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39 勇者の幸せ、女の幸せ

 カリマがラサ村を出て四年が経った。

 ラサ村の少女はいつしか、六人の男達に引けを取らぬ戦士となった。

 セオドアは、エリオンと親密に振る舞うカリマを睨みつけたが、戦闘における苦情は、控えるようになった。


 エリオンは、正しい歴史を伝える者として、史師と崇められた。カリマたちエリオンに付き従う七人の戦士は、勇者と呼ばれた。

 史師の教えは大陸中に広まり、人々は聖王と聖妃の愛を讃える。フランツ老が彫った聖妃の木像は、ゴンドレシアの教会に元からあった聖王像のとなりに、置かれるようになった。

 大陸のほとんどの領地は、ネクロザールから取り返した。人々は勇者たちに祈り、夜明けを待ち続ける。


 エリオンは、勇者たちに告げた。


「世界は正しい姿を取り戻しつつある。ネクロザールの支配地は、もはやエレアのみ!」


 史師は笑みを浮かべる。


「これからは長い戦いとなる……みな、故郷へ戻るなり、大切な者に会うなり、各々憂いを断ち切ってから、進もうではないか」


 セオドアは、反論した。


「いや、一気に攻めるべきです。私は魔王を滅ぼすまで、父母をはじめ一族の墓前に顔を見せない、と誓いました。ここで止まれば、魔王軍が勢力を取り戻し、攻め込んでくるかもしれません」


 しかしエリオンは、セオドアの意見を退ける。


「私はお前たちに悔いなく生きてほしい。各領地は、お前たちの授けた策で、万全の態勢を取っている。万が一王軍が攻めても、案ずることはない」

 

 話し合いの末、セオドアとニコス、そして幼いときからエリオンに従っていたジュゼッペ少年は、史師の元に留まり、カリマたち残り四人の勇者は、故郷に一時帰還することとなった。


 村の館で勇者たちは帰り支度を始める。カリマは、魔法使いの少年を呼び止めた。


「ジュゼッペは、帰らなくていいの?」


 ジュゼッペ少年は成長し、小柄なカリマと同じ背丈となった。


「僕のいるエレアは、ネクロザールの国だから……」


「そうか。ごめん……」


 この四年間、ジュゼッペから討伐隊に加わった理由は聞いていない。


「僕さあ、小さいときから竜が見えて、どんな魔法も使えたんだ」


「羨ましいなあ」


「魔王は、魔法使いが好きなんだ」


「うん、魔王は何人魔法使いを抱えてるんだろ。やつらの魔法攻撃はきついよね。ジュゼッペ君のおかげで、助かってるよ」


 カリマは最近の戦いを思い出す。本拠地エレアに近づくにつれ、魔王軍の魔法使いに苦しめられることが多くなってきた。

 戦いの最中、いきなり炎の嵐が吹き荒れる。ジュゼッペが水の魔法で打ち消してくれなければ、セオドアですら立ち向かうことはできない。


「だから僕、子供のとき、魔王軍にさらわれたんだ。それで将軍たちに言われるまま、魔法を使った。いっぱい燃やしたよ……家も人も」


 カリマは顔を覆った。この少年と出会ったとき、まだ九歳だった。

 思わず女は、ジュゼッペを抱きしめる。


「カリマ姉ちゃん、恥ずかしいからやめて」


 ジュゼッペは、カリマの腕から抜け出した。


「ああ、ごめん」


 小さいときから一緒なのでカリマはつい子供扱いするが、彼は十三歳の少年だ。


「僕、言われるとおりに魔法を使うのがだんだん嫌になって、魔王軍を抜けて村に帰ったんだ……でも」


 カリマは唇を引き締める。もし幸せに暮らしていたなら、この子はここにいるはずがない。


「僕が戻ったとき、村はもう炎に包まれて……村長さんも父ちゃんも母ちゃんも、みんな焼けて死んだ」


 再びカリマはジュゼッペを硬く抱きしめる。


「やめてよ」


「だって、だって」


 幼い身で軍を脱走したら、愛する者たちは皆、消えてしまった。どれほどの絶望が、子供を苦しめたことか。


「ジュゼッペ、教えてくれて、ありがとう」


「忘れてたけど、このエレアに戻って、少し思い出した」


 ジュゼッペは、エリオンから炎の魔法を禁じられている。それは、村ごと炎に滅ぼされた辛い記憶が蘇るからだろう。

 ジュゼッペは「恥ずかしいから」とカリマの腕から抜け出した。

 カリマは「ごめんね。もう君は子供じゃないよね」と笑った。


 ふと女勇者は、前から気になっていたことを、少年に尋ねる。


「もしかしてジュゼッペは、ネクロザールを見たことがあるの?」


「一度だけ。あまり覚えてないけど、すごく偉そうなおじさんだった。あ、声はかっこよかったよ。褒められて頭を撫でられたかも」


 魔王軍にさらわれたこの少年は、言われるがまま魔法を使い、戦で手柄を立てたのだろう。魔王が直々に子供を讃えるほど。


「大きな杖を持っていて、昔の人みたいな服着てた」


 ネクロザールは、自らを聖王アトレウスの生まれ変わりと偽っている。昔風の服装は、聖王を真似したのだろう。


 エリオンが言うには、聖王の時代、ゴンドレシア大陸には多くの魔法使いがいたようだ。

 特異な力によって王となる魔法使いもいたが、彼らはしばしば己の力におごり領民を苦しめた。

 聖王アトレウスは領民を救うため、善なる魔法使いを従えて、悪の魔法使いを討伐したと言われる。


「小さな子供をさらって魔法戦士にさせるなんて……絶対に聖王様の生まれ変わりのはずない!」


 聖王アトレウスが本当に蘇れば、偽りの王ネクロザールを倒そうとするはずだ。



 勇者たちが故郷に戻る前夜、カリマとエリオンは、村長の用意した部屋で荷を整えていた。


「エリオン様が故郷に帰るように言ってくれたのって、あたしのため?」


「お前だけのためではないが、カリマがあの青年に想いを残すのは不憫だからな」


 カリマは途端に顔を赤らめた。


「エリオン様! あたし言ったよね! マルセルはただの幼馴染だって!」


「今にも泣き出しそうな顔が、なによりの証だ」


 史師は、美しく成長した女勇者の頬に指を滑らす。


「……私は、誰ひとり失いたくない。しかし、命を保証してやることはできぬ。だからお前には、ひとときでも女の幸せを知ってほしいのだ」


 カリマは耳まで真っ赤に染めて俯いた。


「あ、あたしはもう充分幸せだよ。エリオン様に会えて、魔王軍をやっつけ、町や村の人たち、みんな喜んでくれて……」


 そっとエリオンはカリマを抱き寄せる。


「それは勇者としての幸せだ。が、女の幸せとは、想う男と添い遂げることだろう?」


「じゃ、じゃあ、エリオン様こそ幸せにならないと!」


 カリマの身から温かさが遠のいた。顔を上げるとエリオンが、悲しげに眉を寄せている。


「お前は優しいな。が、私はもう、そのような幸せはいらぬ」


「もう? じゃあ、エリオン様はひとときでも、女として幸せだったの?」


「カリマ!」


 師匠は目を釣り上げた。が、怒りは寂しげな微笑みに転ずる。


「私のことは気にするな……お前は充分我らと共に戦った。故郷に戻ってマルセルと夫婦になり、我らが魔王を討ち果たす日を待つがよい」


「冗談じゃないよ!」


 今度はカリマが目を釣り上げる。


「あたしが逃げると思うな! 姉ちゃんの仇を討つまで、あたしはみんなと一緒だ!」


「わかった。では二月後に、この村で待っているからな」


 月光が、女二人の笑顔を優しく照らした。



 ジュゼッペを含めてここに集う勇者がみな、魔王に苦しめられた。

 カリマは常にエリオンの傍にいるが、未だに、彼女が討伐隊を結成するまでどんな過去があったのか、聞かされていない。


(もしかしてエリオン様、好きな人を魔王軍に殺された?)



 二か月後、カリマは約束通り、エレアのはずれの村に帰ってきた。

 エリオンはカリマに会った途端、顔を曇らせた。

 夜、館の部屋で二人きりになると、いきなり断言された。


「お前、マルセルと夫婦にならなかったのか?」


「エリオン様! あたし怒るよ!」


「いいのか? 二度とマルセルに会えなくても……今からでもラサ村に帰るがいい」


「いい加減にして! ねえ、もしホアキンがエリオン様と結婚したいって言ったら、どうする?」


 緑色の目が大きく開かれる。宿の時間が止まった。


「……それは絶対にありえないから、答えようがない」


「あたしも同じだよ。大好きな人が目の前で殺され、助けず逃げ出したことを悔やんでる人に、言えないよ……奥さんになりたいなんて」


 エリオンは、カリマの背中を優しくさすった。


「……すまなかった……」


「ううん、あたしこそごめんなさい……へへ、エリオン様に怒鳴ったなんてニコスに知られたら、槍でぶっ刺されるね」


 魔王ネクロザールの本拠地を前にして、女二人は笑いあった。


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