を貴殿に譲ろう。ゴンドレシアの統一王に即位せよ」




