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41 魔王城の戦い

 史師エリオンは七人の勇者を従え、魔王城に進む。正面の城門を避け、城壁の側面の林に向かった。

 セオドアは不満気に歩む。


「我らは魔王の望み通り会ってやるのです。正面から向かうべきではありませんか」


 エリオンは、剣士を制した。


「城内にはわずかだが、魔王の軍勢が残っている。私は、これ以上彼らの命を無駄にしたくない」


 ニコスが槍を構える。


「ネクロザールが史師の温情を少しでも解する者なら、数多の命が無駄に散ることはなかったであろうに」


 一行は木々の間を縫って進む。ホアキンが不安そうに、史師の背中に呼びかけた。


「あたしが見回った感じでは、侵入できる隠し通路はないんですけど」


「いや、ここにあるはずだ……あの者が聖王の生まれ変わりを名乗るなら」


 エリオンはしゃがみこみ、落ち葉を掻き分けた。

 黒い岩肌が顔を覗かせる。史師は小さな窪みに手を乗せた。端正な顔が歪み、手が震える。

 岩盤に亀裂が生じる。なおもエリオンが指に力を込めると岩が動き出し、亀裂は大人が入れるほどの穴となった。

 カルマは飛び上がる。


「エリオン様! 岩を手で触っただけで割っちゃうなんて、力もすごい!」


「残念ながら私には岩を裂く力はない。この城の仕掛けだ」


「それならもっとすごいよ! 仕掛けを見破っちゃうんだもん」


 女勇者は師匠に腕を絡ませるが、エリオンは腕の輪を解く。


「では魔王の元へ。フランツ、灯りを」


 エリオンは老人を促すが、少年が割り込んだ。


「先生、小さな火なら、魔法を使ってもいいでしょ?」


「ならぬ!」


 史師は目を剥いた。


「私が禁じたのを忘れたのか!」


「先生、大丈夫。思い出したんだ。僕は魔王軍の魔法戦士だったんだよね?」


 エリオンの眼が輝く。


「苦しい過去を思い出すことはない! お前は氷の魔法に専念せよ」


 ジュゼッペは口をとがらせる。


「僕……火の魔法の方が……はい、ごめんなさい、先生」


 エリオンに見つめられ、少年は自分の非を認めた。

 勇者たちはエリオンに続き、穿たれた穴に降りていった。



 穴には、はしごが据え付けられている。底の空間は狭く、勇者たち一行はフランツの焚いた明かりを頼りに、屈みながら奥へ進む。

 壁が剥き出しの岩肌から敷き詰められたレンガに変わる。

 エリオンは、通路の突き当りの壁に手のひらを押し付けた。壁が動き眩しいほどの光が漏れてくる。隙間は人が一人通れるほどの大きさに広がった。勇者たちは慎重に、ひとりひとり隙間をくぐる。

 舞踏会でも開けそうな空間に出た。


「ここから玉座の間の裏に通ずる……」


 エリオンの言葉が終わらないうちに、多量の矢があられのように襲いかかってきた。


「史師!」


 ニコスが叫び躍り出る。

 天井が高い広間には壁際にバルコニーが設けられ、矢の嵐が降ってくる。

 セオドアは剣を構えた。


「ギャラリーに弓兵か! ホアキンは右へ、セルゲイは左! 中央は私だ。全部で三十人か。この程度なら、我ら三人で仕留めよう。残りは史師を守れ!」


 セオドアたち三人はフランツからロープを受け取り、バルコニーによじ登り、弓兵に襲いかかった。

 と、向こうの扉から甲冑に身を固めた兵士が二十人ほど現れ、剣を振りかざし襲ってきた。ニコスとフランツが応戦し、広間はたちまち血の匂いで充満する。

 カリマとジュゼッペはエリオンから離れず、甲冑の兵士一人ひとり正確に矢を命中させた。


(何か違う!)


 魔王軍の多くはすでに投降した。この兵士たちは、忠誠心の篤い最後の部隊なのだろう。


(今までエリオン様の周りには、不思議なほど矢も槍も届かなかった……)


 他の勇者たちが敵の攻撃に苦しんでも、エリオンは無傷だった。

 カリマは、それもエリオンの不思議な力だと思っていたが、この魔王城では、史師の奇跡の力はかき消されてしまうのか? エリオンの白い頬に一筋の血が流れている。

 敵がエリオンを狙うのは当然なのに、カリマも他の勇者たちも、史師は奇跡の力で守られている、と思い込んでいた。

 勇者たちの師匠は、美しい唇を歪ませて笑う。


「さすがネクロザール……もはや私に用はないと……それならそれで構わぬ」


 エリオンは両手を掲げる。師の癒しの力で勇者たちは力を取り戻した。


「敵の狙いは私だ! お前たちは先に魔王のもとへゆけ!」


 カリマは矢を放ちながら目を剥いた。


「エリオン様、馬鹿なこと言うな! 全員で魔王んところへ行くんだよ!」


 ジュゼッペは、土の魔法で顔ほどの石板を何枚も作り浮かばせ、エリオンの周りを取り囲む。

 バルコニーの弓兵も甲冑の兵士も、倒しても倒しても湧いて現れる。

 カリマ達はエリオンを取り囲み、防戦に徹した。


(どうしよう! エリオン様が危ない!)


 史師の白い頬に描かれる血の筋が増えた。彼女の右袖も血が滲んでいる。


「ジュゼッペ! 氷の魔法で、なんとかならない!?」


「カリマ姉ちゃん! 石壁作って守るのでいっぱいだよ!」


 エリオンの癒しの技で体力は持ちこたえているが、終わりのない攻撃にカリマの気力は限界に達していた。

 その時。


「な、なぜだあああ!」


 エリオンンの背後に伸びた隠し通路から、見知らぬ男の絶叫が鳴り響く。

 思わずカリマは振り返った。

 絶叫の主は、禍々しい文様が彫りこまれた鉄の胸当てを着けた初老の男。男は年に似合わぬ体躯を持ち、逞しい腕で長剣を振り上げている。


「う、嘘!」


 しかしカリマの目を引いたのは、胸当ての男ではなかった。

 胸当ての男を背後から片腕で羽交い絞めにする、長身の男だ。

 胸当ての男と同年代に見えるが、金の髪を長く垂らしている。白いトーガを輝かせ、草花を彫りこんだ長い杖を手にしている。

 トーガの男は、青い二つの眼光でカリマ達を睨み付けた。


「後ろを取られるとは浅はかすぎる! そのようなことで、お前たちの大切なエリオン殿を守れるのか!」


 吟遊詩人のように美しい声が、血塗られた広間に鳴り響く。

 エリオンは目を見開き、トーガの男に叫ぶ。


「ネクロザール! なぜこのような!?」


 愛する姉を惨たらしく奪った男、勇者たちが大切にした人々を葬り去った男がそこにいた。


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