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38 恋愛談義

 聖王の古都にあった壁画は、ごく一部を残して土塊と化した。男たちは高揚し、カリマはただ戸惑うばかり。

 エリオンは顔色を変えず、戦士たちに宣言した。


「さて、これで魔王に古都の力が悪用されることはない」


 エリオンは戦士たちを率い、茂みを掻きわけ、元の道を引き返した。日が落ちる前に、師匠は立ち止まり、古都の方角を振り返る。


「念のために封印を施そう」


 彼、いや彼女は手を掲げた。途端に古都へ続く道は霧で覆い隠される。


「これで、何人も聖王の都にたどり着けなくなった」


 戦士たちは師匠の技に感嘆するばかり。ジュゼッペはエリオンに、まとわりつく。


「先生、竜が見えないって本当? どうしてそんなことできるの? 僕はできないのに」


「なぜできるかは、私にもわからぬ……ただ私も、願いがすべて叶うわけではない」


 カリマは、二人のやり取りをただ眺めていた。



 夜。いつも通り、カリマはエリオンの傍で横になった。

 狩人の少女の胸に、澱みが溜まる。

 ネクロザールのことは許せない。ここに集まった戦士はみな魔王に苦しめられた。

 しかし、古代の職人が精魂こめて作り上げた壁画を壊す必要があったのか?


「エリオン様。あの都には誰もいなかったよね? 無理に絵を探し回って壊さなくても、都の周りを封印するだけでよかったんじゃない?」


「カリマ!」


 途端、師匠はムクっと起き上がる。寝転ぶ少女の肩を押さえつけ、顔を近づけてきた。

 カリマは全身を強張らせる。


(ちょ! エリオン様、あたしたち女同士だし、まずいって……あ、あれ?)


 暗闇の中、緑色の眼がギラギラと光った。


「カリマ、お前のような優しい娘にそんな顔をされると、私は悲しくなる」


 人の心をとろかす二つの光。


(これ、この人の不思議な力だ……あたし……絵のことなんか、どうでもよくなってきた)


「私を信じてほしい。私は間違った世界を正したいだけだ」


 胸の澱みがみるみるうちに溶かされ、清流となって流れ落ちる。

 カリマは、なぜ屈強な戦士たちがこの若い女を崇拝するのか、たった今、理解した。

 この眼の力は、どんな王者も従わせる。エリオンからどれほど理不尽な命を下されても、嬉々として従うだろう……魔王ネクロザールがエリオンを求める真実の理由は、この力ではないのか?


(うん……あたし、信じる、エリオン様を……もう余計なことは考えない……)



 鳥の鳴き声で目が覚めた。カリマは、朝もやに身を浸す。

 昨日、心の中で渦巻いていた澱みがなにか、もう思い出せない。

 魔王ネクロザールを倒す。だから仲間と協力し、師を信じて着いていく。

 それ以外に、なにを患うことがあろう?


「あたし、ご馳走、調達してくるよ!」


 狩人の少女は弓矢を携え、森に入った。



 エリオンたち一行は、魔王軍に苦しめられた村を救っていった。聖王の都の巨大な壁画のように「間違った伝説」を正し、大陸中を駆けまわる。

 カリマは、魔王を倒すまで故郷に戻れないと覚悟したが、意外にも一行は、何度かラサ村に立ち寄った。

 それは、エリオンのカリマに対する配慮があったのかもしれない。


 村長となったマルセルは、いつもエリオンたちを温かく迎えた。

 カリマは幼馴染に「お前、本当にエリオン様にべた惚れだなあ」と感心される。そのたびに彼女は「へへへ~、いいでしょ?」と、師匠の腕にしがみついた。


 カリマとエリオンは、ラサ村でも同じ部屋に泊まる。


「エリオン様。マルセルはね、鍛冶だけじゃなくてベッドとか家具も器用に作れるんだ」


 狩人の少女は、師匠の身体を布で拭う。

 エリオンは、カリマの前では真の姿を見せる。


(あんなに布をぎゅうぎゅう巻きつけても、胸つぶれないんだ、羨ましい)


「マルセル、彼は素晴らしい男子だ」


 エリオンは女の声で、若き村長を賞賛する。カリマにしか聞かせない声。


「魔王を討伐し村に戻ったら、マルセルと結婚するがいい」


「はぁ!? ぎゃ、ちょ、無理!」


 師匠の唐突な提案に、カリマは尻餅を着いた。


「無理? カリマはマルセルを好いているのだろう?」


「ち! 違う! 全然そんなんじゃない! あいつはただの幼馴染!」


 マルセルは死んだシャルロットを忘れられない。彼の青い帽子が雄弁に語っている。


「ラサ村に来るたび、カリマがことさら私に甘えてくるのは、マルセルを嫉妬させるためだろう?」


「ぎゃー! ばかばかばか! エリオン様、違うの! 全然違うの!」


 少女は足を踏み鳴らした。


「カリマ、気持ちはよくわかる。しかし、ああいう真面目な男には、その技は逆効果だ」


「だから、そんなんじゃないって!」


「あの手の男には、はっきりと自分の気持ちを伝えるしかない」


「駄目だって! だって、だってマルセルは、姉ちゃんが……」


 カリマの声は、急速にしぼんでしまう。

 エリオンはローブを被り、カリマの肩をさすった。


「焦らずともよい。お前のような愛らしい娘に想われ、嫌がる男などいるものか」


「……マルセルを困らせたくない」


 愛する人の妹から気持ちを告白されたら、マルセルのことだ。無下には扱わないだろう。さりとて気持ちに答えることもできない。きっと悩み苦しむに違いない。


「そうか……しかし私は、お前も他の仲間も、幸せになってほしい」


「へへ、ありがと。でも意外。エリオン様とこういう話できるなんて」


「おかしいか? 女なら誰でも、恋しい男の妻になりたいと願うものだ」


 昼間エリオンは、女としての素顔を見せない。だからこの師匠が、実は絶世の美女であることを忘れてしまう。


「じゃあエリオン様、誰の奥さんになりたいの?」


 途端、緑色の眼が硬直した。


「……私は、世界を正し魔王ネクロザールの野望を止めるために生きている。妻になるなど考えたこともない」


「あ、ごめんなさい……さっき、マルセルに気持ちを伝えた方がいいとか教えてくれたから、男の人、好きになったことあるのかなって」


 しばしエリオンは瞬きを繰り返す。


「余計なことを話したな。もう休もう」


 師匠は、少女が整えたベッドにもぐりこんだ。


 カリマは、エリオンが男性だと思っていたとき、姉のような女なら好きになるだろうと、想像した。

 が、女としてのエリオンが好きになる男は、さらに想像がつかない。

 六人の男戦士なら、セオドアが可能性がありそうだ。聖王の末裔でネールガンド領主の息子。戦士としての実力は他の男戦士を凌駕する。


(違うなあ。第一、あいつ偉そうだから、あたし嫌い。エリオン様には、あんなやつ好きになってほしくない)


 カリマはもう一人、同年代の仲間を思い浮かべる。


(ホアキンは、いいやつだよなあ。よくあたしに絡んでくるけど、気を遣ってくれるのわかるし)


 お調子者の短剣使い。彼ならエリオンが女性と判明しても、大切にするだろう。いい夫になりそうだ。


(でも、エリオン様から、ホアキンを好きになるかな? 全然そんな感じしない)


 エリオンが六人の男戦士の妻になることは、考えにくい。考えられない。

 しかし彼女は、男女が誠実に愛し合い結ばれることを、聖なる行いと讃える。

 魔王を討伐したら、彼女は普通の女に戻るのか?


「エリオン様こそ、好きな人と幸せにならないと……自分で自分の教えを実現しなきゃ駄目だよ」


 女狩人の問いかけに、師匠は寝息で答えた。


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