28 伯爵家の歴史談義
「お父様、少し休まれてはいかがですか?」
伯爵令嬢メアリは、父ペンブルック伯の書斎に、アフタヌーンティーのセットをトレイに乗せ、書斎の机に置いた。
「メアリ、お前は器用に茶器を運ぶな」
「はい。慣れて……いえ、お茶を運ぶのが好きなので」
メアリが前世で学生時代、ファミレスでホールスタッフのアルバイトをしたから……などと弁明しなくても、この父はわかっているのだろう。
「お父様、難しい顔をなさっていますが、また考古学に新たな進展があったのでしょうか?」
「お前は賢い。そのとおりだよ」
伯爵は示した机の上には、六枚の写真が並べてある。
「レリーフでしょうか? 着色されていますね。え、こ、これは……」
メアリは写真を見るなりパッと顔を覆った。
「聖王様の都の遺跡から見つかった壁画だ」
六枚の写真は上下左右を合わせて繋げると、一枚の大きなレリーフが浮かび上がる。ところどころ濃淡が見られ、色が塗られていたことがわかる。
右下の写真では、目を閉じた人が台の上に眠っている。その上の写真では、同じ人が立ち、両隣に鳥を従えている。一番上の写真は、ひとつの半円と、いくつもの小さな星型の図形が描かれている。
放射線の下で人が目を閉じ、手を合わせ座っている。人の下には雲のような図形が描かれている。
雲は左の写真にも繋がっている。が、上には大きな円といくつもの線が放射状に伸びている。
放射線の下には、目を開けた人が立っている。
写真の下には、頭を下にした人と、同じように頭を下にした二羽の鳥が描かれている。
一番下の写真には、大きな二人の人間と、その間に小さな人が立っている。
「お父様、死者が天に昇り、夜の世界から昼の世界に移って、鳥たちに守られ、地上に子供として産まれる……人の生まれ変わりを描いたように見えますが」
「多くの歴史学者、考古学者がそう解釈している。私も同じだよ」
メアリは、自分が転生者だから都合よく解釈したのではないとわかり、安堵する。
「聖王様の都ということは……聖王アトレウス様が、生まれ変わりの様子を描かせたということでしょうか」
「うむ。原子論の鑑定でも、アトレウス様の時代に描かれたと出ている」
みるみるうちにメアリの頬が薔薇色に染まってきた。
「お父様! アトレウス様の時代では、転生は讃えられていたのですね! 転生者の迫害はなかったということですね」
「そういうことになろう……この前の、聖王の都から見つかった子供の生贄といい、歴史をどう捉えるべきか、悩ましいことだ」
「でも今回の発見は、素晴らしいことです。聖王様の都のあるアルゴスが、王国から共和国に体制が変わって、調査が活発になってきましたね」
ゴンドレシアの七つの国のうちアルゴスは、聖王の生地として崇められてきたが、五年前、平和裏に共和制へ移行した。
聖王ゆかり遺跡はアルゴス王家の所有物のため調査に制限がかかっていたが、共和国になってから、聖王の都はネールガンドを中心に他国の調査隊が発掘を進めている。
「うむ……しかし、魔王ネクロザールの所業は、現代の我々歴史学者も悩ませてくれる」
「ネクロザールより前の時代の遺物が、残されていないことですか?」
「そのとおりだ。今回見つかったレリーフは、大きな壁画の一部だった。大量の破片が周辺に散らばっている。原子論によると、破壊は千年前に人工的に行われた……この転生の壁画だけでも見事な彫刻なのに、魔王は芸術を解さぬ男だったようだな」
「為政者が過去の壁画を壊すのは、新たな世界の創造を宣言するためかもしれませんね」
「であろうな。まったく魔王の破壊のおかげで、前エリオン時代の文化が掴めない。エリオン様のおかげで伝承には事欠かないが、聖王様の治世が始まってからネクロザールが台頭するまでの千年、芸術文化の遺物が残っていない」
伯爵は、娘が運んだビスケットを口に含む。
メアリは首を傾げ考え込むが、パッと緑色の目を輝かせた。
「聖王様の都の発掘はこれからも進みましょう。それにお父様……いえ、なんでもありません」
「どうしたメアリ。言ってごらん?」
「魔王城は、今どうなっているのでしょうか?」
魔王の城は、ゴンドレシア七国のうち、エレア王国にある。
七人の勇者は魔王ネクロザールを倒して故郷へ帰るが、史師エリオンは魔王の魂を封じ込めるため、魔王城に残ったと伝えられている。
父伯爵はため息を吐く。
「メアリ、お前の胸に留めてほしいが……正直、歴史学者としては、魔王の城になにが残されているか興味がある。しかし我が家は、始祖セオドア様のときから千年に渡って恩がある。エリオン様の教えに背くわけにいくまい」
エリオンは魔王城そのものに封印を施した。以来千年間、魔王城に足を踏み入れた者はいない。
城に踏み込みエリオンの封印を解けば、魔王が復活する、魔王の呪いにより、ゴンドレシア大陸が厄災に見舞われると、大陸中のエリオン教信者が恐れている。
「不思議なものですね。もし聖王紀のとおりでしたら、エリオン様は、仇敵であるネクロザールと同じ魔王城にお眠りかと……世界を救ったのに一人でひっそりと聖王様と聖妃様の元に旅立たれたとは」
伯爵は、ふと首を上げた。
「メアリ、お前は今のままでよいのか?」
「お父様? なにをおっしゃるの?」
「エリオン様はご自身の使命を全うするため、宿敵と同じ場所で生を終えられた……が、私は史師様とは違って、弱いただの人間だ。生の終わりは、エレノア……お前の母と共に眠りたいのだ」
結婚を聖なる誓いと見なすエリオン教では、夫婦は同じ墓に合葬される。
「ええ、お母様もお父様と同じ気持ちでございましょう」
ふとメアリは、前世で派遣先の社員が「旦那と同じ墓は絶対いや!」と怒っていたことを思い出す。
「しかしメアリ……今のままでは、お前はロバート殿下と同じ場所に眠ることは叶わない。お前は生涯、子を産むこともできない……それでもお前は、王太子殿下に生涯を捧げる覚悟はあるのか?」
父の眼が揺れている。メアリは静かに頷いた。
「お父様、私を案じてくださってありがとうございます。私はただ、ロバート様の傍にいられれば幸せです」
伯爵は、悲し気に微笑んだ。
「それならよい。我がカートレット家の人間として恥じないよう、殿下に尽くしなさい」
メアリは茶器を載せたトレイをぎゅっと抱きしめた。
「お、お父様……ありがとうございます。私のわがままを許してくださって」
伯爵令嬢は、清らかな声を震わせた。




