表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の前世がニホンジン? 2 聖妃二千年の愛  作者: さんかくひかる
2 章 マルセル(女勇者の影)
29/184

26 告白

 王女コンスタンスの立太子式は、晴れやかに終わった。

 儀式が華やかに飾られたのは、十一才の少女の力が大きい。

 彼女は、自分と母の衣装だけではなく、広間に飾る花や、床に敷く布を選んだ。


 城の中庭で群臣たちがワインを手にくつろぐなか、女王カリマは「すごいだろ、あたしの娘は」と、誇らしげに王女の肩を抱き寄せる。

 マルセルは、二人を見比べた。


 コンスタンスは、日に日に父エリオンに近づいていく。

 しかし、カリマの赤毛、琥珀色に輝く切れ長の眼、いずれもコンスタンスは受け継いでいない。


「マルセル、どうしたの?」


 王女は宰相の前で、手をヒラヒラさせた。


「ああ、王女様があまりにきれいだから、見とれちゃいましたよ」


……まるで、聖妃アタランテ様みたいですね、と口走りそうになった。みだりに人を聖王や聖妃に例えてはならないと、カリマは口酸っぱく訴えているのに。

 王城の教会に鎮座するアタランテ像と王女は、全く似ていないのに。


 シャルロットとカリマは美しい。しかし、彼女たちは人間だ。村の若者たちに可愛がられる女たちだ。

 一方コンスタンスは、迂闊に声をかけられない神秘的な美しさを秘めている。彼女の中には、人を越えた何者かが隠れている。

 王女はどこからやって来た?


 マルセルは王女の産声を聞いている。

 コンスタンスは天から降りてきた神の使いではない。あの小屋で産まれた人の赤子だ。

 女たちは白髪の産婆から赤子を渡され、へその緒を断ち、産湯につかわせた……。



 彼は夜、女王の私室で立ち尽くす。


「な、なんで俺、今までわからなかったんだ!?」


 マルセルは女王の両肩を掴んだ。


「カリマ。お前は、それでいいのか?」


「いきなり、なんだよ、あんた」


「コンスタンスは、オレーニアが産んだ子なんだろ?」



 カリマは産婆と二人で小屋に引きこもり、誰にも出産に立ち会わせなかった。

 カリマの腹は膨れていったが、マルセルは、カリマの腹を直に見たわけではない。腹の回りに詰め物を巻きつければ、誤魔化せる。

 一方、オレーニアの姿は、コンスタンスが産まれるまで、誰も目撃していない。

 日用品を受け取るのは女王カリマだった。


 コンスタンスが産まれると、オレーニアは乳母となった。

 何度かマルセルは、オレーニアがコンスタンスに乳をやるところを見ている。

 出産しなければ乳は出ない。


 それにカリマは何度も言っていたではないか。コンスタンスは娘の証を立てなければならない、と。

 本当に自分が産んだ娘なら、証を立てる必要はない。どんなに愚かでも母のように弓ができなくても、娘であることは変わらない。

 血の繋がりがないからこそ、カリマは執拗に、コンスタンスに娘であることを求めたのだ。


「オレーニアは、エリオン様の女だったのか? お前とエリオン様は、恋仲だっただろう?」


 マルセルは、白髪の産婆の顔をはっきりと覚えていない。彼女は頭巾を目深に被っていたので、顔が良く見えなかった。ただ髪の白さに反し、顔はそれほど老けていなかった……気がする。


「あたしも少しはエリオン様に憧れていたけど、エリオン様には好きな人がいたからね」


 カリマは照れくさそうに笑った。

 マルセルの中で、怒りの炎が燃え上がる。


「お前はエリオン様にあれほど尽くしたのに、師は他の女に子を産ませ、お前に子供を押し付けた……あまりに勝手じゃないか! エリオン様もあの女も!」


「エリオン様を悪く言うな! あの人には魔王城を封印する役目があるんだよ。オレーニアは、好きな人から離れたくなかった。誰がコンスタンスを育てるんだ?」


 女王第一の重臣であり幼馴染の男は、敗北感に打ちのめされる。たとえカリマの貞操を奪ったとしても、彼女の心は手に入らない。


「コンスタンスを授かってこんな嬉しいことはなかったよ。跡継ぎを産むための結婚をしなくてすんだからね」


 カリマは寂しげに微笑む。

 彼女の恋は報われなかったが、愛しい男の血を引く子供を育て、その子に王国を譲ることで、恋を昇華させるのだろう。


 なのに昨晩マルセルは、カリマの一途な想いを踏み躙ってしまった。

 幼馴染の健気な想いに、彼の胸は引き裂かれる。

 男は女王の両肩を掴んだ。


「カリマ! お前、俺が許せないよな? 腹立ってるよな?」


「ああ、腹立ってるよ」


「わかってる。あとでいくらでも俺を殴れ。でも、これだけは言わせてくれ」


 マルセルは、カリマの肩を掴んだ腕に力をこめる。


「お前が好きだ! ずっと前からお前に惚れてた! こんなの言い訳にもならんが、ずっとずっと前から、お前を抱きたくて仕方なかったんだ」


「う、嘘……マルセル、姉ちゃんが好きなんだろ?」


「若いときはシャルロットさんが好きだったさ。でも今はお前だけだ。お前にエリオン様の子ができて、すごく悔しかった。俺の子を産んでほしかった」


 カリマは両の拳を握りしめ、全身を震わせた。


「そういうことは、早く言え!!」


 どういうことだ? またマルセルの頭は疑問詞でいっぱいになる。


「お前、エリオン様に惚れてるんだよな? だから俺に腹が立ってるんだろ?」


「腹立ったのは、昨日あんたがさっさと帰ったことだよ!」


 混乱の中、胸に温かさがじわじわと広がってくる。

 うぬぼれるな、勘違いするな、と警告する自分と、そのままフワフワと空を飛び跳ねたい自分がせめぎ合う。


「エリオン様は言ってたよ。男女は、聖王と聖妃に誓う前に近づいてはいけないって」


 やっぱりエリオン様かよ、とマルセルは、浮かれそうな自分を戒める。


「いい加減に気づけよ。エリオン様の教えを守るあたしが、簡単に男と寝るわけないだろ」


 幼馴染の女は、男の背中に腕を回してぎゅっとしがみつく。


「あたし、魔王討伐の旅でも、今、領主たちの調停で都を留守にするときも、ずっとずっとマルセルのこと考えてるんだよ!」


 疑問がようやく氷解する。自惚れでも勘違いでもなく、カリマが昨晩マルセルに操を捧げたのは、彼自身が原因だった。

 男は女の赤い髪にそっと指を滑らせる。


「そういうことなら、お前こそ早く言ってくれよ……」


「あんた姉ちゃんのこと、ずっと忘れなかったじゃん。だからあたし、結婚も跡継ぎも無理だなって……」


 マルセルの足元が、ふわふわの雲に覆われる。

 幼馴染からの初めての告白に顔をほころばせ、強く抱きしめた。

 女の両頬を包み込み、顔を近づける。

 が、女は男の腕の中からするっと抜けた。


「あ、待って」


 カリマはマルセルから離れ、壁際のチェストに近づく。上蓋を開けて、なにかを取り出した。


「ほら、忘れものだよ」


 カリマは、紺色の帽子を差し出した。


「うわ……悪いなあ……」


「姉ちゃんの帽子を忘れるなんて、マルセルらしくないよ」


 幼馴染が笑っている。

 魔王を倒し、いまや王国を束ねる女王。

 でも優しさは、ラサ村にいた少女のときと変わらない。

 マルセルは、カリマの手をぎゅっと握りしめた。


「嫌じゃないなら、これはお前が持っててくれ」


「え? いいの? だって、マルセル、ずっと被っていたじゃん」


 男は優しく笑って首を振った。


「……わかった。大切にするよ」


 カリマはそっと、毛糸の帽子に唇を寄せる。


「あんたはずっと、マルセルと一緒だったんだね」


 帽子に笑いかけ口づける女を見ているうちに、マルセルは堪え切れなくなり、そっと抱き寄せる。


「な、なあ……そろそろ休むか……」


 女は男の胸にコツンと頭を寄せる。


「へへ、仕方ないなあ。でもさ」


 女は頬を膨らませる。


「さっさと帰るのは、やめてくれ。あれ、本当に傷つくんだよ」


 膨らんだ女の頬を、男は突っついた。


「悪かった。今日は、お前が眠るまで傍にいてやるよ」


 その夜二人は、心からの喜びをもって抱き合った。ラサ村が魔王軍に奪われてから、二十年が経っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ