20 女王と王女
「コンスタンス! なんで弓を引き絞らない!」
カリマは忙しい国務の合間も、弓の鍛錬を欠かさない。城の中庭には、練習用の的が設置されている。
旅から帰ったあと、女王は娘に弓の指導を始めた。
小さな手では、弓を握ることもままならない。
王女はただ泣きじゃくるだけ。
中庭を通り過ぎたマルセルは、すぐさま母子の間に割って入った。
「女王様! 王女様に弓を教えるのは良いことですが、大人の弓を持たせても、手を痛めるだけです!」
カリマはマルセルを睨みつけ「……今日はこれで終わる」と、その場を去った。
残された小さな王女を、マルセルは宥めた。
「この前見せてくれた花、咲いてますかね」
宰相はコンスタンスを抱きかかえ、マーガレットの花畑に連れていく。
「俺はね、王女様が教えてくれたこの花畑が好きなんですよ」
マルセルはコンスタンスをそっと下ろした。
色とりどりの花が、小さな王女の涙を拭ってくれることを期待して。
が、残念ながら、事態はマルセルの期待通りにならなかった。
「いやあああああ!」
王女は泣き叫び、あたり構わずマーガレットの茎をブチブチと、片端からちぎっては捨て、ちぎっては捨てを繰り返した。
草むらの一角に、無意味に命を奪われた花びらたちが、散乱した。
「カリマ。コンスタンスはまだ小さい。あれじゃ可哀想だろ?」
マルセルは久しぶりに、夜、女王の私室を訪れた。
「なんだマルセル。せっかく遊びに来てくれたのに、説教かい?」
宰相は、小さな王女が泣きながら花畑を荒らしたことを話した。
「コンスタンスがそんなことを! やはり、あの者の……違う! あの子はあたしの娘だ。その証を立てないと……」
カリマの顔がみるみるうちに青ざめてきた。
「おいおい、俺はな、王女様を叱ってほしくて告げ口したんじゃない。もう少し優しくしろって言ったんだ」
「いや、あたしの娘にそれは許されない」
「旅に出る前は、仲良くしてたじゃないか……もしかして、昔の仲間になにか言われたのか?」
幼馴染の顔をじっとのぞきこむ。観念したのか、カリマは語りだした。
「あいつが……ネールガンド王になったセオドアが、『跡継ぎの教育こそ、王の役目』って言うんだ」
セオドアは、マルセルそしてエリオンと同じ年齢の剣士だ。
マルセルは、ラサ村の反撃で、勇者セオドアからその剣裁きを見せつけられた。カリマを含めた七人の勇者の中で最も強いのが、この剣士だろう。それゆえマルセルは、セオドアが苦手だった。
「セオドアさんかあ。あの人って、俺やカリマに冷たくない? こっちから笑って挨拶しても、ムスッとしてるし」
「あいつ、あたしたち勇者の中で一番生まれがいいからね。昔のネールガンド領主の息子で、しかも聖王の子孫なんだって」
「で、カリマ。お前は、生まれのよいセオドアさんに言われたから、コンスタンスに意地悪するのか?」
「あいつの息子はコンスタンスよりひとつ下なのに、もう剣を触らせてるって……」
カリマは拳を握りしめた。
「おい、セオドアのガキに対抗しようってか? コンスタンスは女の子だろ? 無理させることねえって」
「あたしは勇者だ。あたしの娘なら、同じように強くなれるはずだ」
勇者の子は強くなければいけない――
自分もカリマも、十代のときに親を亡くした。それゆえ苦労は人一倍だったが、ある意味親の束縛を受けず、自分の意志で生きることができた。
しかし、勇者の娘に好きな生き方はできない。
「王女様を鍛えるなら、年に合わせたやり方をしねえと」
「あたしは子供のときから、大人の弓を触ってたよ」
「お前はラサ村一番の弓名人だからな。でもコンスタンスは違う。花が好きな普通の女の子だ」
「冗談じゃない!」
カリマは、マルセルの肩を鷲掴みにした。
「あの子はあたしの娘だ! あたしと違うなんて許されないんだよ!」
マルセルは何度もカリマの説得を試みるが、女王はコンスタンスへの態度を変えなかった。
宰相は大臣たちに「あれじゃ王女様が可哀相だ」と訴えるが、彼らは「次の女王を甘やかしてはなりません」「女王様もようやく自覚された」と、むしろカリマの変貌を歓迎する。
少しでもコンスタンスの負担を減らそうと、マルセルは子供用の小さな弓と矢を作ってみた。
城の弓兵から指導を受けている王女に、マルセル特製の弓矢を手渡した。弓兵もカリマの命令なのか、厳しく王女に接しているようだ。
「王女専用の弓矢ですよ。これで上手に弓を引けますよ」
が、コンスタンスは背中を向けた。
「馬鹿にしないで!」
マルセルは「まず小さい弓で練習しましょうよ」と王女を宥めるが、頑として聞かない。仕方なしにマルセルは特製の弓矢を、指導した弓兵に預ける。
「あまり厳しくすんな。コンスタンス様がやる気にならねえと、どうしようもねえだろ」
「いくらマルセル様がおっしゃっても、女王様には逆らえません」
マルセルは、引き下がるしかなかった。
コンスタンスへの厳しい教育は、弓に留まらなかった。剣や槍の訓練のほか、机上の学問も始まった。数学、詩学、天文、法律、音楽とかつての貴族の教養のほか、エリオンの教えが含まれた。
どの分野も、厳しいことで定評のある学者たちが、代わる代わる王女の教師を務める。
マルセルは、カリマ当人や教師たちに手加減するよう進言する。
隙あらば王女を城内の散策に連れ、気晴らしをさせるが、月日が経つにつれ王女の顔は暗くなっていく。
彼に学はないが、気難しい学者たちの機嫌を損ねないよう、教えを請う。聞いた話をそのまま王女に伝えるも「馬鹿にしないで!」と拒絶された。
コンスタンスは十一歳となった。
「王女様、こんなところに薔薇が咲いてますよ」
マルセルは、例によって王女を森の奥の花畑に連れ出した。原っぱに暖かい春の日差しが降り注ぎ、草花を輝かせている。
「ふーん、馬鹿みたいね。こんなところで咲いても、誰も見ないのに」
コンスタンスは口を尖らせた。
彼女は女王と同じように、チュニックにズボンと男のなりをしている。ところどころに金色の房が混じったブルネットの巻き毛を、後ろで束ねていた。
「俺たちが見つけてやって良かったですね。薔薇も喜んでますよ」
「私たちが見つけたって、仕方ないわ。どーせ、すぐしぼんでしまうもの」
王女は美しく育った。が、幼いころの笑顔を見せなくなった。
緑色と青色のオッドアイが、ラテーヌの宰相をじっと見つめる。なぜかマルセルは恐ろしくなった。
王女のふっくらとした唇が、ゆっくりと開いた。
「マルセル……マルセルは、私のお父様なの?」




