26 告白
王女コンスタンスの立太子式は、晴れやかに終わった。
儀式が華やかに飾られたのは、十一才の少女の力が大きい。
彼女は、自分と母の衣装だけではなく、広間に飾る花や、床に敷く布を選んだ。
城の中庭で群臣たちがワインを手にくつろぐなか、女王カリマは「すごいだろ、あたしの娘は」と、誇らしげに王女の肩を抱き寄せる。
マルセルは、二人を見比べた。
コンスタンスは、日に日に父エリオンに近づいていく。
しかし、カリマの赤毛、琥珀色に輝く切れ長の眼、いずれもコンスタンスは受け継いでいない。
「マルセル、どうしたの?」
王女は宰相の前で、手をヒラヒラさせた。
「ああ、王女様があまりにきれいだから、見とれちゃいましたよ」
……まるで、聖妃アタランテ様みたいですね、と口走りそうになった。みだりに人を聖王や聖妃に例えてはならないと、カリマは口酸っぱく訴えているのに。
王城の教会に鎮座するアタランテ像と王女は、全く似ていないのに。
シャルロットとカリマは美しい。しかし、彼女たちは人間だ。村の若者たちに可愛がられる女たちだ。
一方コンスタンスは、迂闊に声をかけられない神秘的な美しさを秘めている。彼女の中には、人を越えた何者かが隠れている。
王女はどこからやって来た?
マルセルは王女の産声を聞いている。
コンスタンスは天から降りてきた神の使いではない。あの小屋で産まれた人の赤子だ。
女たちは白髪の産婆から赤子を渡され、へその緒を断ち、産湯につかわせた……。
彼は夜、女王の私室で立ち尽くす。
「な、なんで俺、今までわからなかったんだ!?」
マルセルは女王の両肩を掴んだ。
「カリマ。お前は、それでいいのか?」
「いきなり、なんだよ、あんた」
「コンスタンスは、オレーニアが産んだ子なんだろ?」
カリマは産婆と二人で小屋に引きこもり、誰にも出産に立ち会わせなかった。
カリマの腹は膨れていったが、マルセルは、カリマの腹を直に見たわけではない。腹の回りに詰め物を巻きつければ、誤魔化せる。
一方、オレーニアの姿は、コンスタンスが産まれるまで、誰も目撃していない。
日用品を受け取るのは女王カリマだった。
コンスタンスが産まれると、オレーニアは乳母となった。
何度かマルセルは、オレーニアがコンスタンスに乳をやるところを見ている。
出産しなければ乳は出ない。
それにカリマは何度も言っていたではないか。コンスタンスは娘の証を立てなければならない、と。
本当に自分が産んだ娘なら、証を立てる必要はない。どんなに愚かでも母のように弓ができなくても、娘であることは変わらない。
血の繋がりがないからこそ、カリマは執拗に、コンスタンスに娘であることを求めたのだ。
「オレーニアは、エリオン様の女だったのか? お前とエリオン様は、恋仲だっただろう?」
マルセルは、白髪の産婆の顔をはっきりと覚えていない。彼女は頭巾を目深に被っていたので、顔が良く見えなかった。ただ髪の白さに反し、顔はそれほど老けていなかった……気がする。
「あたしも少しはエリオン様に憧れていたけど、エリオン様には好きな人がいたからね」
カリマは照れくさそうに笑った。
マルセルの中で、怒りの炎が燃え上がる。
「お前はエリオン様にあれほど尽くしたのに、師は他の女に子を産ませ、お前に子供を押し付けた……あまりに勝手じゃないか! エリオン様もあの女も!」
「エリオン様を悪く言うな! あの人には魔王城を封印する役目があるんだよ。オレーニアは、好きな人から離れたくなかった。誰がコンスタンスを育てるんだ?」
女王第一の重臣であり幼馴染の男は、敗北感に打ちのめされる。たとえカリマの貞操を奪ったとしても、彼女の心は手に入らない。
「コンスタンスを授かってこんな嬉しいことはなかったよ。跡継ぎを産むための結婚をしなくてすんだからね」
カリマは寂しげに微笑む。
彼女の恋は報われなかったが、愛しい男の血を引く子供を育て、その子に王国を譲ることで、恋を昇華させるのだろう。
なのに昨晩マルセルは、カリマの一途な想いを踏み躙ってしまった。
幼馴染の健気な想いに、彼の胸は引き裂かれる。
男は女王の両肩を掴んだ。
「カリマ! お前、俺が許せないよな? 腹立ってるよな?」
「ああ、腹立ってるよ」
「わかってる。あとでいくらでも俺を殴れ。でも、これだけは言わせてくれ」
マルセルは、カリマの肩を掴んだ腕に力をこめる。
「お前が好きだ! ずっと前からお前に惚れてた! こんなの言い訳にもならんが、ずっとずっと前から、お前を抱きたくて仕方なかったんだ」
「う、嘘……マルセル、姉ちゃんが好きなんだろ?」
「若いときはシャルロットさんが好きだったさ。でも今はお前だけだ。お前にエリオン様の子ができて、すごく悔しかった。俺の子を産んでほしかった」
カリマは両の拳を握りしめ、全身を震わせた。
「そういうことは、早く言え!!」
どういうことだ? またマルセルの頭は疑問詞でいっぱいになる。
「お前、エリオン様に惚れてるんだよな? だから俺に腹が立ってるんだろ?」
「腹立ったのは、昨日あんたがさっさと帰ったことだよ!」
混乱の中、胸に温かさがじわじわと広がってくる。
うぬぼれるな、勘違いするな、と警告する自分と、そのままフワフワと空を飛び跳ねたい自分がせめぎ合う。
「エリオン様は言ってたよ。男女は、聖王と聖妃に誓う前に近づいてはいけないって」
やっぱりエリオン様かよ、とマルセルは、浮かれそうな自分を戒める。
「いい加減に気づけよ。エリオン様の教えを守るあたしが、簡単に男と寝るわけないだろ」
幼馴染の女は、男の背中に腕を回してぎゅっとしがみつく。
「あたし、魔王討伐の旅でも、今、領主たちの調停で都を留守にするときも、ずっとずっとマルセルのこと考えてるんだよ!」
疑問がようやく氷解する。自惚れでも勘違いでもなく、カリマが昨晩マルセルに操を捧げたのは、彼自身が原因だった。
男は女の赤い髪にそっと指を滑らせる。
「そういうことなら、お前こそ早く言ってくれよ……」
「あんた姉ちゃんのこと、ずっと忘れなかったじゃん。だからあたし、結婚も跡継ぎも無理だなって……」
マルセルの足元が、ふわふわの雲に覆われる。
幼馴染からの初めての告白に顔をほころばせ、強く抱きしめた。
女の両頬を包み込み、顔を近づける。
が、女は男の腕の中からするっと抜けた。
「あ、待って」
カリマはマルセルから離れ、壁際のチェストに近づく。上蓋を開けて、なにかを取り出した。
「ほら、忘れものだよ」
カリマは、紺色の帽子を差し出した。
「うわ……悪いなあ……」
「姉ちゃんの帽子を忘れるなんて、マルセルらしくないよ」
幼馴染が笑っている。
魔王を倒し、いまや王国を束ねる女王。
でも優しさは、ラサ村にいた少女のときと変わらない。
マルセルは、カリマの手をぎゅっと握りしめた。
「嫌じゃないなら、これはお前が持っててくれ」
「え? いいの? だって、マルセル、ずっと被っていたじゃん」
男は優しく笑って首を振った。
「……わかった。大切にするよ」
カリマはそっと、毛糸の帽子に唇を寄せる。
「あんたはずっと、マルセルと一緒だったんだね」
帽子に笑いかけ口づける女を見ているうちに、マルセルは堪え切れなくなり、そっと抱き寄せる。
「な、なあ……そろそろ休むか……」
女は男の胸にコツンと頭を寄せる。
「へへ、仕方ないなあ。でもさ」
女は頬を膨らませる。
「さっさと帰るのは、やめてくれ。あれ、本当に傷つくんだよ」
膨らんだ女の頬を、男は突っついた。
「悪かった。今日は、お前が眠るまで傍にいてやるよ」
その夜二人は、心からの喜びをもって抱き合った。ラサ村が魔王軍に奪われてから、二十年が経っていた。




