22 再び結婚騒動
カリマの憂鬱の原因を聞き、マルセルは文字通り腰を抜かした。
「セオドアと結婚!?」
剣士セオドアは、魔王にとどめを刺した勇者で、大国ネールガンドの王となった。
彼は聖王の末裔という高貴な血筋を誇りにしているのか、田舎の平民であるマルセルやカリマにあたりが強い。マルセルは数えるほどしか会っていないが、誇り高い勇者が苦手だった。
「あいつ確か、魔王討伐後、故郷の城で、幼馴染と結婚したんだよな?」
「そうだよ。会合に王子アイザックを連れてきた」
「おかしいだろ! あいつ、カリマに冷たく当たり散らし、子供までいるのに、結婚しろだと!? そんなやつ、お前の弓矢をお見舞いしてやれ!」
カリマはため息を吐いた。
「そうもいかない。コンスタンスが喜んでいるからな」
「な、なんでコンスタンスが?」
「アイザック王子はコンスタンスよりひとつ年下だが、剣技が見事でな。しかも実に礼儀正しい美少年だ。すっかりコンスタンスは舞い上がっている」
「え、じゃあ、け、結婚って? コンスタンスの?」
「セオドアが、コンスタンスをアイザック王子の妃としてネールガンドに迎えたいって、うるさいんだ」
ラテーヌの女王はこめかみに指をあててグリグリと回す。
マルセルは、カリマ本人の結婚ではないことに安堵するが、再び怒りの炎を燃え上がらせる。
「待ってくれよ! コンスタンスは子供じゃないか! 結婚なんてずっと先だろ! やっぱりセオドアのヤローは、おかしい!」
「……大臣達に相談してみるよ」
政に長けた大臣達は、コンスタンスの年ならそろそろ婚約してもおかしくない、と言い出した。
大国ネールガンドの王子なら、王女の相手に相応しいと、好意的な意見も出た。
「しかし、王女殿下は唯一の跡継ぎ」
「セオドア王は、史師エリオン様の血筋かもしれない王女様を取り込みたいのでは?」
「王女様だけではなく、我らラテーヌ国そのものを取り込みたいのかもしれんな」
大臣のひとりがテーブルを叩く。
「まだ間に合います。王女様が嫁がれる場合に備え、一刻も早く、陛下は結婚しお子を儲けるべきです!」
とっくに終わったはずの結婚問題が蒸し返され、宰相は目を剥いた。
「冗談じゃねえ! なんで女王様が結婚しないといけねーんだ! コンスタンス様はどこにも行かせねー!」
「しかし閣下。セオドア王の指揮のもと、ネールガンドの兵士は強者ぞろい。無碍に申し出を断るのもいかがかと」
マルセルら大臣たちが唯一の王女の結婚について、争っていたときだった。
「私、ネールガンドに行きます!」
少女の叫びが広間に響いた。
「コンスタンス! ここはあんたの来るところじゃない! 槍の鍛練はどうした!」
王女は首を振った。
「私、ネールガンドへお嫁に行きます! それでいーでしょ?」
「それはあたしたちが考える。あんたのやることは、勇者の娘に相応しい力を着けることだ」
「どうして? 私のことなのに、私が決められないの?」
カリマは立ち上がり、コンタンスの肩を掴んだ。
「コンスタンス! 出て行け! あたしたちの邪魔をするな」
「もういい! 私なんかどーでもいーんでしょ!」
王女は泣き叫び、走り去った。
「待ってくれよ! コンスタンス!」
マルセルは椅子を蹴飛ばし、王女を追いかけた。
コンスタンスはあっという間に、林の中へ消えてしまった。
マルセルは、木の幹で佇む王女の腕を捕らえた。
「はぁ、はぁ、王女様、脚が速いですね。さすが女王様の血だけある」
「離してマルセル! 私なんて、いなくなればいーのよ!」
「悲しいこと言わないでください。俺、王女様がいなくなったら、どーしたらいーんです?」
「知らないわよ! アイザックはね! 私が可愛いって、きれいだって、だから一緒にいたいって言ってくれたの! セオドアおじさまも、今すぐネールガンドに来てほしいって!」
そこまでネールガンド国は乗り気なのかとマルセルは驚く。そっとコンスタンスの手を離した。
「ネールガンドは、私を認めてくれたの! だから、私、ネールガンドに行くわ! 今の私を必要としてくれる場所にね! こんな国、出てってやる!」
「そりゃ困りますって! 王女様がいなくなったら、誰が次の王様やるんです?」
「私より強い人、賢い人がやればいーのよ!」
「駄目だって! いくら強くても賢くても、ネクロザールみたいな奴が王様になっていいんですか?」
「え? ネクロザール? そ、そんな……」
伝説の魔王の名を耳にした王女は、動けなくなった。
「やつは、自分が聖王の生まれ変わりだとみんなを騙した……偽物の王だった……俺たちには本物の王様が必要なんです」
コンスタンスは、ブルネットの髪を揺らした。
「いいえ、私は偽物よ! だって、お母様とは全然似てないの! ええ、偽物……ねえ、マルセル……」
コンスタンスの薔薇色の頬から、みるみるうちに血の気が失せる。
「私は偽物……つまり魔王ってこと? 私は魔王なの?」
マルセルの顔も青くなった。
この王女は、なにを言っている?
王女がどういう理屈でそんな結論に達したのかわからないが、マルセルの言葉の選択が間違っていたらしい。
「変なこと言わないでください! こんな可愛い王女様が、魔王のわけないでしょ!」
「魔王!? 冗談じゃないよ!」
女の鋭い声が林に響いた。
「カリマ!」「お母様!」
ラテーヌの女王が、唇を噛み締めて二人を見つめていた。
「コンスタンス、偽物なんて悲しいことを言わないでくれ」
落ち葉をシャクシャクと踏みつけ、女は娘に近づく。
「私は未だに、矢が的に届かないのよ! 偽物の王女は魔王になってしまうのよ!」
「弓矢なんて関係ない! あんたはあたしの娘だ!」
カリマは娘の腕を取り、強く抱きしめた。
「あんたを絶対、魔王なんかにさせるもんか!」
「お、お母様……」
王女の声が震えている。
「アイザック王子のこと好きなのかい?」
「た、多分……」
王女の頭は、小鳥が麦を啄むようにカクカクと動いた。
「わかったよ。ネールガンドにお嫁に行きな」




