27 女勇者が建てた国
「じゃあ、みんな頼むよ。ネールガンドのアイザック王子、絶対逃すんじゃないよ」
女王カリマは広間で群臣に、これから狩りを始めるかのように号令をかけた。
宰相マルセルが、一同を代表して答える。
「女王様。アイザック王子が婿入りしてもらえるよう、俺たちがんばりますよ。なあ、みんな」
大臣たちは大きく頷く。
「コンスタンス様の婚約は、国家の命運がかかってますからな」
「ネールガンド国は、魔王にとどめを刺したセオドア陛下の国。兵士も強者揃いかと。我らラテーヌの兵が軟弱だと、アイザック殿下は呆れるやもしれません」
大臣たちが国の行末を話し合ってる中「いい加減にして!」と、甲高い少女の声が響き渡る。
カリマがにこやかに声の主に手招きした。
「コンスタンス、ちょうど大切な話をしてたところだ。あんたも一緒に話そう」
少女は広間の入り口に立ったまま、両腕を振り回す。
「アイザックはいい子だから、普通にしてくれればいいの! 婿とか恥ずかしいから、絶対やめて!」
カリマは真顔で娘を指導する。
「コンスタンス、恥ずかしがっていては、欲しいものは手に入らないぞ。アイザックにちゃんと気持ちを伝えなければ、ただの仲良しで終わるぞ」
マルセルは胸のうちで大きく頷く。
「だから! 私とアイザックは、そんなんじゃないの!」
腕を振り回す王女に、大臣たちは「すべては我らにお任せください」「王女様は、笑顔でいてくだされば充分です」と畳み掛ける。
「もういや! やっぱり私、ラテーヌ出ていく!」
マルセルは慌てて立ち上がり、王女の元に駆け寄る。
「王女様が出ていったら、俺たちみんな、泣いてしまいます。婿入りはともかく、アイザック様に喜んでもらえる歓迎方法を、王女様、俺たち年寄りに教えてくれませんかね」
宰相が王女を宥め、コンスタンスを交えてネールガンドの第一王子の出迎えについて話し合うこととなった。
「私、考え直したの。婿とか嫁とかじゃなくて、まずアイザックと友達になりたいの」
大臣たちとの話し合いが終わり、コンスタンスは城の中庭でマルセルにこぼす。
マルセルは、王女のぼやきにニコニコと相槌を打った。
無理もない。王女はまだ十一歳で、相手の少年はひとつ年下。大臣たちは急がせるが、恋が芽生えるとしてももう少し先のこと。
愚痴をこぼしてすっきりしたのか、王女の顔は晴れやかだ。
「アイザックが教えてくれたの。ネールガンド国ではね、王様ががんばっていろんな水車を作らせているんですって」
「水車? 小麦を粉にする水車ですか?」
その話はマルセルも聞いていた。セオドアは、水車や農具の開発に力を入れていると。どうにも苦手な男だが、民にとってはありがたい王様のようだ。
「機織りに水車を使えないかしら……そうしたら、服をたくさん作れるようになるでしょう?」
マルセルはポカンと口を開ける。水車で服?
「城や都の子だけじゃなくて、ラテーヌの女の子たちみんなに可愛い服を着せたら、素敵と思わない?」
民の腹を満たしさえすれば、王の使命が終わりというわけではない。国の女たちが美しく着飾れるようにする……それも民を幸福にする大切な道だ。
「私、そういう話をアイザックからいっぱい聞きたいの。ネールガンドの職人さんを呼ぶのはどうかしら?」
「王女様! 大賛成です! さっそく取り掛かりましょう!」
コンスタンスはカリマのように弓はできない。しかし彼女は、カリマとは違った方法でラテーヌを幸せに導く女王になるだろう。
「マルセル、いつも私を助けてくれてありがとう。だから、お礼を受け取って欲しいの」
王女は、腰に下げた布の袋からなにかを取り出して、マルセルに見せた。
それは毛糸の帽子だった。
「ありがとうございます」
マルセルは、帽子を手に取って広げた。茶色い帽子だが、縁が紺色に飾られている。
よく見ると、茶色の網目はきれいにそろっているのに、紺色の縁は目が不揃いだ。
「王女様が編んだんですか?」
「ええ、まあ、そうね……」
紺の縁が不揃いなのは、編み始めたばかりだからか。茶色い身の部分は、慣れてきて目がそろったのだろう。
「王女様、たくさん編み物練習したんですね。本当に俺は、幸せ者です」
マルセルは不揃いな縁を指でなぞり、愛おしそうに眺める。王女が口を尖らせた。
「私の名誉のために言っておくけど、その汚い縁取りはお母様が編んだの」
「え? カリマ……女王様がこれを?」
男は目を凝らして帽子の縁取りを見つめた。
「ずいぶん前に、お母様が珍しく編み物されていたの。マルセルの帽子がくたびれてるから、新しくしてあげようって……でも途中で嫌になったんでしょうね。縁だけ編んだところでそのまま置いてあったの」
カリマが途中で編み物を止めたのは、単に嫌気がさしたのではなく、マルセルの態度にも問題があったかもしれない。
カリマはよく「マルセル、姉ちゃんが忘れられないって言ってた」とこぼす。
マルセルの中に残っていたのはシャルロットを見殺しにした罪悪感だったが、カリマは恋と捉えていたらしい。
「だから、私が残りを仕上げたの。帽子が可哀相だもの。でも、糸を同じ色に染めるの難しいし、微妙に色が違う紺を使うぐらいなら、まったく違う色にした方がきれいかなと思って……どうかしら?」
「さすが王女様です」
服飾を解さないマルセルにはよくわからないが、二色で編んだ帽子は、ラテーヌの平和と繁栄を象徴している気がしないでもない。
「こんな不揃いな編み目、ほどき直そうかと思ったわ。仮にもラテーヌ宰相への贈り物よ。でも……お母様が可哀相だから、そのままにしたわ」
王女は顔を赤らめて、パタパタと走り去っていった。
カリマは「ずっと前からマルセルが好きだった」と言ってくれる。
しかしカリマは、エリオンの恋人のように振る舞っていた。エリオンの娘を実の娘としたのは、やはり彼への愛からではないか?
どうしても疑念は拭えない。
いや、いまさらそんな疑いを掘り下げてどうなる?
マルセルは、たまたま勇者の近所に住んでいたにすぎなかった。
なのにラテーヌ国の宰相となり、いまや女王の秘密の恋人にまで昇りつめた。
「へへ、俺ほど運のいい男って、そういねえよな」
真新しい帽子を被ってみる。少し寂しくなったボサボサ頭を隠すのにちょうどいい。
マルセルはご機嫌よろしく歌を口ずさむ。
「君は僕のアタランテ~……おっと、城でこんな流行り曲を歌ったら、カリマに叱られる」
が、王国の重鎮にのんびり庭を散策する暇はない。
「閣下! なにやってんです! 河川工事の人手が足りないって、大臣が騒いでますよ」
小間使いが叫んでいる。
「来たか。仕方ねえ。トゥール村で麦の収穫が落ち着いたから、頼んでみるか。納める小麦を減らしてやれば、やってくれるだろう」
ラテーヌの宰相は、今日も城中を駆けまわっていた。
女王カリマと宰相マルセルは夫婦のように暮らしたが、生涯、聖王と聖妃には誓わなかった。
カリマは男子を出産した。未婚の女王が産んだ男子は、三歳で貴族の養子に出される。男子は成長するにつれて宰相と面差しが似てきたが、二人は親子の名乗りを上げることはなかった。
だが宰相は死の床に男子を呼び出し、王女から賜った茶色い帽子を譲った。
ネールガンド第一王子アイザックは、ラテーヌ王太子コンスタンスの婿となった。
女王となったコンスタンスは、織物産業の発展に力を入れた。ラテーヌがゴンドレシア随一の芸術大国となった要因は、二代目の女王によるところが大きい。
王配アイザックは、水車をはじめネールガンドの技術をラテーヌに導入し、女王の政策を支えた。
こうしてラテーヌ王国は繁栄し九百年も続いたが、百年前の革命で、女王コンスタンスと王配アイザックの直系は滅ぼされた。カリマが産んだ男子の子孫は生き残り、革命後、大いに栄えた。
エリオンたちがネクロザールを滅ぼして千年、ラテーヌ国は共和体制を取っている。革命による内部抗争の影響か、多くの民は貧しい暮らしを強いられている。
このためラテーヌでは民衆の不満が高まり、王政復古を望む声があがっている。
現在、カリマ第二子の子孫を担ぎ上げる運動が盛んだ。
一族のひとりは「初代宰相から賜り、代々伝えられた品」として、古びた帽子を公開した。茶色い毛糸で編まれ、紺色で縁どられた帽子だ。伝えられている特徴と一致しているため物議をかもし、原子論を使って帽子の年代を鑑定しようと言い出す論者もいる。
ラテーヌの情勢は予断を許さない。
ラテーヌを建国した女勇者カリマと、彼女を終生支えた宰相マルセルの物語はここで終わる。次章から、千年後のネールガンド王国に戻り、再び、王太子の婚約者メアリの物語を始める。




